第29話 続く誤解

 翌日、私が登校すると、教室にはすでに朝霧君がいた。朝霧君は机に座って何かのノートを見ていたけど、すぐに私に気づいて声をかけてきてくれた。


「昨日はあれから大丈夫だったか?」

「うん、何も無かったわ」


 もし家や登校途中で何かあったら、すぐに朝霧君に連絡を入れることになっている。

 けれど昨日の休み時間以来、あの蛇は姿を見せないままだ。このまま何も無くて、本当にただの勘違いだったらいいのだけれど。


「──そのノート」


 ふと、朝霧君の持っていたノートが目についた。テスト前ではあるけれど、今からそうやってノートを広げている人はあまりいない。だけどそれをよく見ると、どうやら授業とはまったく関係の無いもののようだった。


「これ、母さんが昔出会ったり聞いたりした妖怪の特徴を書いたものなんだ。もしかしたら、五木の言っていた黒い蛇のことも書いてあるんじゃないかと思って。昨日わたした魔除けのお守りも、これに書いてあったんだ」


 そう言って、ノートをパラパラとめくる。どのページを見ても、全て綺麗な字でびっしりと埋まっていた。


「これ、朝霧君のお母さんが書いたの?」

「ああ。何かあった時役に立つかもしれないって、ずっと前に渡された」


 きっと、それだけ朝霧君のことが心配で大事なんだろうなと思う。

 どんな人なんだろう。できれば一度会ってみたいけど、私のように見える人が近くにいるとわかったら、それこそ心配をかけるかもしれない。


「蛇について何か分かったら教える」


 そこまでしてもらうのを少し申し訳なく思うけど、それを言ったらきっとまた、気にしないでって言われるんだろうな。それならせめて感謝を伝えよう。


「ありがとね」


 短くそれだけ言うと、私は自分の机に戻った。






◆◆◆





「見てたよ~」


 席に着くなり、美紀がいきなりニヤニヤしながら話しかけてくる。


「朝霧君と仲良くなれた?」


 前のめりになって聞いてくるのを見ると、どうやら以前に受けた誤解はまだ続いているらしい。思わずため息が出る。


「だから、そんなんじゃないって」

「はいはい、わかってるって」


 絶対にわかって無い。この調子じゃ、誤解を解くのは思った以上に時間がかかりそうだ。


「誰かにしゃべったりして無いでしょうね」


 美紀一人ならまだしも、他の人にまで拡散されたら厄介だ。昨日も口止めはしておいたけど、念のため確認する。


「大丈夫。誰にも言ってないよ」


 それを聞いて一応ホッとはするけど、誰にも言ってないはずの話をいつの間にかみんなが知っているなんてのは珍しくない。それに、美紀以外にも同じような勘違いする人がいないとは限らない。面倒なことにならなきゃいいけど。


 だけどこの時私は予想もしていなかった。面倒なことは、すでに近くまで迫ってきていることに。

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