第2話 訓練開始

「誰もが平等に安定したエネルギー供給を望め、文化的な生活を送ることができる。そのような未来を作り出すことが我が社の経営理念です」

 丸山が言った。


 この国の未来は、暗く閉ざされている。

 これまで幾度となく自然的、人為的災害に見舞われた結果、国土は傷つき、元々少なかった資源は完全に枯れ果てた。

 電力は貴重で高価なものとなり、貧富の差を広げるきっかけを作った。

 富裕層の住む地域を除いて治安は著しく悪化し、一部の文明は廃れ、孤児が急増した。

 

「我が社は以前より、新たなエネルギー資源を生み出すための研究、技術開発に取り組み、本格的な技術運営をスタートさせました。これに必要となってくるのが、今皆さんが目にした、龍です。我が社は龍の肉から各石油製品と同等の油状資源を作り出し、販売、運用をしています」


 丸山はそこで一旦言葉を切った。

 子どもたちの理解の程度を確かめるように、全体を眺め渡す。


「僕たちは龍を狩り、会社はそれを資源に変換する……」聡明な顔立ちをした少年が、小さく言った。


「そうです。そこで皆さんには一頭でも多くの龍を狩っていただきたいのです。皆さんの力が必要です。この国の未来を担う、名誉ある仕事です。どうか誇りを持って、これから狩りに向けての訓練に励んでください」


 そう言って丸山が唇を結ぶと、静かな時が流れた。

 各々が困惑しながらも、丸山の話を噛み砕こうとしている。


 やがてぽつりぽつりと、疑問の声が上がった。


「一頭でも多くってことは、さっき飛んでいたものの他にも、龍がいるってことですか?」

「狩るって、どうやって? 危険はないんですか?」

「どうして僕たちなんですか? もっと別の……専門家みたいな人に任せるべき仕事じゃないんですか?」


 丸山は答えず、質問をし返した。「皆さんはこれまでの自分の人生に、満足していますか? 幸せだと思いますか?」


 対して子どもたちは当然のように、首を横に振った。


「孤児はある程度の年齢に達すると孤児院を出され、路頭に迷うことになる。まともな仕事に就くこともできず、生きるために犯罪に走る者が後を絶たない」

 丸山は熱っぽく語った。

「裕福な者たちが暖かい毛布にくるまって安らかな寝息を立てているとき、孤児院出身者は硬いアスファルトの上で、寒さに震える。それがこの国の現状です。だけど、皆さんは何も悪くない。悪いのはこの社会であって、皆さんはその被害者なのです。被害者は同時に、敗者でもある。皆さんは負け続けたままで、惨めに一生を終わらせていくつもりですか? この場にいる誰も、そんなこと望んでいないでしょう? 

 被害者を救済してくれるほど、社会は優しくありません。ならば敗者は、自力で勝者の側に回るしかないのです。知ってのとおり、今はエネルギー供給を制した者が勝ち残る時代だと言われています。ならば皆さんは、これからエネルギーを作り出す側に回るのです。そのために、龍を狩るのです。

 皆さんが龍狩りの専門家となるために、そしてゆくゆくは社会の勝者となるために、わたしたちが精いっぱいサポートします。全員で力を合わせ、幸せを勝ち取りにいきましょう」


 そして丸山は、子どもたちの疑問にひとつひとつ回答してみせた。


 龍は山の中に数多く生息している。

 支部を囲む生垣は、龍避けの香りを放つ葉でできており、このため龍に侵入される恐れはない。

 訓練を受け、狩りの技術を身につければ、龍は決して脅威ではない。

 支部内には医療棟があり、万が一の怪我などにも対応できる優秀な医療スタッフが常在している。


 それを聞き、子どもたちは少し落ち着きを取り戻した。


「龍狩りは安全な仕事です」

 丸山は最後にそう言って、男性教官のひとりに目で合図を送った。


 柔和な顔立ちのその男性教官が進み出て、子供たちを誘導しはじめる。

「さあさあ、早速ですが訓練棟に移動しますよー。俺の後に続いてください」


 

 ◇



 子どもたちは、ドーム型の建物の中へと足を踏み入れた。


「はい、では改めまして、教官の遠藤です」

 ここまで誘導してきた男性教官が、笑顔で言った。

「今日からみんなには、ここで寝泊まりしながら訓練を受けてもらいます。訓練最終日まで、この建物から外へは出られません。もしも逃亡した場合、厳しい罰を受けることになるので注意ですよー。あ、宿泊部屋は二人で一部屋を使ってくださいね。部屋割りのほうはこっちで決めてないんで、まあみんなで仲良く相談とかしてさ、今からちゃちゃっと決めちゃってください」


 遠藤の言葉に、イヌは素早い反応を見せた。「ヒカリ、一緒の部屋使おう」そう言って、ヒカリの腕をとる。

 

「うん」支部に到着したばかりで、イヌ以外の同期とまだ会話らしい会話をしていなかぅたヒカリは、ほっと胸を撫で下ろした。心強い味方を得た気分だった。

 イヌには独特の親しみやすさがある。同室になれば、互いに励まし合い、厳しい訓練を乗り切っていけそうな気がした。


 まもなく部屋割りが決まると、遠藤が再び口を開いた。

「とりあえず今日は初日なんで、各訓練部屋を案内するだけにします。明日からは訓練漬けの毎日がはじまるから、今日はゆっくり体を休ませてください」


 その後、ヒカリたちは四種類の訓練部屋を見て回った。

 どうやら武器によって、訓練部屋を分けているらしいと知る。剣、銃、弓、槍の訓練部屋には、それぞれ充分な空間と設備があった。


「基本的に午前が基礎訓練で、これは俺たち教官が指導します。それで午後は個人練の時間に当ててください。個人練は強制じゃないから、気分が乗らなければ休んでもいいけど、あんまりサボると本番の狩りに出たときに苦労するから、ある程度は頑張っておいたほうがいいと思いますよー」

 すべての部屋の案内を終え、遠藤が言った。

「はい、じゃあ夕食まで自由時間っつーことで、解散!」


 ヒカリたちは通路を真っすぐ、先ほど決定した各宿泊部屋へと向かって歩いていく。

 通路は両側をコンクリート剥き出しの壁に挟まれていて、妙な圧迫感があった。窓は遥か頭上、天井との境目ギリギリに設けられている。細く小さな窓で、明かり取りとしての役目はほとんど果たしていないように思われた。

 日があまり差し込まない構造のせいで、訓練棟は全体的にじめじめしている。


「なんか……気が滅入りそうなところだね」ヒカリはすぐ横を歩くイヌに、訓練棟の印象を伝えた。


「そう? 紫外線浴びまくりの環境より、このほうがよっぽどお肌に優しんじゃない? 日焼けしないで済むじゃん」イヌからは呑気な感想が返ってきた。

 

 そんなイヌだったが、宿泊部屋を目にした途端に、表情を歪ませた。「何これ? まるで囚人じゃん!」


 宿泊部屋のほうも、歩いてきた通路同様、妙に高い位置に窓が設けられていた。

 通路の窓と違うのは、手前に鉄格子が設置されている点である。


「これじゃあ窓開けられないじゃんね。空気の入れ替えとかどうするの?」イヌは眉根を寄せ、同意を求めるようにヒカリを見た。


「……とりあえず、扉を開け放して空気がこもるのを防ぐしかなさそうだね」

「まったく、プライバシーはないのかよ」

「我慢しようよ。訓練が終わるまでの間だけだし」

「訓練期間って、どのくらいなんだろう」

「そういえば、教えてもらってないね」

「明日、教官に訊いてみよう。あ、ねえヒカリはベッド、下でいい? わたし上を使いたーい」

「うん、いいよ」


 イヌは早速、壁際に置かれた二段ベッドに近づくと、上段へよじ登った。

 室内にはベッドの他に、ちゃぶ台がひとつ置かれている。

 ヒカリはちゃぶ台のそばに腰を下ろし、ベッドの上のイヌを見上げた。

「訓練、頑張ろうね」

 声をかけたが、イヌの返事はない。

 この短い間に、寝入ってしまったようだ。


 途端にヒカリも、疲労を思い出した。ベッドに移動しようとしたが、途中で力尽きてた。そのまま床に倒れ込むようにして眠りに落ちた。



 ◇



 翌日から、龍狩りに向けての訓練がはじまった。


 子どもたちは時間ごとに四つの訓練部屋を回り、教官から各武器の基礎を学ぶ。

 午後は各自、午前の訓練でつまずいた部分を修正したり、苦手な武器の克服に励んだりする。自主練をする子どもの中には、単純に筋力トレーニングに打ち込む者も少数いた。

 そういう者は、すでに龍を相手にすることを見据えている。覚悟を決めた顔つきをしていた。


 しかしほとんどの子どもの場合、恐れと不安を抱き、葛藤の中で訓練を受けている状態だった。


 自分たちはこの訓練期間を終えたら、本当に龍と戦うのか? 狩れるのか?

 そんな疑問が、常に心に付きまとった。

 子どもたちは一日の訓練を終えた後、互いに馬鹿話をすることで、あるいは布団にくるまってひとりこっそり涙することで、またあるいは誰かに八つ当たりすることで、今後に対する不安を頭の隅へと追いやるのだった。




「適性検査ってものが、あるらしいよ」

 あるとき、個人練に励みながら午後を過ごしていたヒカリに、少年がそう声をかけていた。

「ヒカリは適性検査のこと、知ってた?」


 親しげに話しかけてくるけれど、ヒカリはその少年を知らなかった。一応同期らしいので、訓練中に顔くらいは見かけたことがあったかもしれないが、これまで話をしたことはない。それなのに、少年のほうはヒカリの名を知っていた。


 咄嗟に言葉に詰まるヒカリを見て、少年がバツの悪い表情を浮かべた。「ごめん、君がヒカリって呼ばれているのを前に見たから、つい……。馴れ馴れしかったよね?」


「ううん、ちょっとびっくりしただけ」

「本当? 嫌じゃなかった?」

「うん、嫌じゃないよ」

「良かった。じゃあヒカリって呼んでもいい?」

「もちろん。あ、あなたの名前は……?」


 ヒカリの問いかけに、少年ははにかみながら答えた。「僕はクロ」そうして、片手を差し出して来る。「よろしく、ヒカリ」


 少年の手を握ると、ヒカリは不思議と懐かしい気持ちがこみあげてきた。

 

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