3章.虎口空域
45.〈砂痒〉星系外縁部―1『臨場―1』
〈
渦状銀河たる〈ホロカ=ウェル〉銀河系――大倭皇国連邦は、その渦状肢のひとつ、〈パノティア〉肢に所属星系の過半があったが、〈砂痒〉星系は、そこからはみ出し、星もまばらな銀河空隙の只中に位置していた。
大海に浮かぶ孤島のような立地の恒星系である。
周辺と隔絶した、とまでは言わないが、行き来するのが大変そうといった印象を否定はできない。
が、
地勢的な要素を除けば、それ自体はさして珍しいところもない、ある意味平凡な恒星系であった。
主星である恒星〈砂痒〉はK型スペクトルの主系列星であり、星系を構成する主要な惑星は九つ。内側の軌道を周回するものから順に、〈羽合〉、〈真初〉、〈歌穂浦戸〉、〈羅内〉、〈諸戒〉、〈御開府〉、〈新匍〉、〈交遭〉、〈香浦〉である。
それら惑星のすべてに(規模の程はさておき)軍事施設が置かれ、更には、それに準惑星設置分や軌道
星系に居留するのは、そのほとんどが軍人、もしくは軍関係者たちで、民間人が星系内人口に占める割合は低い。
そもそも、星系自体、経済的に自立できてはいなかった。
一次産業、二次産業は未熟と言うより、いっそ未開発状態であり、さりとて三次産業以降の育成がなされているわけでない。
星系を維持しつづけるには、不断に
連邦の東の玄関口たりうる立地でありながら、貿易や観光の中継よりも軍事基地としての機能が優先されたのは、〈砂痒〉星系よりも更に東にあるのが〈USSR〉――〈大銀河帝国〉だったためである。
遙かなる過去に崩壊した世界国家――〈古代銀河帝国〉の正当なる後継者を称するこの国は、現在、〈ホロカ=ウェル〉銀河系でも最大規模の版図を誇る大国であり、
と同時に、軍事的、経済的、宗教的、文化的――およそ、ありとあらゆる手段をもって、近隣の諸国を侵害し、併呑し続けてやまない侵略国家だからであった。
愛と理想と希望に満ちた、死と破壊と恐怖を周囲に撒き散らす
なんともはや、と
何故なら、
あまねく人類が住まいし、群雄列強の割拠策動する〈ホロカ=ウェル〉銀河系。
あまたの国々が勃興衰退し、幾多の勢力が興隆滅亡してきた戦乱の絶えぬ星界。
吸収、併合、また侵略――様々な過程、形式をとる彼の国がおこなう征服行為。
それは、かかる状況を憂い、民人の舐める辛酸を思いやっての挙だったからだ。
そもそも、何故、この世界から争いは絶えぬのか?――争う相手があるからだ。
〈自分〉とは異なる〈他人〉が存在するから、そこに意見の相違が発生をする。
もちろん、人間という生物種から、その特質を奪い去ることなど出来はしない。
しかし智恵ある生き物として、その特質故に生じる悲劇の規模は抑制すべきだ。
であれば、〈ホロカ=ウェル〉銀河系に現在ある星間国家の数は明らかに過多。
この銀河系全体を単一の政府が支配し束ねていた当時が理想という結論になる。
つまりはそれは、〈古代銀河帝国〉が存在し、世界を差配していた往古である。
それならば民人らの苦しみを終わらせるため、誰かが、いつか立たねばならぬ。
我と我が身を顧みず、いかな犠牲にも怯む事なく世界を正しく導かねばならぬ。
その誰かとは誰か?――選良たる我々の他、ふさわしい者など無いではないか。
運命に聖別された、恵まれてある我々こそが、世の規範として立つべきなのだ。
……憲法前文に
理想主義者、懐古主義者たちの唱えた現実を知らない傍迷惑な思い込み。――そう評論して、呆れ、失笑し、それでオシマイに出来れば何も問題は無い。
が、
現実には、使命感に駆られた、腕っ節の強い、そして、声の大きなお節介焼きの善意によって、余の国々がとばっちりを受けるハメとなっている。
〈世界〉に溢れる不条理に不満があるなら黙って神様にでも祈りを捧げていればいいものを、自らが救い主たらんと笛を吹かれてみても迷惑至極。そう眉をしかめつつ、さりながら、かかる火の粉は払わねばならぬ。――それが、現在時点の〈ホロカ=ウェル〉銀河系国際政治の状況だったのである。
喜劇的と言うにはいささかグロテスクに過ぎるし、何より、当の〈大銀河帝国〉の側から建国当初には確かにあった、こうした理想が失われてしまった今となっては、更にそうだ。
侵略に次ぐ侵略と、その結果としての膨張に次ぐ膨張を重ねた結果、自らの腹中に呑み込んだ新たな国民の故に、侵略を是としていた理想も濃度が薄まり、不純物が
かつてそうであった征服という名の幸福の提供作業は、今では単なる欲望と惰性に堕しきって、自国を維持し続けるために外敵を必要とするという逆転現象に囚われている。
それこそが、〈大銀河帝国〉――〈United Stars & Systems Reunion〉という星間国家の変質変容変遷であり、また、その大国の現在状況なのだった。
非常に迷惑極まりないと言うか、他の国々から、その正式名称であるところの〈大銀河帝国〉ではなく、略称にすぎない〈USSR〉としか呼ばれないのも自業自得――むべなるかなであったのだ。
と、
いずれにしても、そのような国が、十年、百年、三百年……と時の経過にともない領域を拡げ、気づけば、いつの間にやら境を接する隣国となってしまっていた。
大倭皇国連邦にとって、従来通りに対岸の火事と高みの見物を決め込んではいられなくなった。
いよいよもって来るべきものが来たともなれば、おちおち枕を高くはしていられない。
安穏と無策でいるのは命取り。事前に対策を練り、準備を整えておくのは当然だった。
軍事的、また経済的な手段はもちろんのこと、個人の趣味嗜好、また信仰さえもを他国に対する浸透手段として利用する相手。国家存立の礎でなく、将来達成すべき目標として主義信条、理念を掲げる(一種の)宗教国家――そんな相手を向こうにしては、大倭皇国連邦も国境星系の発展は諦めるしかない。
理念を現実に擦り合わせ、適合させようとするのではなく、現実を理念の通りに作りかえ、目標を成就させようとする者と共存できよう筈がないからだ。
経済面での開発は、ほぼ二の次、三の次の後回しにして、民間人の居留は、これを許さず、あくまで〈砂痒〉星系そのものを仮想敵国に対しての
百年単位の歳月をかけ、星系居住の民間人たちを徐々に系外へ退去、あるいは軍属あつかいにして、まずは宗教的な洗脳や政治的な扇動を受ける対象、また可能性を引き下げておく。他の星間国家との交流は、国内の
国力が我に倍するどころではない――格段の開きがある強大な星間国家と対するに、そこまでの時間と手間暇をかけてでも、〈砂痒〉星系を宇宙軍根拠地としてのみ運用するしかないと考えたのだ。
そして、それだからこそ、星系各処に置かれた根拠地の規模や設備を総合すると、〈砂痒〉星系の軍備は、大倭皇国連邦の南方星域守護の要たる〈七曜〉星系と並び称されるくらいに充実したものとなっていた。
恒星系ひとつを経済面では無価値な要塞とすることで、建国以来二千数百余年の間、護持しつづけてきた自主自立の国家としての独立性を大倭皇国連邦は、なおも守り抜こうとしていたのである。
しかし……、
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