第8話【禁呪・精霊掌握】
風圧で目を瞑りそうになりながら、エルネスティーネの背を追いかける。
目が痛い。ゴーグルでも有れば、楽になるんだろうけど、今はそんなモノないし、我慢するしかない。
そんな思いの中で、大気を切り裂く、まず普段、絶対に味わえない体験に、ちょっとだけ感動してた。
この点だけは、エルネスティーネに感謝しましょ。
「よし、捉えました!」
私は眉を開き、そう口走った矢先、エルネスティーネに追いつくという既の所で、折り返し地点である霊樹が間近に迫る。
「フフッ、残念でしたわね。ダリエラさん。後、少しでしたのに」
勝ちを確信したかのような言葉を吐くエルネスティーネ。同時にエルネスティーネの操作する【
見事としか言いようがないですよ。してやられたました。
くっ、此方はスピードに乗り過ぎて、減速しようにも、間に合わない。
どうする? ほんとに打つ手がない。このまま負け……。
そう諦めそうになった時、一つの閃きが、頭を過ぎった!
一か八か、やってみますか。後は身体が持つかどうかですね。
腹を決めれば、私は自身の髪の毛を二、三本引き抜くと、魔力を込める。
「『
私は髪の毛を触媒として、形態変化の魔法を発動すれば、太さ約十ミリ程の薄紅色した
その
私は
そして、その
霊樹と私を結ぶ
「くっ! うぅぅ」
ある程度、覚悟はしてましたけど、身体というより肩関節周囲と肘、手首に猛烈な痛みが走り抜ける。
幾ら【魔力闘法】を用いていると言えども、肉体ダメージを全て取り除く事は出来なかったか。スピードを殺さない為に取った策だけど、些かやり過ぎた感が否めない。
でもです。ここまで身体を虐めたし、恥もかかされて、負けるなんて以ての外。
限界近くまで加速していた【
遠心力が作用し、飛躍的な加速を得られ、折り返し地点より飛び出す初速度が増す。
お陰で、超高速な
それによって、エルネスティーネが私との間に保っていたアドバンテージが一気に無くなるばかりか、追い抜き前へと出ることも出来た。
「な、なんで、そんなバカなことっ!」
背後に目をやれば、驚愕の表情を浮かべ呆然と私の背を見つめるエルネスティーネ。
徐々にエルネスティーネを引き離して行く中で、私は言ってやる。
「それで、終わりですか? エルネスティーネ」
さっきのお返しと言わんばかりに、私は態と高圧的な態度を作って、エルネスティーネを挑発した。
「まだっ、まだですわ!」
私の挑発が、エルネスティーネの瞳に光を灯す。エルネスティーネの全力をねじ伏せて勝つ、そうでなければ意味がないですから。
エルネスティーネの操作する【
このままのペースを維持、出来れば勝てるけど、そう簡単には行きそうにありませんね。
何故なら、エルネスティーネの【
やはり、この様な高出力の魔法を発動し続けるのは、無理があるってことですね。
私とエルネスティーネの距離がジリジリと狭まってくる。前を向けば、オルグが引いたゴールラインが見えた。
はぁ、厄介な状況を作り出してしまいましたね。彼処で、エルネスティーネを焚きつけた私自身の所為なんですけども……。
ゴールまでは、後少しですが、残念ながらこのまま行けば、私はエルネスティーネにゴール前で差し切られ、負けてしまうのが確実と言うか、ほぼ確定しています。
「さぁ、今度は
嬉々として、エルネスティーネが物言えば、ゴールラインまで、あと数メートルと言う所で、エルネスティーネに並び付かれた。
ふぅ、あまり気乗りしないけど、仕方ない。奥の手を使わせて貰います。
「エルネスティーネ、先に謝っておきます」
「何を、仰っていますの?」
私の投げ掛けで、クエスチョンマーク浮かべるエルネスティーネ。そんなエルネスティーネを他所に、私は呪文の詠唱を始める。
「空空漠漠たる大空に宿りし風霊王よ、汝の御名に於いて、我、命ずるは、幕下たらん風霊の意を
私【加護付き】だからこそ、いや【加護付き】じゃなければ、使えない禁呪。ある意味反則な、この魔法は、風神の力を借り、全ての風精霊を従わせて、私の意のままに操る究極と言っても過言ではない精霊魔法。
「風、断ち切れば、虚無を迎えよ」
私が、エルネスティーネの周囲の風霊達に命じれば、それは起こる。
一瞬にして、無風の結界を作り出し【
【
「え、な、なに? どうして動かないのです? どういう事ですのぉぉ!」
輝きを失った【
そして、丁度、真下には貯水池があり、エルネスティーネは水面へと吸い込まれるよう、水飛沫を舞い上げた!
勝負とは時に残酷なのです。と心で思い、私は拳をギュと握り締め、一人コクコクと頷き、納得しつつ、それを見届けたなら、余裕綽々でゴールラインを割った。
「ふぅ、なかなか、危なかったですね」
私は【
「おいおい、キョウダイよ。スゲェ、大人気ねぇぞ。あそこまでする必要なかったろ」
「な、なんですか、オルグ。勝者を労う前に、非難の言葉を浴びせるなんて、酷いですね」
私はオルグの言葉にドキリとさせられ、動揺を誘われてしまう。
「全く、よく言うよ。おいらの目は、誤魔化せねぇぜ。アレって禁呪だろ。どう考えても、酷いのはキョウダイだ」
「うっ……そ、それは、そうですけど、こ、今回の勝負は、アレです。負けたくなかったんですよ」
こいつは、痛いところ突いてきますよね。それにしても、よく見てます。ほんと、厄介ですよ。
「ニッヒヒ、最初から素直にそう言えば、まだ、可愛げもあるのにさ……」
肩を揺り嫌味な笑いを見せて、そうオルグが言ってくる。
「うっさいですよ! もう、この話は終わりっ、終わりです!」
私は堪らず、子供みたく喚き散らす事しか出来なかった。
「ククッ、まぁ、イイさ。それより、エルネスティーネは無事なんかな?」
「はっ、そうでした! とりあえず、エルネスティーネ所へ行ってみましょう」
何とか話題を変えてくれたオルグ。私はそれに賛同し、エルネスティーネの落ちたであろう貯水池へと向かった。
「完敗ですわ。ダリエラさん……」
「いえ、エルネスティーネだからこそ、私も本気になれたのです」
「そ、そんな嬉しい言葉掛けてくれ、ハッ、ハ、ハックション! ですわ」
「だ、大丈夫ですか。エルネスティーネ。直ぐに火を起こしますね」
春が終わり、初夏に入ろうかと言う季節の変わり目だけど、流石にまだ、水浴する程の暑さはない。なので、まだまだ、水は冷い。
そんな貯水池へと、飛び込むことになってしまったエルネスティーネは、ずぶ濡れになり、身体をガタガタと震わせてる。
「我、手に集えし炎の種子よ。『
私は薪になりそうな枯れ枝を集めれば、魔法を使い火を起こした。
「ズーズー、お手数をおかけしますわ。ダリエラさん。それとデルモ、何時までもこの様なみっともない姿を晒したくはありませんから、
「はっ、直ちに」
デルモは颯爽とキン斗雲に乗れば、館の方へ向かって飛んで行く。
その姿を見送り、視線をエルネスティーネと戻せば、徐に、自然と、何も気にすることなく、エルネスティーネは、ビショビショになった
「な、え、ちょ、ちょっと、エルネスティーネ。何してるんですか??!」
露わになるは、エルネスティーネの悩ましげな身体に貼り付いた薄水色のビスチェと
コ、コレは、目の保養じゃくて、違う違う、目に毒ですよ。色々と大事な
「へっ、何って言われましても、このままびしょ濡れの格好では、風邪を引いてしまいますから、服を脱いでしまおうかと……それより、ダリエラさんは、何故、その様に取り乱しておいでですの?」
「別に、そんな取り乱すだなんて……」
実際は、取り乱すどころか、私の心の中はお祭り騒ぎですよ。
いくら同性でも、無防備にも程があります。
しかし、転生前の男だった頃の本能が刺激されたのか、自然とエルネスティーネのイケナイ箇所に視線が行ってしまう。
その所為もあって、自分自身、変にドギマギしてしまって落ち着きがなく、ソワソワしてしまってた。
「ふーん……意外にも、ダリエラさんって、
少し伏し目がちに、妖しく瞳光らせて、何やら妙な勘繰りをしたエルネスティーネが言ってきたなら、ジリジリと淫気を漂わし私の方へ躙り寄る。
「な、何、何ですか? エルネスティーネ?」
私はそれに気圧されて、一息ゴクリと呑み込んだら、自分でも気づかない内に後ずさりしていた。
「ふふっ、可愛いですわよ。ダリエラ……」
「ちょ、エルネスティーネ。どうしたんです急に」
エルネスティーネは、ヤバ気な雰囲気醸し出し、どんどん私に詰め寄ってくれば、私はその詰め寄られた分だけ、後ずさりし逃げる。
そんな様子を傍観していた一匹の使い魔、オルグが突然、口を開く。
「おい、キョウダイ、後ろ」
「え、何ですか、オルグ。後ろって……あっ、嗚呼、ああああ!」
その言葉を聞き後ろへ振り返った瞬間、私は足踏み外し、派手な飛沫を上げて貯水池にダイブかました!
そして、あっという間に全身へと針の様に突き刺さる冷水。ひっ、心臓に悪い。ゴメン、エルネスティーネ、コレは結構、堪えるわ。
「プハッ、ハァハァ……」
水中より勢いよく顔を出せば、エルネスティーネが目尻に涙滲ませ、満面な笑みで言ってくる。
「プフッ、フフッ、お返しですわ」
や、ヤラれた! 一人ドキドキ舞い上がって、超ハズかしいぃぃ! 私は身を隠すべく再度、水中へと潜れば、恥ずかしさ紛らわす為、ゴボゴボと息吐き出して大声を出した。
恐るべしです。エルネスティーネ!
魔法勝負から一週間、謹慎も解けて【魔女の小箱】での通常業務に戻っていた。
「ありがとうございます。またのお越しをお待ちしています」
店に居た最後のお客を見送れば、本日は皇龍の日、面倒臭い御用聞きをしなければならない。
でも、ココは給金の為にグッと堪えて、嫌な仕事も笑顔で熟さないと。
相変わらず、貴族達の鬱陶しい小言を聞き流し、御用聞きも半数を終えた頃、ある屋敷の前に大勢の人だかりが、出来ていた。
よく見ると、そこは巷で話題の錬金術士の屋敷。
「どうしたんでしょうか?」
「さあ、なんだろうな?」
私とオルグは、互いに顔を見合わせた。
『おい、はっ早くあの薬をくれっ!』
『金ならある。薬を売ってくれ』
『頼む、アレがねぇと、気が狂っちまう』
『お願いよ。もう、限界なの』
人だかりから聞こえてくるのは、切羽詰まった人達の声。
そして、人だかりの先に見える一人の男の姿がある。
どうやら、あの男が巷で話題の錬金術士らしい。なんだか胡散臭そうな男ですね。
さっさと立ち去ろうと思いましたが、何故だか妙に気になったので、少し様子を伺う事にした。
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