13話


 そんな誰しもが目を瞑りそうなほどの災禍を目にしてなお。


「……………わかりきった結末だったな、この"実験"は」

 味気無いといった表情でグラスの中の酒を飲み干す男―――もといグレン。彼は手に持ったグラスを静かに柵の上へ置くと、今宵は宴も終わりというばかりに部屋の中へと入っていった。






 室内へと足を踏み入れた瞬間に露台への扉は自動的に閉まり、外の音という音を遮断する。―――それは、自らが『実験』と称しての音でさえも。そして、室内は不気味なくらいの静けさが訪れた。

 外がよく見えるようにと消えていた灯りはグレンの魔力で光を放ち、明るく室内を照らす。ただ、一つしか点けていないということもあってより一層ほの暗い雰囲気だ。

 そんななかを、グレンは歯牙にもかけず机の方へと歩いていく。つまらなさそうな態度とは裏腹に、次は何をして退屈を紛らわそうかと考えながら。


 いつもならば歓喜となるあれらの悲鳴も、今はうるさい羽虫がブンブンと唸っているようにしか聞こえなくて鬱陶しい。同じような反応ばかりで飽きてきた、と言っても過言ではない解釈だ。

 おそらくこれこそが『美味しいはずの食事も舌が肥えれば飽きてくる』と言うやつなのかもしれない。そのような表現がピッタリ似合うくらいに、今のグレンは自身にとっての至高のものを求めていた。


 待ちに待った、己が喉から手を伸ばしてしまうほどの美味―――すなわち、自身の憎き相手が絶望に身を落とした悲鳴を。

 何もかもを手折られ、踏みにじられ、助けを求めることもできず、ひとり暗い闇へ堕ちていく者の悲鳴を。




 一度は手にしたはずだった。自らにとっての最上の愉悦、全身を満たすほどの大きな歓喜を。

 何度も求め続け、足繁く通い、その悲鳴を聞いて自らの欲求を満たす。まるで麻薬のようなそれがどんなにいいもので、またどんなに自身を満足させていたのか。





 その事実を、失って初めて知ることができたのだから。






             ✴  ✴  ✴ 






 今、自身を満たしていたモノは手元にない。"愛翫しほう"は目の眩んだに奪われ、手の届かぬ場所へと遠ざけられたためだ。


 当時はその苛立ちが思いのほか大きくて、守っていた"番人"にはたくさんの罰を与えることになった。

 火傷を負わせ、骨を折り、その背中に、その小さな身体に消えぬ傷をつける。仕事をしなかったのだから、罰を与えるのは当然のことだった。





 そのあとでどうすればいいか、グレンは何度も考えた。



 自身の手で探し出し、捕まえ、今度こそ逃さないようにする? ―――しかし今のこの『身体』ではここから離れた瞬間に動けなくなることだろう。


 手下を動かして捕まえる? ―――そもそも信用のできる手下など存在していない。いたとしても仕事をしてくれるかもわからない。恐怖という能力気質で動かしているとはいえ、駒でしかない者たちにこの仕事は任せられない。


 自身に忠実で共犯者でもあるあのゴードンに動いてもらう? ―――しかしあの男は目を離せば彼の敵でもある"シホウ"を殺そうとする。離しているほうが厄介極まりない。


 どの案も実行するには不安で、だからこそグレンは何度も何度も考え直した。

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