23

「これから、テストの合計点数と順位が書かれた紙を配りますから、名前を呼ばれたら取りに来てください。」


 運命の日がやってきた。帰りのHRで、担任がクラスメイトの名前を呼んで、テスト結果が書かれた紙を渡していく。


「やった!オレの順位、前より10上がってる。」


「それって、上がったって言えるほどかよ。いや、オレは逆に20下がったわ。」


「よかった。半分よりも上だ。」



 テスト結果を見たクラスメイトたちが、渡された結果を元に盛り上がっている。いよいよオレの番がやってきた。


「中里君。他の先生にも言われたと思いますけど、あまりよくないみたいですね。もうすぐ三年生になりますから、気を引き締めて勉強をしてください。」


 担任からもらった紙を見てみると、先生に言われるまでもなく、今までで一番悪い成績だった。数学に限らず、どの教科でも、前回のテストより大幅に順位が下がっていた。



「福島さん。あなたにしては珍しい。中里君と言い、どうしたんですか。」


 くそ女も、相当に前回から順位を落としているようだ。担任の言葉に、くそ女は軽く答える。


「他の先生にも言われましたが、今回、調子が悪かったんですう。次は頑張るから、問題ありません。」


「まあ、本人が言うなら、そうなのかもしれないですね。次に期待しましょう。」




 そして、別府えにしの番がやってきた。担任が名前を呼び、別府えにしにテスト結果が書かれた紙を渡した。


「ずいぶんと今回点数が良かったみたいだけど、これはどういうことかな。」


 他の先生たちの反応とは違い、担任は彼女のテスト結果に不満そうだった。彼女の実力を疑っているのだろうか。


「どういうこともありません。これが本来の私の実力です。別に不正をしているわけでもないし、先生方に媚を売っているわけでもないですよ。」


 テストの順位が書かれた紙を担任から奪うようにもらい、別府えにしは内容を確認する。そして、担任に満面の笑みを浮かべた。


「先生、私、今回すごい勉強を頑張ったんです。ほめてくれてもいいでしょう。」


 先ほどの言葉とは打って変わり、中学生らしい、子供らしいおねだりをする別府えにしに、担任は困惑しつつも、感情のこもらない賞賛の言葉を述べた。


「オメデトウ。これからの別府さんの勉強にも期待していますよ。」


「ありがとうございます。」


 テスト結果が返され、別府えにしとの賭けがどうなったか、オレとくそ女、別府えにしの三人は、放課後少しだけ、部活に遅れる旨を伝え、話し合うことにした。






「それで、顔が緩んでいたけど、順位はどうだったのよ。」


 その日の放課後、オレたち三人は、クラスとして使われていない、教科準備室に集まっていた。集まると同時に、くそ女がすぐに別府えにしに言葉を投げつける。


「まあまあ、早く部活に行きたいのはわかりますけど、そんなにすぐに本題に入ることはないでしょう。」


 結論を急ぐくそ女とは対照的に、別府えにしは余裕を持った態度を取り、それはオレに彼女への不信感をあらわにした。


「えにし、もったいぶってないで、さっさと言ってくれないか。オレもさっさと部活に行きたいんだ。」


「あら、こうたろう君までそんなことを言うのですか。ふうん、わかりました。ですが、最初に、私から、大切なことを言わなくてはいけません。まだ、先生方にも話していない、とても大切なことです。」


 オレたちの気持ちを理解したのか、彼女はすぐに本題に入ることにしたようだが、その前に何か言いたいことがあるらしい。すうっと息を吸い、一息に言葉を吐きだした。



「私、二学期いっぱいで転校することになりました。」



『えっ。』


 彼女の言葉はそれほど大きくなかったのに、オレには体育館に響き渡るほどの大声に聞こえた。彼女は、以前から、自分の家は引っ越しが多いと口にしていたが、本当に引っ越すとは思ってもみなかった。彼女が転校してきて、まだ一年もたっていないのだ。


 言葉の意味を理解する前に、驚きで思わず声が出てしまった。それは、くそ女も同じだったようで、オレとくそ女の声がかぶってしまった。


「ふふふ、驚き方もそっくりで、仲がいいことこの上ないですね。それで、引っ越しするのは決定事項なのですが、その前に、私はこの学校に置き土産でも残していこうかなと思いまして。まあ、小学生のあの時から、転校する際には必ず行っている、もはや私の中の年中行事と言いますか。」


 オレたちの驚く姿を笑いながらも、別府えにしは話を続ける。


「年中行事と言っても、結構この作業は頭を使うんですよ。ですが、達成した時のあの何とも言えない感覚は病みつきになります。それで、私は今回も念入りに下調べをして、挑んだわけです。」


「い、いきなり、何を言い出すのかしら。私たちは早く、部活に。」


「だから、そう急がずに、まあ、落ち着いて話す時間がないのは確かですね。では、手短に話しましょう。ええと、なんでしたっけ。」




「まずは、今回のテストの結果だろう。えにし、結果はどうだったんだよ。」


 グダグダと、オレたちをあおるかのように、首をかしげている彼女の様子にいら立ち、今度はオレの方からテスト結果を尋ねた。それを聞いた彼女は、たったいま、その話題について思い出したかのように手を鳴らして、たいそう驚いた表情で、話しだした。


「テスト、テスト。そう、テスト結果が今回の置き土産に関係しているのでした。やはり、学生の本分と言えば勉強。勉強と言えば、当然テストがあります。テストというのは、結果が目に見えてわかるので、私は好きなんですよ。」


「長話はいいから、早く結果を。」



「もちろん、一位でしたよ。」


 オレの催促の言葉にかぶせるように、別府えにしがテスト結果をようやく公表した。重ねられた言葉に、オレは驚くことはなかった。彼女の実力なら、一位も可能だろうと思っていた。


「い、一位って、あ、ありえないわ。だって、あんた、一学期のテスト。」


 信じられないと言った表情で、くそ女が別府えにしに詰め寄って問い詰める。


「こんな状況で嘘を言う必要はないでしょう。全教科満点を取ろうと勉強はしましたが、二年生になってくると、内容が難しくなってきますね。とはいえ、今回のテストでは、私のミスが原因で点数を落としていたのが大半でしたけど。」


「そんなに頭がいいのなら、どうして、赤点なんか。」


「だから最初に言ったでしょ。私は転校するたびに、置き土産を置いていくと。そのためには、テストの点数を操作する必要がありました。いい機会だから、今回の計画を話しましょうか。本来の計画とは少々違いますが、これはこれで面白い結末になりそうです。」



 それから語られたことは、オレの想像を超えるものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る