第13話

 冒険者ギルドを後にしたレイン達がまず行ったのは、宿をとることであった。

 仕事の依頼で街を出たり入ったりする冒険者が、一つの宿を長くとるようなことはなく、大体は一日毎か、長くても数日くらいの宿を取れば、一旦はその宿を出るものである。

 レイン達も仕事の前にそれまで泊っていた宿は引き払っており、改めて泊るための場所が必要だったということもあるのだが、何よりも盗賊の拠点から引き揚げてきた戦利品を確認するための場所が必要だったということが大きい。

 まさかそれらの財貨を往来のど真ん中で広げるわけにはいかないからだ。


「四人の相部屋でいいよな?」


「いいわけないでしょ」


 流れで大部屋を取ろうとしたクラースは、ルシアの冷たい突っ込みを肘打ちを脇腹に受けることになり、苦悶に身をよじるクラースの代わりにレインが二人部屋を二つ、用意してくれるように宿に頼むことになった。


「なるほど。男女で一組ずつってわけだな!」


「その場合。クラースはボクと組もうね。もちろん寝る前に簀巻きにするけど」


「レインとシルヴィアの方は見逃すってーのかよ!?」


「それはシルヴィア次第だし」


 話を振られた形となったシルヴィアは少しばかり頬の辺りを染めながらも何事か考え込んだ後に、何か思いついたかのようにぽんと一つ手を打った。


「レインさんと同衾すると、あの義手を枕にできるのですね」


「色気のねぇ話だが、枕にするにゃちっと固すぎんだろ」


 レインの義手は全てが金属製である。

 魔道具好きなシルヴィアにとっては最良の枕なのかもしれないが、普通に考えればとても頭の下に敷こうとは思わない代物であった。


「現金は部屋に運び込んで数えるとしてだ。道具の類はどーしたもんかね」


 荷馬車は借り物であるので、宿に荷物を下ろした後でルシアが返しに行った。

 その後、袋や布に包まれている荷物を宿の二階に設えられた二人部屋の片方へと、四人がかりで運び込んだのであるが、貴金属や現金の類は見たままだとしても、道具の類は見ただけでは分からない物がいくつかある。

 目録を作るためにはある程度詳細な情報が必要なのだが、用途の分からない道具はどのようにしたらいいかクラースには分からない。

 ただの道具なのか、あるいは何らかの魔道具なのか、その辺りを詳しく調べるためには魔術師が使う<アイデンティファイ>の魔術が必要となるのだが、レイン達のパーティには魔術師がいないのだ。


「こっちのこれはガラクタではないかと。こっちはたぶん魔道具ですね」


 そんな中、意外な才能を発揮したのはシルヴィアであった。

 用途が分からないからと脇に退けられていた道具の中から、いくつかの道具を選び出すとそれらが魔道具であると言い切ったのである。


「鑑定はできませんので用途は分かりませんが、長く魔道具と触れてきましたのでなんとなく目利きができるんです」


「好きもそこまでいきゃ才能だな」


 数多くの魔道具を見てきたシルヴィアは、感触というか雰囲気というか、とにかくそういったふんわりとした感覚で魔道具かそうでないかがなんとなく分かるらしかった。

 もっとも本人が言うように、専門家でもなければ魔術師でもないので、実際にどのような効果を持った魔道具であるのかまでは、分かる物もあれば分からない物もあるといった程度にしか分からないらしい。

 そんなことを言いながらシルヴィアが魔道具だと判断して選んだのは、三本の短い棒と刀身に蛇の彫刻が施された短剣、それに掌の上に乗るような小さな箱であった。


「よし。それじゃーこいつはレインとシルヴィアに鑑定屋に持ち込んでもらうとするか」


「ボクとクラースはお留守番?」


「ちげーよ。ここにある現金と貴金属の勘定をするに決まってんだろ」


 クラースの言葉に顔を顰めるルシアは、シルヴィアに代わってレインと鑑定屋に赴くのとどちらがいいかと問われると、渋々ではあったがクラースと一緒に現金の勘定をする方を選んだ。

 その際にシルヴィアがルシアに対して少しばかり怖い顔をし、ルシアの顔が引き攣ったのをレインは見ていたのだが、すぐに二人ともいつもの表情に戻っていたので特に追及することもなく、役割が決まったのであればすぐに仕事にとりかかろうとシルヴィアが選んだ道具を袋へと入れ、シルヴィアを連れて宿を後にした。


「鑑定士のお店の場所は分かりますか?」


「実はあんまりよく分かったねぇんだ。土地勘のねぇ街だからな」


 目的の場所は宿を出るときに宿の主人に聞いたレインだったのだが、迷わずそこに行きつけるかと自問してみれば、なんとなく怪しい気がしていた。

 シルヴィアの方はどうだろうかと話を向けてみると、シルヴィアは自信たっぷりに自分の胸の辺りを拳でぽんと叩く。


「お任せください。こちらですよ」


 そういってシルヴィアはレインの右手を取ると、それを引っ張るように歩き出す。

 義手である左手ではなく右手を握られたレインは、なんとなく掌から伝わる温もりに戸惑いながらも、手を引かれるままに街路を歩きだすことになった。


「そうですね。まずは軽く露店なんかを物色してから……」


「おいおい。そういう話じゃねぇんじゃねぇか?」


「真っ直ぐ鑑定士さんのところに行っても、時間を持て余すだけですよ? クラースさん達の作業、すぐに終わりそうにはなかったですよね」


 言われてレインは部屋へと運んだ荷物のことを思い出す。

 その中には結構な量の硬貨が含まれていたのだが、きちんと目録を作るためにはそれらを一枚ずつ数えなければならない。

 その作業は結構な時間がかかるはずのものであり、急いで用を済ませて帰れば、当然ながらその作業を手伝う必要が出てくるはずであった。


「ですから少し露店を冷やかしてからいきましょう。それとも私とではお嫌ですか?」


 そんな聞かれ方をして、その言葉を肯定できる者がこの世にどれくらいいるのやらとレインは思ってしまう。

 ましてシルヴィアは紛れもなく見目麗しい女性であり、その誘いを断れる男性がこの世に存在しているとは、あまり考えられない話であった。


「懐に余裕はねぇぞ。まさか鑑定費用に手ぇ付けるわけにもいかねぇんだからな」


「冷やかすって言ったじゃないですか。でもそういう言い方をされるということは何かしら期待してもいいんでしょうか」


 にこやかにシルヴィにそう問われてしまえばレインとしては返す言葉を失う。

 この状況下で全く考えていなかった、とは言い辛いものであり、せめて手持ちの現金で賄える程度の物で満足してくれることを祈るしかない。

 そうやって街路沿いに店を開いている露店を物色し始めたレイン達だったのだが、結局シルヴィアはその露店の中で売っていた表紙が革張りになっている手帳を一冊、レインに買ってもらうことになったのである。


「それでいいのかよ?」


「実用的ですし、お値段もそれほどしませんし。何よりレインさんからの贈り物ですし」


 てっきりアクセサリーとか魔道具の類を買わされることになるのではと考えていたレインは、あまり飾り気のない茶色の手帳を選んだシルヴィアに拍子抜けしたように尋ねたのだが、シルヴィアはレインが金を払い、手に入れた手帳を大事そうにそっと襟元から神官服の胸の辺りにある内ポケットへと滑り込ませるとにっこりと笑ってみせた。

 手帳一冊に銀貨一枚は少しばかり高いような気がするレインだったのだが、シルヴィアが満足したのならばそれでいいかと納得し、今度こそシルヴィアの先導で鑑定屋を目指すことにする。

 その店は、露店などが立ち並ぶ街路から少しばかり奥へと入った細い小道の先にひっそりと佇んでいるような店であった。

 看板らしき物は出していなかったのだが、入り口の扉を開くと店内から漂ってきたのは妙な冷気と何らかの薬や素材の匂いが入り混じった何ともいえない空気である。

 壁と言わず天井と言わず、ごちゃごちゃと色々な物が陳列されている向こう側に小さなカウンターがあり、そこにはフード付きのローブを身に着けて、そのフードを深く被ることで顔を隠している人影が一つ、座っているのが見えた。


「お客さんかい?」


 問いかけてきた声は、なんとも性別を判断しがたいしわがれたものである。

 魔術師というものをあまり見たことのないレインは、相手が気を悪くしないだろうと思われる程度にローブ姿を観察しながらも、宿から持ってきた道具の数々をカウンターへと並べると鑑定を頼みたいと短く依頼した。


「鑑定料は一つにつき銀貨五枚だけれど、構わないかね?」


 ローブ姿の店主から提示された金額はあらかじめクラースやルシアから聞いていた金額と同じ金額であり、レインは問題ないと頷いてからカウンターの上に二十五枚の銀貨を並べてカウンターの奥へと押しやった。

 それを受け取り、枚数を確認してからローブ姿の店主はカウンターの上にある道具に手をかざし、何事かもごもごと聞き取り辛い声で詠唱し始める。

 やがて、おそらくは<アイデンティファイ>の魔術の詠唱だったのだろう独り言のようなものを止めると、ローブ姿の店主はローブの袖から手を出すと、まずは三本ある棒を指さす。


「これはマジックアローのワンドだね。一本につき一発のマジックアローが撃てる。キーワードはそのままマジックアローだ。分かり易いね」


 魔道具の中には魔術師や神官の力を肩代わりするような効果を持つ物がある。

 定められたキーワードを口にすることで威力を発揮するのだが、マジックアローが撃てる魔道具というものは結構簡単に作製できるので値段はそれほどしない。

 だが、魔術師という存在がそもそも貴重であり、その肩代わりができる道具となれば需要はかなり高く、資金に余裕があるならばいくつかは揃えておくべきだ、というのは冒険者の間でも知られている知識であった。


「この箱は中々珍しいよ。格納の機能があるマジックボックスだ。大体一部屋分くらいの空間を使えるようだね」


「凄い物がありましたね」


 シルヴィアの声に喜色が滲んだのも無理はないことだった。

 マジックボックスの魔道具は一定の空間が一杯になるまで物を入れることができる格納機能がついた魔道具である。

 作成は非常に難しく、それだけでも高値が付く代物なのだが、かさばる荷物などを小さな箱一つに収納でき、重さを感じることもないという機能が非常に重宝され、冒険者の間では垂涎の品となっていた。

 多くの荷物を運ぶことが多い商人といった職業でも非常に需要の高い代物であり、レインは内心でもしかするとこれこそが商人ギルドが取り戻したかった物なのではないか、と思っていた。


「腐敗防止と品質固定の機能までついてる優れ物さ。うちに売る気はないかね?」


「すみません。今回は鑑定のみときつく言われておりまして」


 売れば相当な金額で売れる魔道具ではあるのだが、商人ギルドの査定が終わっていないうちに売り払ってしまえば契約違反として訴えられかねない。

 冒険者ギルドからの心証も悪くなるはずであり、シルヴィアは丁寧な口調で店主の申し出を断った。


「そうかい。気が変わったらうちに是非売っておくれ。それで、最後にこれなんだけどね」


 店主が指さしたのは最後に残った短剣であった。

 鞘が付随しておらず、抜身状態の短剣の刀身には一匹の蛇が彫り込まれている。


「申し訳ないんだが、これに関しては私の魔術では分からないねぇ」


「そんなことがあんのか?」


 魔術に詳しくないレインが尋ねると、店主はフードに包まれた顔を上下させた。


「私の魔術では通用しない高度な魔術がかけられているということだねぇ。もっと強い魔術師なら分かるかもしれないけれど、私じゃ力になれないねぇ」


 そう答えた店主は受け取った銀貨の中から五枚を摘まむと、レイン達へそれを返した。

 分からない分の料金は取らない、ということらしい。

 一緒に戻された道具の数々の中から、正体の分からなかった短剣を手にしたレインは、なんとなく漂うような不気味さにしばしじっとその刃を見つめるのであった。

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