第22話

 黒尽くめ達の武装は、大体が長剣であった。

 身軽さを優先しているのか盾の類は持っていない。

 ただでさえ暗い洞窟の中で、顔を隠すための覆面をしていたのではまともに視界を確保することは難しいのではないかと思いながら、襲い掛かってくる黒尽くめを迎え撃ったレインは繰出される攻撃の鋭さに肝が冷える思いをすることになった。


「兄貴! こいつら相当にやりやがる!」


 突き出される刃を槍の柄で弾き、お返しとばかりに突き込んだ穂先は素早い身のこなしで回避されてしまう。

 その槍を引き戻そうとするのに合わせて、黒尽くめ達はレインとの間合いを詰めて来ようとするのだ。

 慌てて槍を引き戻すのを断念し、突きだしたままに横へと振り回せば黒尽くめ達は無理に前へと出ようとはせずに、再び距離を測りながらレインの隙を窺い始める。

 これが一人を相手にしているのであれば、レインも少しばかり無茶をしてでもなんとか仕留めることを考えたのだが、相手の数は味方の数よりもずっと多い。

 レイン一人だけでも五人の黒尽くめを相手にしなければならない状況へと追い込まれており、さらに背後にはメイスを構えてはいるものの、戦闘技術にはそれほど信頼のおけないシルヴィアの姿がある。

 手助けを求めようにも、クラースはレインよりは少ないがそれでも四人。

 ルシアも一人で三人の黒尽くめを相手にしており、支援の手はとても望めそうにない。


「手前ぇらどっかの兵士か何かか!?」


 次々と繰り出されてくる突きや斬撃をどうにか鋼の柄で防ぎながら、少しでも情報を引き出そうと試みるレインなのだが、黒尽くめ達からの返答はない。

 覆面の隙間から自分を見る目に、まるで感情の色が窺えないことがさらにレインの背筋を冷たくした。


「くそがっ!」


 思わず罵声を浴びせながら、敵の刃を弾いたレインの腕に別方向から繰り出された刃が浅くではあったが手傷を負わせた。

 小さく鋭く走った痛みに顔を顰めつつ、どうにか敵を押し返そうと槍を振るうレインの背中に、シルヴィアがその掌を触れさせる。


「神のご加護を。<ヒーリング>、<ブレス>、<プロテクション>」


 立て続けに行使された祈りに、受けたばかりの傷がみるみるうちに塞がり、さらに四肢にこれまで感じたことのないような力が漲り、最後に自分の体を仄かな光が包み込むのをレインは感じる。

 構うものかとばかりに繰り出される敵の攻撃を、まとめて槍の一閃で弾き返したレインは手近な一人の腹へ石突の部分を突き入れる。

 突かれた黒尽くめは一瞬、その場に踏みとどまりかけたのだが突きの勢いに負けて仰向けに倒され、そのまま壁際まで転がっていく。


「支援の祈りを付与しました!」


「助かるぜっ!」


 戦場での経験はそれなりに長い年月積んできたつもりであるレインなのだが、流石に神官の支援を受けて戦ったことはない。

 神官や魔術師は常に雇い主が従わせているものであり、存在自体が希少であるそれらが傭兵団に属することは、ほぼなかったからだ。

 だからこそ初めて経験する祈りの支援効果に、レインは驚かされた。


「これならいけるんじゃねぇか!?」


 神官の祈りによる<ブレス>の効果は、祈られた者の能力をいくらか強化する。

 元々の腕力に加えて祈りの影響下にある力をもって、レインの振るう槍は大気を切り裂いて鋭い音と共に黒尽くめ達へと襲い掛かった。

 しかし黒尽くめ達も負けてはいない。

 さらに鋭くなったレインの攻撃をなんとかいなし、手傷を負いながらもレインへの攻撃を休めることはなかったのだ。

 加えて先程吹き飛ばしてやった一人も、動きはいくらか鈍くはなったものの戦闘不能に陥るほどではなかったようで、すぐに戦列へと復帰してくる。


「先程のプロテクションがレインさんの体を守りますが、限界があります!」


 レインの背中に守られながら、状況を見守るシルヴィアはレインを傷つけはしなかったものの、その体を掠める何発かの攻撃を見て、慌ててレインへと告げる。

 かなりの数の攻撃に晒されながらも、傷を負ったのが最初の一撃だけだったのはそのおかげかと内心シルヴィアに感謝しつつ、レインは声を張り上げる。


「兄貴! ルシア! 生きてるか!?」


「結構あぶねーけどなー」


 答えを返してきたのはクラースだけであった。

 まさかルシアはやられてしまったのかと思うレインへ、シルヴィアがその背中を軽く叩きながら言う。


「ルシアさんは攻撃を回避するのに手一杯です!」


 答える余裕すらないらしいことを理解すると、レインは目の前の敵に対して少しばかり強引かつ力任せに槍を振り回し、無理やり間合いを広げさせる。

 さすがに黒尽くめ達も唸りを上げて振り回される鋼の槍を受け止めようとは考えず、槍の届かない範囲まで後退し、それを見たレインはさらに槍で黒尽くめ達を牽制しながら叫んだ。


「集まれるか!?」


 レインの言葉に先に反応したのはルシアであった。

 それまで三人の黒尽くめと、ひたすら回避と攻撃を繰り返すような攻防を繰り広げていたルシアは、強引に攻める素振りを見せて黒尽くめ達の体がわずかに強張った隙をついて、レインの近くへと素早く身を寄せてみせたのである。

 クラースは、レインも驚いたのだが四人の黒尽くめを相手にし、そのうちの一人をいつの間にやら切り伏せてしまっていた。

 しかし、クラース自身も左腕に浅くない傷を負っており、それを庇うような戦い方をしていたところでレインの声にわずかな間注意が逸れた黒尽くめ達の隙をついて、どうにかこうにかレインの近くまで移動してくる。


「大丈夫か兄貴」


「くそったれ。こいつらその辺の国の正規兵とか騎士よりずっと強ぇぞ」


 戦うことを生業としているのは何も傭兵ばかりではない。

 国に所属し、国を守るために存在している正規兵や騎士といった者達もまた国のために戦うことを生業としている者達である。

 農民などから徴兵された者達や、いくらか自堕落なところがある傭兵達とは異なり、常日頃から厳しい訓練を課されているそれらの者達は、戦場においては恐るべき敵となるのだが、クラースの見立てでは黒尽くめ達の実力はそれ以上であるらしかった。


「それで、集まってはみたものの囲まれただけじゃねーか? 何が案があんのか?」


 左腕に受けた傷から、血が流れ落ちるのをなんとか止めようとクラースはシャムシールを小脇に抱えながら右手で傷を押さえている。

 その出血の量からクラースが受けた傷の深さを診たシルヴィアは、すぐさま先程レインにかけたのと同じ<ヒーリング>をクラースへと行使し始めた。

 そんなレイン達を黒尽くめ達は包囲し、じりじりとその輪を狭め始めている。

 一気にかかって来られるようなことがあれば、かなり不味いことになりそうだと思いながらレインは槍の中ほどを左手一本で握ると、クラースにこう告げた。


「このままじゃこっちが力尽きちまう。だからアレをやる」


「あれ? あー……あれか」


 短いレインの言葉に、クラースは一瞬何のことを言われているのか分からないといった顔をしたのだが、すぐに思い当る節があったのか納得した顔になる。


「あれならまぁ……初見の奴らにゃそれなりに効果的かもしれねーな」


「俺は未だにアレの意味が分からねぇんだがな……」


 自分からやると言い出した割にはレインの表情には少しばかりの嫌気が見えた。

 危ないことをするつもりならば止めなくてはと思うシルヴィアの横で、ルシアがクラースの脇腹を肘で突く。


「ちょっとねぇ。何をする気なの?」


「説明している余裕はねーから、合図したらレインを追っかけて走れ」


 シルヴィアの癒しの力で傷が塞がった左腕を、なんとなく不思議な物でも扱うかのように右手で撫でていたクラースはルシアの問いかけにそう答えると小脇に抱えていたシャムシールを構えなおす。


「走れって、ボクらでもついていける速さなんだよね?」


 短時間とはいえレインが以前に見せた突進力は、いかに身軽なルシアといえどもついていくのはちょっと無理なのではないかと思ってしまう速度であった。

 まして神官であるシルヴィアには、およそ無理な話である。


「ルシアなら問題ねーだろ。シルヴィアは不安だったらレインの背中に背負ってもらえ」


「それでは失礼して」


 あっさりとシルヴィアはメイスを腰へと下げてしまうと、よじ登るようにレインの背中に貼りつき、その首に腕を回した。

 自分達よりも人数が多く、かつ自分達が手こずるような敵を目の前にして、どうにも締まらないことをやっている自覚がレインにはあるものの、自分で走れとも言い難いレインは背中のシルヴィアが何度か体を揺すり、納まりのいい位置を発見したのかもぞもぞと動かなくなったのを確認してから、クラースとルシアに告げる。


「やるぞ」


 何かを仕掛けてくるらしいことは、黒尽くめ達も察していた。

 明らかにレイン達よりも多い戦力で襲撃したというのに、まだ一人も倒すことができないばかりか、自分達の方ばかり手傷を負う者が出ており、しかも一人は切り殺されてしまっている。

 そんな状況から黒尽くめ達はレイン達をそれなりの脅威であると判断していた。

 そのレインが何かを仕掛けてくるというのだから、警戒も強まろうというものなのだが、次の瞬間にレインが取った行動は、黒尽くめ達の思考を一瞬とはいえ真っ白にするようなものだったのである。


「巻き込まれたくなきゃ、そこをどきやがれ!」


 大声を出しながらレインは槍の中程を掴んでいる左の手を突き出す。

 それだけならば黒尽くめ達も驚きはしなかったのであろうが、あろうことかレインの槍を掴むその手が手首から突然高速で回転しだしたのである。

 元々レインの左手は義手であり、作り物であった。

 だからこそ、その関節の稼動領域が人のそれより広く取られていたとしても、おかしなことではない。

 だが突然、槍を握った手が手首からまるで水車の軸のように回転し、握る槍がその水車のように回り出せば、何が起こったのかと驚いてしまう。

 さらにレインは回転する手首を前へと突き出したまま、強引に前へと足を踏み出した。

 呆気にとられていた黒尽くめ達は、高速回転している槍が回転したまま突っ込んでくるという光景に、遅ればせながらもその場に立ち尽くしていたのではその回転に巻き込まれてしまうのではないか、と思いつく。

 それがただの槍であるならば、穂先を食らわない限りはそう大したことにはならないかもしれない。

 しかしレインが持つその槍は、全てが鋼で作られた重く堅固な代物であり、そんなものが高速で回転しているところに巻き込まれてしまえば、どのような末路が待っているのかを想像することはそう難しいことではなかった。

 巻き込まれてたまるものかとばかりに黒尽くめ達が回避行動を取ってしまったのだが、それはつまりレインの前進に対して道を空けてしまうということである。

 しまったと思ったときには既に、シルヴィアを背負った状態でもあまり変わらない突進力を生かしたレインと、その背後にぴったりついて併走するクラースとルシアが黒尽くめ達の囲いを突破し、部屋の出入り口から通路へと飛び出してしまっていた。


「おのれ、面妖な技を!」


「逃がすな! 追え! 他の班にも連絡をしろ!」


 他の班という言葉に、レインは手首の回転を止めながら舌打ちをする。

 一旦囲いさえ突破してしまえば、いつまでも大道芸のように槍を回している必要はない。

 さらに槍を回し続けていたのでは狭い通路を走りづらく、速度を出すことも難しくなる。


「兄貴! 明かりと道案内!」


「任せろ!」


 答えたクラースとルシアが狭い通路の中でレインの脇を駆け抜けて前に出る。

 クラースはすぐさま松明に火をつけてかざし、道を覚えているルシアが進む通路の指示を出すために、走りながら記憶を手繰り始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る