第10話 夕日の色をした鳥

 それぞれが行動を開始すると同時に、ロトフが笑う。その場に取り残されたゼノは冷静だった。なにせ彼はわけがないからである。


 ユウヒウマドリの卵を入手するという極めて情報の少ない指令を遂行するのはどうすればよいのか。ゼノは彼なりの経験から、この行動が今まで経験したものの中で似通っているものがないかを思い出してみる。


「以前、南のさらに南の国を攻めた時……」


 彼がどう動くかに興味を持っていたのだろう。ロトフは黙って聞いている。しかしその体重を霊木で作った棒に支えてもらいながら、いたずらでもするかのように笑っている表情は崩さない。


「遊撃隊の隊長を殺してこいとロイサム将軍に言われたことがあった」


 当時はまだゼノ=アキュラは将軍ではなく、部隊長の一人だった。若年の部隊長に与えられた兵力はその目標の遊撃隊をかなり下回っていたのであるが、ゼノ=アキュラはこれを成し遂げる。付近の住民を買収し、遊撃隊の出現場所を特定したのちに奇襲をかけて隊長を殺害、瞬時に離脱した。優秀な指揮官のいなくなった遊撃隊は本来の力を発揮できず、戦いはロイサム将軍の思い描いたとおりに勝利した。


「まずは情報だ。あの三人の中でもっとも可能性が高いのはテレンだと思うが、リンにつられて村を出て行ってしまったからな。ユーリが酒場に向かったとは思えないが、行商人から罠や道具を購入するつもりならそこでユウヒウマドリの生息地を教えてもらえるかもしれない」


 おそらくテレンはすぐに村に帰ってくるだろう。無駄に時間を費やしたことに彼女がいつ気づくかが問題だった。ユーリがうまく行商人から情報を聞き出せるとは……思えない。


「というわけで、俺は村の人にその鳥がどの辺にいるかを聞いて来るよ」

「さすがゼノだね。彼女たちみたいな世間知らずとは違う」

「比べられても困る」


 ゼノは村の中心部へ向かった。すでに朝起きて仕事を開始し出している集落の人々からユウヒウマドリの生息地を聞き出すまでにたいして時間はかからなかったのである。ここまで数日間続いた宴で、ゼノはこの集落のほとんどの人間と共に食事を取っていたからだ。


「南東の方角で見たという奴が複数いた。残念ながらリンが走って行った方角とは真逆だな」


 すでに朝から酒を飲みだしたロトフのところへ帰り、ついでに集落の人から土産でもらった干し肉を渡してやる。目を輝かせてそれを受け取ったロトフへ対し、彼女たち三人の分も残しておけと忠告するのも忘れない。


「じゃあ、ちょっと行ってくる。一つでいいな?」

「あぁ、一つあれば十分だ」


 集落の南東には小高い丘があった。そこはあまり高い樹は生えておらず遠くまで見通すことができる。このような地形の方がユウヒウマドリのような足の速い動物には生存しやすいのだろう。しかし、夜間まで走って逃げるわけにはいかない。どこかに身を隠す巣があるはずで、卵があるとしたらそこだった。

 ユウヒウマドリは夜行性ではないために、単純に襲うのであれば夜間がいい。しかし、夜間はほとんどのトリが巣に帰っているであろうし親鳥を傷つけると何が起こるか分からなかった。卵を一つ、いただくだけというのが最も良い。であるならば日中に親鳥が餌を探して出ている最中を狙うべきだろう。


「おっ、いた」


 草原の向こうに真っ赤な色をしたウマドリがいた。見ればわかると言われたとおりに他にはない色彩である。しばし、ゼノはその美しさに見とれていたが、行動を観察するようになった。ユウヒウマドリはいつもせわしなく動いていた。じっとしているのは辺りを警戒している時だけである。そして、親鳥が警戒している方向に偏りがあるのに気づくのに時間はかからなかった。


「あっちか……」


 草原の東の方角に丘が終わり森が続いている場所があった。森の中であれば、卵を隠しておくのには好都合であるはずだ。ゼノは親鳥たちに気取られない距離を保ちつつ、北回りに森へ向かった。



 森の中は薄暗く、もしユウヒウマドリがいたとしてもあの目の覚めるような真っ赤な色彩がそれほどに目立つわけでもなさそうだった。夜間は特にそうだろう。ゼノは親鳥がいるかどうかを注意しながら卵を探す事にした。

 鳥の巣であれば、樹の上に枝などを用いて作られる。それは木の上がもっとも天敵が来ずに安全であるからだった。しかしユウヒウマドリは飛ぶことができない。その健脚が最も天敵か身を守ってくれるものだからだ。であるならば巣は地上にあるのだろうか。


「いや、そんな事はない」


 単純に地上に置かれていれば、常に親鳥が付き添っていなければならない。しかしこの森に親鳥の気配はなく、親鳥がいたとしても基本的に天敵からは逃げることくらいしかできないはずだった。だったら、どこに卵はあるのだろうか。

 森の中はもちろん平坦ではなく、起伏の激しい場所も多かった。そしてところどころ崖や巨岩がある場所が目立つ。特に大きな岩は近づけばその大きさで視界が埋まり、森もその部分だけが途切れているようになっていた。


「そう言えば、この地方にはあまり鳥がいないな」


 北の大地に来てからというもの、大きな鳥は見ていない。せいぜい小鳥くらいだった。ユウヒウマドリは鳥ではあるが、どちらかというと馬のようなもので地上を走っている。南の地方に住んでいた大鷲などは全くいない。

 岩の周囲を調べていると、西から足音が聞こえた。完全に人間のものではない。一匹のユウヒウマドリが走っている音だった。ユウヒウマドリは樹々の間をすり抜け、巨岩の上を飛び越え、走り去っていった。


「親鳥はこんなでかい岩も飛び越えられるんだな」


 これが家畜となれば機動力が尋常ではなく、村をあげての宴となると言われて納得する。人間ならば一週間はかかる距離を一日で走破できるのではないだろうか。森の中も走ることができるのは馬などよりも優れている。跳躍の高さも想定を超えていた。


「巨岩をも超える跳躍力……」


 ゼノは卵のある場所を思いついた。




 ***




「全然いないのっ!」


 ゼノは昼過ぎには集落に帰り、ロトフと酒を飲んでいた。日が暮れて三人が肩を落として帰ってくる。中でもリンは泥まみれになっていた。北西の沼地にはまりかけたらしい。


「沼は一人じゃ抜け出せない事があるから危険だよ。よく無事に出てこれたね」


 ロトフの答えにはユーリが答えた。


「だから、私が引っ張り上げたのよ」


 そう言うユーリの下半身も膝からしたが泥まみれであった。たまたまリンと鉢合わせした後に沼にはまったらしい。卵を護るユウヒウマドリの行動を封じ込めるための道具がそれで壊れたとかでユーリは怒っている。


「それで、ゼノは取りに行かなかったの?」


 疲れた様子でテレンが言った。彼女は一度村に帰り、集落の人々からユウヒウマドリの生息地を聞き、南東の草原を駆け回っていたようだった。もちろん草原に卵があるわけがない。


「行ったに決まっている。ほら」


 ゼノはユウヒウマドリの卵を抱えながら酒を飲んでいた。非常にぶ厚い卵はちょっとやそっとの事では壊れたりしなさそうである。ぺしぺしと卵を叩きながら杯をあおる。すでにかなりの量を飲んでしまっていた。


 卵は森の巨岩の上に巣を作って置かれていた。空から大きな鳥が襲ってくる事のないこの地方では、他の動物が登る事のできない巨岩の上が最も安全だったのである。


「せっかくだから一個食ってみようって言ってるんだけど、ロトフがどうしてもだめだって」


 そう言ってロトフの方を見てみると、ロトフも卵を抱えて酒を飲んでいた。


「せっかくだから食べようじゃないよ。せっかくだからこれも持っていくんだよ」

「二つあっても仕方ないんじゃないのか?」

「ゼノはこれの価値が全く分かってないね」

「分かんねえよ。俺はお前らの言う南人だ」


 このやり取りを見て三人はゼノを旅に加えた事を良かったと思うか悪かったと思うか悩んだという。

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