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いじめが開始されたのは、別府えにしが転校してから一週間くらいたったころだった。一学期の期末テストが行われたのだが、その点数がいじめの材料にされた。
転校生の彼女は、前の学校と授業の進み具合が違ったのか、テストの点数がひどいもので、平均点はおろか、全教科赤点ギリギリの結果だった。彼女はテストの点数を隠そうとしていたようだが、くそ女がそれを良しとしなかった。
クラス内は、転校生がくそ女よりもかわいいことに気づいていた。確かにくそ女も顔だけ見れば、かわいいと呼べる部類に入る。ただし、口を開けば暴言ばかりだし、何か言われるとすぐに手が出る。
その点、別府えにしはそんな野蛮ではなかった。
黙っていれば、清楚な美人中学生だし、口を開いても暴言なんぞ、出たためしがない。もちろん、手も出ないので、徐々にクラス内での人気が高まっていた。
「別府さん、今回のテストどうだった。前の学校での授業と違って、難しかったかな。」
ほとんどのテストが返却されて、残るは保健体育のテストのみとなったある日、くそ女が別府えにしに声をかけた。今回のテストは、国語、数学、英語、社会、理科の主要5教科に加えて、音楽、美術、技術家庭科、保健体育の9教科が実施された。
「ええと、難しかったです。もともと、私は勉強があまり得意ではないので。」
うつむき加減に自分のテストの点数に目を落とす別府えにしは、さながら、狼に狙われたウサギのような雰囲気だ。もちろん、ここでいう狼はあのくそ女しかいないが。
「そうなんだ。じゃあ、それがどれくらいの結果だったか、私に見せてくれる。」
そういった狼ことくそ女は、舌なめずりしそうな勢いで彼女の解答用紙を奪っていく。たまたま、別府えにしは、保健体育以外の解答用紙を机に広げていたのだ。
「なにこれ。別府さんって、賢そうな顔して、バカだったんだね。」
くそ女がクラス中に響き渡る大声で叫びだす。
「まじうけるわ。だって、全教科この点数で、しかも全部赤点だよ。この分だと、夏休みの補習は必須だわ。可哀想に。」
「返して。」
くそ女に点数を暴露された別府えにしは、恥ずかしそうに、くそ女から回答用紙をひったくり、慌てて机の奥底にしまい込む。目には涙を浮かべていた。自分の悪い点数をクラス中に知らされていい気分なわけがない。泣きそうになるのも当然だ。
しかし、時すでに遅し。クラス中に別府えにしの悪い点数が暴露されてしまった。
「別府さんって、頭悪かったんだね。」
「でも、転校してきて最初のテストだし、授業に追い付けてなかったのかも。」
「でも、全教科赤点レベルって……。」
教室では、ひそひそと別府えにしに対する悪口や批判が相次いでいる。明らかにくそ女はこの状況に満足している。顔がしてやったりと、うざい顔をしていた。
「別府さん、大丈夫。気にしなくていいよ。誰だって赤点くらいとる可能性はあるんだから。次頑張ればいいんだよ。」
可哀想で見ていられなかったオレは、別府えにしに話しかけた。だって、こんなクラス中に自分の悪い点数を暴露されて、平気な人間なんているわけがない。ましてや、それがおとなしそうで真面目な別府さんならなおさらだ。泣きそうだと思っていたが、彼女はすでに涙を流して泣いていた。
「優しいんだね。でも、私は平気。だって、赤点ギリギリなのは本当のことだもの。平気だけど、さすがにクラス中にこの点数を知られたのは恥ずかしいよお。」
本格的に泣き出してしまった。オレはどうしたらいいのか、おろおろと所在なさげに視線をあちこちに飛ばしていたら、いきなり暖かいものが背中と腰にまとわりついてきた。
「うわっ。」
驚いて正体を確認すると、くそ女だった。一瞬、別府さんかと思ったが、彼女がそんなことをするわけないし、彼女は目の前でオレと話していた。
「こうたろう、騙されちゃダメ。別府さんは、こうたろうの気を引きたくてウソ泣きしているだけだから。あんたは私の彼氏でしょ。浮気は許さない。」
いつもの冗談とは違う、かなり本気の声だった。普段のくそ女は男に媚びるためか、割と高めの、むしろ、甲高い声で話すことが多いが、今の声は、男かと間違うような声の低さだった。さすがのオレも、静かにするしかなかった。
静かになったオレの姿を見てくそ女は落ち着いたようだ。そのまま、部活に行ってしまった。
残されたクラスメイトも我に返ると、そそくさと部活をするために、荷物を抱えて教室を出ていった。
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