さよなら、かみさま【絶望ラブコメ異世界トリップ】
一之瀬ゆん
第一章 不器用なエゴは舌先で弄ぶ -日常編-
第一話 さよなら三角、またきて死角
ざわり。
意識が突き放される感覚を覚え、何事かと騒ぎ立てる脳が、ざわざわと未来を予感するように暗闇に
追いつかない思考は強制ログアウト。どきどきと高鳴る心臓は、もちろん恋をしているからではない。
落ちつきのない心臓を野放しにして
え? ……え? えっ!?
なにこれきもい!!
目ん玉が飛び出すのではないかと思うほど目をかっ
にたぁ、という、だらしない笑顔でこちらを
ほら、時代に左右されやすいんだよ、最近の若者ってのはね。
状況を確認するため、あたりを見渡す。
が、仰向けの状態だからか、それとも顔面いっぱいに広がるこの気色悪いオッサンのせいなのか、状況把握には至らなかった。
いや、このオッサン、気持ち悪い
どちらかと言えば、渋くてかっこいい部類に入る顔立ちだ。
それでも、ゆるみきった顔でちょっと鼻息が荒くてフンフンしているところを見ると、……なんだかやっぱり気持ち悪い。
そうこうしていると、オッサンが何かを発そうと口を開く。
なんだ、なにを言われる――緊張から
「セラたーん、パパでちゅよー」
なにこれどうしよう。
ダラダラにゆるみきった顔で、不審人物に赤ちゃんプレイを強要されております、どうも、セラたんこと
最近流行りのバブみ、とやらをわたしに感じてくれたのかもしれんが、こちらただの欠点王と名高い女子高生だよ。
……いや待て。
オッサンの口調から察するに、まさかとは思うが、わたしが赤ちゃんなのでは……?
が、ここでひとつの間違い探しだ。
金色の短い髪の毛、
金髪碧眼って、どこの外国人だよ。
わたしは
それにしても、だ。
この男がどういった理由で何を目的にして、わたしの父親とやらを名乗ったのかは分からない。
ついでに言えば、わたしがそれを求めていると知っていての行為なら、
それでも、この男が自分の父親ではない、という明らかな事実が、わたしの口を開かせる。
言わせてもらおう。
「あうあああ、うう、んきゃっ!」
なにいまの。
……えっ、なにいまの!?
自分が発したはずの声が、
一応、言いたかった言葉をここに挙げるならば、「テメェはわたしの父親じゃねぇ!」である。が、聞いてのとおり、そんなものは出なかった。
「うんうん、パパだよーっ」
喜んでいる目の前の男を
いや、あのね、このよく分からないプレイ(?)を快感に思う性癖は、わたしにはないからね。
冷や汗が出るのを感じながら、言葉がダメなら手を出そうというモットーに
が。
「あう……?」
あれ、なんだ。このもみじのような手は。
新たな問題が立ちはだかり、わたしのライフポイントはそろそろマイナスである。
泣きたい気持ちを抑えながら、自分の
おお、赤ちゃんのような肌だ。
……赤ちゃんのような肌だと?
「おおおおおおっ、セラァァァァアアアっ」
わたしが手を伸ばしたのは、自分を求めてのことだと勘違いしたらしい。オッサンは目に涙を浮かべて、感動をあらわにしている。
ぷるぷると喜びに震えているところを見ると、キショクわるいとしか言えないんですけども。
なんだ、なにが起こっている。
「ううあ、ぶう、あう」
「うん、パパもセラたん好きだよーう」
この現象はいったい何だ。
「あうっ、ううう、きゃう」
「僕のこと分かるのかな! うう、僕感動だよーぅ!」
だあぁっ、私の頬をぐにゅぐにゅすんじゃなぁぁああああい!
「きゃあうあああああああああああああああっ」
「僕も嬉しいよおおおおおおおおおおおおおっ」
通じなかった。
さて、どうしようか。
不安と恐怖を胸に、わたしはようやく自身の状況について考え始めた。
どういうわけか、今のわたしはいわゆる“赤ん坊”らしい。そして、目の前の不気味な外人系オッサンは、その“父親”だという。
ついでに言うと、わたしが赤ん坊だから、バブバブしているのはわたしで、わたしが赤ちゃんプレイを欲していることになるのかもしれない! 無意識に、欲していたのかもしれない!
……なぜだ!!!!
いや、ここで原因や理由を
だいたい、わたしのオツムでわかる気がしなかった。欠点王なめんな。
よし、状況把握とあらば、せっかくなのだ。自分語りなんぞを始めよう。
女子高生という最高のステータスを持ち、日々勉学に励もうと思いながらも撃沈している、ごく普通の16歳。
欠点の数は負けません、運動なんて苦手です、それでも頑張って生きています――そんな華の女子高生だ。
が、どうやらわたしは現在、”セラ”という名の赤ん坊であるらしい。この男を父親に持つ、赤ん坊。
ああ、非現実的すぎる。どこのファンタジー小説だとツッコミを入れたくなる。
のに、それがどうにもできないのは、それほどまでに現実的な感覚が、わたしを取り巻いているから。
バカだと思うだろう。事実、わたしはバカだ。
けど、それだけでは切り捨てられないほど、
困ったことに、夢とはちがう明らかな現実の感覚が、わたしを取り巻いているのだ。
ちなみに目の前の男は「あ、もしかしてオムツかな」と言いながらわたしの服を脱がしにかかっている。
股を大げさに広げ、元々わたしが装着していたらしいオムツに手をかける父(仮)。
そして、すべてを取り外した彼はわたしの脚をM字開脚に……って、何の羞恥プレイだよ!?
「んぎゃあああああああああああっ」
やめろ、という拒絶の意志をこれ以上ないほどに込めて叫んだ。やればできるじゃないか、せら。
ついでに、わたしの気持ちを最大限に理解している目から、大量の涙があふれ出す。
「ごめんね、ずっとそのままで気持ち悪かったよねぇぇええっ、パパを嫌わないでぇぇええ!」
父(仮)も泣き始めた。
なにこれ、どうにもならねぇぇぇぇええっ!
絶望感を顔に
どうしてこんなことになったんだ。
「あれ、別におしめじゃないのかぁ」
そう言って目に見えるほど落ちこんだ父(仮)は、わたしの頭をやさしく撫で続けながら目を細めた。
ふと、その表情にドキリとする。
べつに、それは恐怖でも苛つきでもなんでもなくて。
あれだけ絶望を覚えていたはずなのに、とたんに時が止まってしまったかのように、わたしを無が取りまいた。
だって、なんてやさしいのだろう。
その眼差しが「愛しているよ」と語っている――
その瞳に詰まった言いようのない温かさに、
ああ、愛されている、と。
「なぁ、セラ」
ゆるゆるだった顔は、少し引き締まって。それでもやさしい顔つきでいるから、無性に甘えたくなる。
彼のくちびるが震えて発されたその名は、まるで今、この場で絶大な意味を持ち合わせたかのように輝いている気がした。
――わたしではない、“セラ”に向けられたものなのだろうけど。
それでも、ちいさく、それでいて確かな重みを持ったその声色は、どことなく真剣に感じられるから、導かれるようにその大空のような目を見た。
青く澄んだその目に、吸い込まれていく。
「ごめんね」
つむがれた言葉に、疑問符を飛ばす。
なにがごめんね、なんだろうか。きっと目の前の彼は、そんなわたしの疑問のココロを知っているのだろう。
だけど、独り言だと切り捨てられない、叫びでもあるかのような声を聞いたら、絶対に彼から目を逸らしてはいけないと思ってしまった。
「ごめん、セラ」
彼は再度、“わたし”に謝罪をする。
ハの字に下げられた彼の眉は、情けないほどの
だから、何の謝罪なの。
「うー、あうう」言葉にならない音を出して、彼に問いかける。
そんなわたしの声に彼はさびしそうに笑って、やっぱりお決まりの言葉をつむぐのだ。
ごめんね、と。
静かに告げられたそれは、突き刺すような胸の痛みとともに、わたしの意識を奪った。
とたんに黒く染め上げられた世界は、何の意味も持たないとでもいうようにわたしを責め立てる。
ゆるやかな曲線を描いて
一瞬、見えた姿が“あのひと”に重なった、なんて。
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