本篇 1、竹生島
増田朋美
第一章 高尚な掃除人
竹生島
第一章 高尚な掃除人
夏みたいに暑い日であった。もうどうしてこんなに?と思われるほど暑い。梅雨が明けてさほどたっているわけでもないのに、もう三十五度を超えるような日が連続して続いている。
そんな中、杉三だけは、どんなに暑くなっても黒大島を身にまとって出かけていた。
暑い日も、寒い日も、風の日も雨の日も、黒大島を着ているので、周りの人には、変な風にみられてしまうかもしれないが、全く平気だった。柄はすべて麻の葉柄である。それ以外身に着けていない。変えるとしたら、単衣か袷の切り替えくらいである。
杉三と蘭は、バラ公園を横切って、ショッピングモールにやってきていた。公園も、暑いせいかほとんど人は来ていなかった。ショッピングモールも、食品売り場でこそ涼しいが、それ以外の売り場では暑いと感じるくらいだった。本来このくらいの暑さなら、スーパーマーケットで済ませてしまうのだが、文房具屋というものは、このショッピングモールまで来ないとないから、二人はわざわざやってきたのである。蘭が、文房具屋で下書きを書くための紙と筆を買い求めている間、杉三はちょっと不服そうだった。
「ごめんごめん。わざわざここまで来させてしまって、悪かったね。」
文房具屋から、予定通りの買い物を済ませて、蘭が戻ってきた。
「いいよ。大事な商売道具だもん。」
と、いうけれど杉三の顔は嫌そうだった。
「さて、暑いけど、バラ公園を通って帰るか。」
「なあ。」
杉三の顔が急に変わった。
「なんだよ。」
「せっかくここまで来たんだから、カールおじさんのところにも寄ってかない?」
今度は蘭のほうが嫌な顔をする。
「こんな暑い時に着物屋に行くのかい?」
素っ頓狂な声をあげた。
「そうだよ。腰ひもが、あと一本しか残ってないので。あれがないと、着物を着るには致命傷だもん。」
「一本あればいいじゃないか。」
「いや、それが切れた時に備えてもう一本用意しておきたいんだ。それに、ここのショッピングモールには、呉服屋さんなんて何もないじゃないか。」
確かにそうである。大型ショッピングモールでも、和服を売っている店があるのは、なかなか例がないだろう。高級な百貨店ならあるのかもしれないが、今は呉服屋の撤退が後を絶たない。
「本当はね、着物も服の一つとして、こういうところに入ってくれればいいんだけど、そういうわけにもいかないのねえ。幸いカールおじさんの店は、ここからすぐにいけたよね。」
確かにそうである。このショッピングモールからであれば、五分もかからないで行ける。
「わかったよ。しょうがないなあ。こんなに暑いんだから、あんまり長居はしないでくれよ。」
蘭は軽くため息をついた。
「じゃあ行こう。」
杉三はどんどん、ショッピングモールの玄関から、道路へ出て行ってしまう。蘭も慌ててそれについていった。杉三はこういう場所が大の苦手なのだ。その証拠に、ショッピングモールから離れて、建物が見えなくなってくると、
「海は荒海向こうは佐渡よ。」
何て、大好きな砂山を上機嫌で歌いだすのである。そうして、ショッピングモールの十分の一の大きさもない小さな建物である「増田呉服店」の看板が見えてくると、彼の歌声はさらに大きくなるのであった。上機嫌になっていく杉三とは裏腹に、蘭は猛暑の中、顔に流れてくる汗を拭きながら、それについていった。
店の入り口の戸には、「着物、帯、一式一万円以内でそろいます。」という貼り紙がでかでかと貼られている。本来、このくらいの値段でなければ、着物というものに手を出す人はないと、あるウェブサイトで言及されたこともある。それでも、客がなかなかやってこないのが、呉服店というものなのだけど、、、。
「あれ、すでに先客がいた!こんな時に珍しいね!」
と、杉三が驚きの声をあげた。
「もう、杉ちゃんそんなこと言ってはいけないよ。」
蘭が注意をしても杉三はお構いなし。
「いつも閑古鳥が鳴いているようなこの店に先客がいるとは珍しい。君、どっから来て、何を買いに来たの?」
先客は、30代くらいの若い男性で、売り台の上に山のように積んである着物の中から、一生懸命何かを探しているようであった。
「あれ、カールおじさんは?」
確かに、カールさんは、店の中にいなかった。
「ごめんなさい、僕がほしいものがどうしても見つからないので、今在庫を調べてもらっているところで。」
先客が申し訳なさそうに言った。
「ほほう!そんなに熱心な探し物があるとは珍しいね。一体何を探してるの?」
「す、す、すみません。絽を探しに来たところで。駅前の呉服屋さんに聞いてみたんですけど、浴衣しか販売されてなくて。だからこっちへ来させてもらいました。ごめんなさい、邪魔してしまったみたいで。」
と言って、彼は帰り支度を始めた。
「僕、そんな偉い人じゃないよ。だから、選んでくれていいよ。」
杉三は急いでいったが、
「だって、黒大島身に着けている人に、逆らえないじゃないですか。」
と、いう。それを聞いて杉三はがっくりと落ち込んでしまった。
「気にしないでくれ。大して偉くもないんだよ。ただの馬鹿なんだよ。それなのになんでこんなにはばかられなきゃいけないんだろ。」
「ただの馬鹿に黒大島が入手できるはずがないですよ。黒大島と言えば、大金持ちじゃないと入手できないでしょうから、みんな偉い人に決まってますよ。そういう人が、こんな若造を相手にしてくれるなんて、虫が良すぎます。すみませんでした。お買い物に来たのに邪魔しちゃって。」
同時に、段ボールの箱を持って、カールおじさんが店に戻ってきた。
「あーごめんごめん、待たしちゃって。今うちに入っている縦絽をみんな持ってきたよ。」
「カールおじさん、いったいこの人、何を買いに来たんだい?」
杉三が口をはさんだ。
「杉ちゃんが来てたのか。よし、それならなお心強いな。この人に縦絽を選ぶの、手伝ってくれ。どうしても縦絽が必要なので、買いに来たんだって。今横絽はよくあるんだけど、縦絽はなかなか入んないんだよね。なんとも絽は初めてだそうなので。」
「へえ、縦絽ね。そんな高級品ほしがるなんて珍しいね。と、いう事は結婚式にでも出るのかな。あれは、礼装用の生地だからな。」
「いえ、そういうわけじゃないのです。」
と、彼は言った。
「じゃあ何に着るんだ?茶道でもやっているの?」
「ああ、そういうものに近いですね。正確に言えば邦楽で。」
「稽古着として使うの?それとも舞台に出る?」
「舞台というわけじゃないのですが。」
「はあ、じゃあ、絽ではちょっとオーバーかもしれないよ。さっきも言ったけど、絽は礼装の生地だし、普段用というわけではないし。」
「ええ、でも、師匠がくらいの高い方なので、絽のほうがいいのです。」
「家元?とか宗家とかそういうもの?」
「そういう事ですね。家元の先生が静岡市に住んでいると聞いたので、ぜひ教えを請いに行きたいんです。」
「はいはい!それで絽をほしいというわけか!うん。それでは君の判断は間違ってないよ。ちゃんと考えられてえらいよ!しかも縦絽を求めるとは、しっかりしてるじゃん!よし、ここでぜひとも良いものを見つけてもらいたいものだ。」
「でも、正直違いだってよく分からなかったんですよ。スマートフォンで調べて絽にも種類があるんだって、やっとわかったところですし。」
「わかったよ。もうちょっと絽の種類と順位を教えてあげるね。絽が付けば何でも一番というわけではないからね。正絹の絽であれば礼装だが、綿絽であれば普段着としか使えない。それに縦絽のほうが横絽よりもレベルは高い。さらに、絽の織り目を規則正しくしていない乱絽という着物も存在し、シボの多いものは絽縮緬。絽だけでもこれだけ種類があるんだから、間違えたら偉いことになるよ。」
「なんでも知っているのですね。そんなに種類があるなんて知りませんでした。もっと、調べてから出直すべきでしたね。」
彼は、申し訳なさそうにさらに小さくなった。
「いいんだよ!わかんなかったらなんでも聞いちゃいなよ。誰でもわからなければ質問したっていいんだろ。それでいいのになんで何も知らないと、すぐ大げさに謝罪して引っ込むんだろうね。」
こればっかりは本当だった。ほしがる人は多いのに、何も知らないと答えると、大いに馬鹿にされてしまうことが多い。素直に教えればいいじゃんという主張は、こういう業界ではどこかに行ってしまっているようなのだ。
「杉ちゃん、名前だしてもわからないと思うから、しゃべっている間に、その実物をまとめておいたよ。お客さんもよく比べてみてくださいね。これが、乱絽で、こっちが縮緬絽。もし、触ってみたかったらどうぞ。そして、これが横絽、こっちが縦絽ね。今見たら、綿絽というものは入荷していなかったので、すべて正絹になってしまうけれど。」
そう言って、カールおじさんは、机の上に四枚の着物を並べた。
「そ、そうなんですか。そんなに違いがあるとは、知りませんでした。ずっと長い間邦楽をやってきたのになんで何も知らなかったんだろう。恥ずかしい限りです。」
彼は、四枚をしげしげと眺めて、違いを観察しながらそういう。
「邦楽をやってたというと、何をやってきたんですか。邦楽にも箏曲とか、琴楽とかいろいろあるでしょう。」
カールが、興味深そうに聞いた。
「ええ、ずっと、現代箏曲をやっておりました。でも、着物とはまるで縁がない社中でしたから、全く知らないのです。よく驚愕の極みと言われるんですけど。」
彼は正直に答えを出してうなだれた。
「なっるほどね。やっぱり余分なことばっかり教えてくるわけね。で、何か師範免許とかそういうものを持っているの?」
杉三が聞くと、
「いや、それはないですよ。その前に、社中をやめてしまったんです。現代箏曲習い続けても意味がないと思ったので。僕はもともと、東京にいたのですが、家元の先生が静岡に住んでいると聞きつけて、その近くに住みたいと思って、今月の初めにこっちに来たんですよ。」
と、答えが返ってきた。
「流派は?」
「生田流でしたが、どうも嫌になって脱退しました。今は山田流の古典を学ぼうと思っているのです。」
「あ、なるほどねえ。確かに、古典のほうが本来のお箏らしくていいよ。ぜひ、古典を学んで、伝統を受け継いでね。そのために縦絽がほしいのなら、十分納得がいく。今時そういう堅実なものを学びたいなんて絶対、喜ばれるに決まってら。そうだろう。」
杉三は、今まで黙っていた蘭に目配せした。
「あ、ああ、邪魔になるかと思って何も言えなかったよ。僕も偉いと思ったよ。日本の伝統は疎ましがられている時代だもんね。おそらく、手彫りだって、やっている人は少ないだろう。マシーンなんて本来使うべきじゃないと思うんだけどね。でも、一つ聞くが、君はまだ30代だろう。それでは、毎日の生活はどうしているんだい?結婚しているのならまた別だと思うが、独り者であれば、自分の食う糧は、何とかしないとね。」
蘭は心配そうに言った。
「あ、ああ、良く聞かれますけど、東京時代もそうだったんですが、身近な掃除人をやって生活しておりました。こっちに来てからもそうで、時折バラ公園の草刈りとかやっているんです。」
「草刈り!ずいぶん庶民的な、、、。」
蘭は驚いたが、杉三は平気だった。
「そうだよね。会社に入ると、付き合いだなんだで、結局練習できなくなるもんね。それなら、そのほうが賢明かもしれないよ。独り者であれば、自分さえ何とかできればそれでいいもんね。」
「あ、わかっていただいてありがとうございます。それだけが理由ではないのですが、仕事は必要最小限だけあればいいかなって。」
「そうそう。それに、山田流にも師範免許があるんだし、それを取得すればまた教室も開けるよ。君はいくつなの?」
「35です。」
「まだ若いじゃん。僕なんかもう45だ。それではまだまだやれるよ。逆に生田流を脱退してよかったね。一度免状をとってしまうと、脱退は非常に難しいものになるからね。自由な活動というのは難しくなるだろうし。」
「うん。僕も、その話を聞いたときは、まるで社会主義が残っているのかと思ったよ。」
カールおじさんも杉三の話に共感した。
「でも、杉ちゃんより、10年も若いとは見えなかったな。」
蘭が正直に感想を漏らす。確かに、彼の顔を見ると、35歳にしては老け込んでいて、それに、やや白い顔をしていたので、50近くに見えてしまう。髪も、切るだけでほとんど染めていないのだろうか、ところどころに若白髪が出て、黒髪に混ざっているので、30代の髪型には見えないのだ。
「あ、すみません。こんなに老けていて。よく言われてましたよ。でも、いくら染めても、すぐに出るので、もうあきらめようと思っているのです。」
「そうだねえ。僕は、これでも外見美に携わる立場でもあるので、言わせてもらうと、邦楽を習って人前で弾くこともあると思うから、やっぱり染めたほうがいいと思うよ。演奏家というのは、多かれ少なかれ、容姿というものも関わると思うのでね。」
蘭は、親切な気持ちでそう言ったが、彼は少し落ち込んでしまったようだ。
「まあいい。髪を染めるのはいつでもできるよ。とりあえず、ほしいものは見つかったかな?」
カールおじさんが言ったので、彼はまた売り台のほうを見た。
「ああ、そうですね。縦絽が最適だと思いますので、縦絽を買っていきます。」
「わかりました。じゃあね、今ある縦絽で男性ものはこちらですが。」
段ボール箱の中から、十枚の着物が出された。もちろん、男性ものだから、柄は特にないし、色もさほど種類があるわけではないけれど、どれもみんな美しいものばかりだ。中にはしつけ付きの未使用品もある。
「じゃあ、一番正式な黒をください。」
「ちょっと待て。」
杉三が口をはさむ。
「杉ちゃん、あんまり手を出すなよ。」
「いや、蘭も美に関わる仕事をしているんだから、手を出したほうがいいよ。結論から言ってしまえば、君のその顔に、黒の着物はまず似合わないよ。余計に、老けて見えてしまって、なおさら変な格好に見えてしまうぞ。その老けたのを、カバーするという大事な役目も考えてよ。そういう意味から判断すると、黒よりも紫のほうが似合うと思う。」
「紫なんてそんな高尚な色は着れませんよ。」
彼は、そう言ったが、杉三は無視して続けた。
「だって、家元直門するんなら、そのほうがいいと思うよ。家元っていうと、その流派会派で一番偉い人なわけだから、老け込んだ印象は与えないほうがいいと思うぜ。あんまり老けてると、こいつは学びたい意思がないのではないかとみられてしまう気がするなあ。」
確かにそうである。紫という色は、ありとあらゆるところで、高尚な色とされている。これは日本だけではなく、海外でも同じことらしい。様々な歌曲にも紫をたたえる歌が存在している。一方、黒は確かに礼装としても使えるが、縁起が悪い色とみなされる可能性も少なくない。
「そうだね。確かに黒は喪服としても使うよね。昔は、白だったけどね。」
蘭がそういう通り、黒い着物と聞くと、現在であれば葬儀用である。もちろん、邦楽の世界では、黒紋付をいまだに着用している奏者もいるが、それが礼装と理解されないこともよくある。
「そんなわけだから、黒いのはやめたほうがいいよ。せめて紫にしろ。」
「そうですね。紫のほうが、売る側としてはしつけ付きで、状態も良いので、僕もこちらをおすすめしたいかな。」
杉三の発言にカールおじさんも同調した。
彼は少し考えて、財布を取り出し、持っているお金を数えると、
「わかりました。じゃあ、紫に挑戦してみようと思います。」
と言った。
「どうもありがとうございます。念のために着てみますか?」
カールおじさんが、確認のためにそういうと、
「そうですね。今までこういうリサイクルの呉服屋さんに行くと、寸法が合わないであきらめなければならないことはしょっちゅうだったので。」
と答えた。
「よし、ちょっと着てみてください。」
彼は、カールおじさんから出された着物を受け取って、今着ている物の上に羽織った。体は想像以上に小柄な男だったので、裾が地面についてしまうくらい長かった。男物は、女ものと違い、おは処理をすることがないので、足首までの身丈で十分なのだが、これではかなり長すぎた。
「あ、だめですね。ほ、本当に申し訳ないです、、、。」
彼は、すごすごとそれを脱いで急いで畳んだ。
「そうだねえ。日本人は急に巨大化したというが、そうでない人もまだいるという事かあ。そうなると、また紫の縦絽が入荷するかもしれないから、その時に連絡しますので、また来てくれます?」
「カールおじさん、僕が直してあげるよ!」
不意に杉三がそういった。
「あ、和裁技能士の方だったんだ!」
「いや、そういう称号は持ってないの。ただ好きだからやっているだけで。どうも称号というものは変な使い方ばっかりする人が多いので、好きじゃないのよ。」
杉三が頭をかじりながらそういうと、
「でも、お直しの料金って高いって聞いたのですが、、、。」
と、彼は三度がっかりした。
「あ、料金なんていらないよ。馬鹿の一つ覚えで覚えただけだし、さっきも言った通り、称号も何も持っていないもの。そんな奴に大金払うのは嫌でしょう。だったら何もしない。」
「うん、杉ちゃんの腕は正確だ。それは確かだから、ぜひ直してもらったほうがいい。蘭さんも、直してもらったことがあるんだよね?」
カールおじさんが確認すると、
「そうだね。僕もそれは保証するよ。杉ちゃんは、和裁に関しては無名の天才だ。」
と、蘭も答えた。
「そうですか。わかりました。じゃあ、お願いしようかな。せっかくお知り合いになれたわけですから、お願いします。なんだか今日はものすごい方と知り合ってしまったようです。」
「すごい方でもなんでもないよ。僕はただの馬鹿。まあ、契約の成立の証として、名前を名乗らせてもらう。僕の名前は影山杉三。杉ちゃんって呼んで。こっちは親友で、刺青師の伊能蘭。どうぞよろしく。」
杉三が右手を差し出すと、彼はそれを握り返した。杉三に促されて、蘭も続いて握手した。
「ありがとうございます。てっきり、お兄さんのように見えましたよ。僕は、名前を森田尋一と言います。」
「森田尋一ね。どうぞよろしくね。ちなみに、蘭は僕のお兄さんではないからね。友達だからな!」
「あ、あ、ごめんなさい。」
「謝らなくてもいいの。じゃあ、裾直し、やっておくね。できたら、蘭を通して連絡してもらうようにするよ。僕はあきめくらで文字を読めないんだ。だから、連絡も何もみんな、蘭に手伝ってもらっている。悪いんだけど、名前と電話番号教えてくれる?完成したら、ここでお渡しするから。」
蘭が手帳とペンを差し出したので、森田尋一は、自身の名前と住所と電話番号を書いた。
「固定電話を持っていないので、スマートフォンしかないですけど、すみません。」
「ああ、別にかまいませんよ。連絡さえ取れれば。」
このときばかりは、蘭も貧乏くじを引いたとは思っていなかった。
「じゃあ、お願いします。」
改めて、尋一が礼をする。
「支払いは、お直しが終わってからでいいからね。」
カールおじさんがそういうと、尋一はやっと若い男性らしき笑顔になり、
「ありがとうございます!」
とだけ言った。
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