ぼこぼこ

無川石

第1話

高校三年間付き合っていた彼女と別れた。「もう好きじゃなくなったから」なんて、素っ気ない理由で。三年間、僕は彼女とちゃんと向き合わなかったから、そのせいかもな、なんて自己嫌悪してみたりしたが、翌朝窓の外に広がる青い空を見て、そこまで落ち込んでいない自分に気付いた。なんだ、本当は彼女のことなんてどうだってよかったんだ。そりゃあ彼女も、好きじゃなくなるよな。自嘲して、カーテンを閉めた。

大学受験も失敗して、浪人する気にもなれなかった。田舎町であるこの街は、噂が広がるのも早い。僕自身は今はどうも思っていないのに、人通りの少ない凸凹のアスファルトの道を歩くたびに、ひそひそと話し出す人々の視線が痛かった。同級生は僕を見ると気まずそうに笑った。なんだかそれが妙に気持ち悪くて、腹が立って、ここにいたくなくなった。元々田舎で不便な場所だ。そうだ、いっそ東京に行ってやろう。母に仕事を見つけに行く、と理由を後付けして説得し、僕は東京へ向かった。新幹線の窓から景色を見ようとしたが、あまりに速いもんだから景色なんてただ流れていくだけで何も感じなかった。その時その日暮らしで生きている。こんな僕に将来もクソもあるのだろうか。なんてちょっと感傷に浸った新幹線の中、僕はただ景色をずっと見ていた。


それが去年の十月。中途半端な時期だからそこそこ物件も埋まっておらず、即入居が可能な家賃六万のアパートの一室が僕の帰る場所になった。今日も例のように布団から顔を出し、窓を見上げる。ビルの隙間から青い空がほんの僅かに見える。お前も窮屈そうだなあ、なんて同情しながら起き上がった。

学歴も技術もない自分にはやりたい仕事もこれといってない。アルバイトで食いつなぐ日々は大変ではあるが、確かに生きてる実感を沸かせた。

あんなに眩しかった朝日が西へ傾き、今日もコンビニへ足早に向かう。交通費支給だから、とわざわざ電車で五分もかからないK駅まで向かう。東京に来たからには、電車を使いたかった。東京はどこに住んでいても、だいたい何でも揃っているから便利だ。大学にも通っていない自分には、電車に乗る理由もない。せめて、という気持ちが僅かにあった。よく使う沿線は毎日遅延する。人でごった返すホーム、駅員のマイク越しの切羽詰まった声、人の足音、誰かの舌打ち、メメントモリのような扉の閉まる警告音。静寂なんて知らないといったような東京は、いつも何かの、誰かの声がしている。混んでいる車両を確認するも、結局どこまで歩いても満員の車両に飽き飽きして、適当なタイミングで乗り込む。不意に高校時代の満員電車を思い出される。通勤通学ラッシュのあの車内。色んな人間の体臭。人いきれで暑くて適わない。

「ドアが閉まります。」

駅員の無機質な声に呼応して扉が閉まる。人と人の隙間から窓の外の、ビル群と青空が見える。ビルの灰色と空の青は似合わないな、なんて思って、電車が揺れる。よろけて、後ろにいたサラリーマンの背中にぶつかった。謝ろうと振り向いたけれど、彼は怪訝な顔をしてそっぽを向いてしまった。

「すいません。」

絶対に聞こえていないような小さな声で謝る。自己満足の謝罪。なんだか今日は幸先が悪い。僕はただ俯いて、K駅に辿り着くのを待った。

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