13

「それでは、楽しい夏休みを過ごしてください。」


 オレは、自然学習が憂鬱で仕方なかった。せっかく別府えにしと一緒になれたのだから、楽しまないのは損だと思うが、くそ女と一緒になってしまったと思うと、どうにも気分が盛り上がらない。オレは、くそ女と一緒のグループになったら休むと決めた心をどこかに捨ててしまい、自然学習には参加する心意気になっていた。



 そんなことを考えているうちに、夏休みが来てしまった。夏休み中は、別府えにしに会えないだろうと思うと、寂しくなる。


 もしかしたら、部活で一緒になることもあるかもしれないと期待に胸を膨らますが、オレはバスケ部で、彼女は陸上部。屋外と屋内の部活では、なかなか会う機会はないだろう。



「やっと夏休みだね。とはいっても、私とこうたろうは、幼馴染で家も近いし、部活も同じだから、毎日会うことができるね。それに引き換え、別府さんは……。」


 終業式の日、帰りのHRも終わり、担任が挨拶を終えて、クラスメイトは、部活に行くために教室を出ていく。


そんな中、くそ女が別府えにしを挑発するかのように食ってかかる。くそ女の言葉に彼女がどう反応するのか気になったオレは、あえて様子を見るだけにとどまった。もし、彼女が悲しそうな、傷ついた表情をしていたならば、すぐにくそ女を攻め立てようと思っていた。



「ふふふふふふ。」


 それなのに、別府えにしは予想外の反応をした。突然、笑い出したのだ。これにはくそ女も驚いたようで、口をパクパクして戸惑っていた。



「ああ、ごめんなさい。確かに、私はこうたろう君の彼女だけど、別に恋人同士が毎日会うことはないでしょう。だから、私は福島さんがうらやましくもなんともありません。だから、そんなに毎日こうたろう君と一緒に居られることを自慢されても、何も思いません。大事なのは……。」



『あなたたちの絶望した顔ですから。』


 ぞくっと悪寒がした。くそ女も同じように感じたのだろう。


「そ、そんなこと言ったって、付き合っているのに合わないなんてあ、ありえないわ。せいぜい、私をうらやましがるがいい、わよ。」


 いつものくそ女の威勢はなく、弱々しく反論して、教室から出ていった。いつの間にか、教室にはオレと別府えにしの二人だけとなっていた。



「ああ、こうたろう君。今の話を聞いていましたか。もちろん、うらやましくないと言ったことに嘘はありません。付き合っていても、恋人同士が夏休みに毎日会う必要はないでしょう。だって、私には私の生活が、こうたろう君にはこうたろう君の生活があって、恋人同士でもそこは尊重されるべき。そうだとは思いませんか。」


「ま、まあ、そういう意見もあると思うが、オレは、えにしと毎日でも会いたいなと思っているぞ。」


 オレの言葉は、別府えにしの心には届かなったようだ。そのまま、言葉を続ける。彼女の言葉はどこか、狂気じみていた。



「そうそう、せいぜい最後の幸せな夏休みを過ごしてくださいね。私と遊びたかったら、それなりの誠意を見せてください。だって、私、実はとっても独占欲が強いから。例えば、夏休み中、一言も福島さんと話さない、とか。」


「そんなことができるわけ、な。」


「無理なら無理で、私はそれでも構いません。それならそれで、こうたろう君とは夏休み中、会わないだけです。私は陸上部で、こうたろう君はバスケ部。屋外の部活と屋内の部活では、会う機会はほとんどないでしょう。それに、陸上部は大抵午前中しか部活がないので、学校にいる時間も短いです。」


『夏休み中はきっと、会うことはありませんね。』


 では、また夏休み明けに会いましょう。


そう言って、さっそうと教室を出ていった彼女をオレは見送ることしかできなかった。いったい、別府えにしはオレをどうしたいのだろうか。





 夏休み中、別府えにしとは会うことはないだろうと思っていたが、会う機会は何度かあった。偶然、部活の休憩中に体育館の外で休んでいたら、彼女の姿を見かけて、とっさにオレが話しかけた。


 それに対し、別府えにしは特に文句を言うことなく、いつも通りの優しい笑顔で迎え入れた。まるで、終業式のやり取りがなかったかのようなふるまいだったが、それでも、オレは彼女と話すことができて、幸せだと思うほど、彼女に夢中になっていた。


 しかし、彼女と二人きりで遊ぶことは結局、一度もなかった。別府えにしからは当然、二人きりで遊ぼうという誘いはなかった。オレの方も、くそ女と一言も話さないということが守れそうになく、誘うことができなかった。




「ようやく、別府さんは、私とこうたろうの仲を認めたようね。こうたろうも目が覚めたでしょう。あの女は結局、自分にとって都合がいい男がいいだけなの。あきらめなさい。今なら特別に、私が慰めてあげるから感謝しなさい。」


 体育館で、思う存分汗をかいて、やっとのことで部活が終わったオレとくそ女は、炎天下の中、帰宅していた。


「いや、オレはむしろ、お前と縁を切れないことに絶望を感じたよ。どう頑張っても、オレはお前との縁を切れそうにないことがわかった。」


 オレは不意に、別府えにしと付き合い始めた理由を思い出す。別府えにしと付き合って、あわよくば、くそ女との縁を切ろうとしていたことを。炎天下の中、脳みそが溶けておかしくなっていたようだ。この時のオレは、飛んでもないことを考えていた。




「いっそのこと、お前を殺してしまえば、別府えにしがオレに目を向けてくれるだろうか。」


「何か言った?」


 頭の中の考えが口に出ていたようだ。幸いにも、くそ女には聞こえていなかったようだが、いったいオレはどうしてしまったのか。いくら嫌いでも、殺してしまうなんてことはオレにはできない。その後のことを考えると、殺しはどう考えても、割に合わないからだ。嫌いなのに殺して、そいつのせいで、一生を棒に振るのは勘弁したい。そう思いつつも、頭に浮かび、口に出した考えが頭の中から消えることはなかった。

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