16.巡洋艦〈あやせ〉―7『主計科-1』

 扉におおきく〈主計科〉と表示された部屋の中には御宅曹長がいた。

 わざわざ扉の脇まで出迎えにきている。

 入室してきた深雪を見ると、「ふ~ん」と言いながらグルグル周囲をめぐって、頭のてっぺんから爪先まで目をはしらせてきた。

 真後ろ付近で足を止めると深雪の両肩をガシッと掴み、片方の肩にあごをのっけて、にゅっと顔をつきだしてきた。

「な、なんですか?」

 いきなり頬をすり寄せられて、さすがに深雪もたじろいでしまう。

「んん~、服の着こなしは大体おっけーなんだけどもサ、頭のリボンの付け方が、ねぇ~」

 そう言いながら、御宅曹長は片方の手でポニーテールにまとめられた深雪の髪をぽんぽん弾いてもてあそぶ。不満そうな様子で、輪っか状に髪を縛ったリボンをつっついた。

 つい今しがた深雪が付け替えたばかりのリボン――自分のベッドスペースに置かれてあった衣囊から出てきたリボンである。

 御宅曹長に指摘され、深雪は思わずゾクッと身震いをした。

 深雪の髪は長い。そのまま垂らせば背中の中ほどまではある。

 今回、レッドカードが告げる出頭先までの現着時間にまったく余裕がなかったから、ここに辿り着くまでその長髪を軍人らしいスタイルに整えておくヒマなどなかった。

 服についてもそうだったのだが、そのに着替えの際にようやく気づき、自分の手落ちに青くなった。

 宙免の取得を目指して講習を受講していた当時、教官から、『低重力環境では髪を短くしておくように』と指示されていたのを遅まきながら思いだしたからなおさらだった。

(な、何もおっしゃらなかったけど、難波副長はどう思われてたんだろう……?)

――これ、だった。

 艦長室で会った上官のこわもてな顔が脳裡のうりに浮かんで、わたしの新生活は、いきなりマイナススタートか、と自分の至らなさにガックリきたのだ。

 まぁ、その際、おなじ場面に居合わせていた、このフネの最高責任者のことは全然意識にかすりもしなかったのだが、それはさておき、

 実際のところ、意外なことには、宇宙軍は将兵の髪型に規制をくわえるつもりはないようだった。

 そのひとつの証が、曰く、衣囊に収められていたリボン。

『襟首をこえる長さに髪を伸ばしている者は、支給されたるを必ず使用のこと。これを厳守しない場合、最悪、死亡の可能性アリ』という注釈付きで入れられてあったリボンなのだった。

 もっとも、

(な、なに?! こわッ! 『死亡の可能性アリ』ってなに?! ワケわかんないし、まじ怖いよ)

 取扱説明書に記されていた警告に、ずっと伸ばしつづけている髪を切らずにすみそうと安堵する反面、思わず目を疑って、その意味するところを考えずにはいられなかった代物ではあるが。

 とまれ、

 後藤中尉を待たせていたから、じっくり取説を読むヒマなどなかった。下着といっしょで、何か理由があるんだろうと考え、カチューシャやかんざしの他、何種類か封入されていたアクセサリの中から、一番シンプルな単なる布――これまで使っていたのと同じタイプのリボンを深雪は選んで身につけたのだ。

 その付け方について指摘をされたのである。おびえずにいられるわけがなかった。

「な、なにか間違ってますか?」

 あわてて両手をリボンにあてながら、質問をする。

 御宅曹長は、首を振った。

「んにゃ、間違いってワケじゃないけどねぃ……、ただ可愛くないなって」

「は? 可愛く……?」

 予想外の答に深雪の肩がカクンと落ちる。

「うん。せっかくなんだから可愛くしようぜ。それでなくても、軍のお仕着せなんて、どれも華やかさとか可愛らしさに欠けてんだからさ、せめて結び方をバタフライにするとか工夫しよ?」

 そう言いながら、今度は深雪の頬を指先でツンツンついてくる。

「や、そんな……。ヤですよ。メンドくさいし、第一、恥ずかしいじゃないですか」

 安堵の思いが文句となって口から出ていた。

「だぁ~いじょぶだって。深雪、若いし土台が良いから絶対確実似合うって。ウン! 決まり。善は急げだ、そうしよう」

 抗議の言葉にも取り合わず、御宅曹長は深雪の髪をポニーテールにわえていたリボンを取り去ってしまった。そして戒めを解かれた長い髪が、深雪の背中に落ちる間もなく結びなおす。

 つい今しがたまで、髪を束ねていただけだった単なる布が、プレゼント包装の飾りのように、おおきな輪っかを付け加えられて蝶々のように深雪の頭にふわりととまる。

「をを、可愛い♡」

 作業を終えた御宅曹長が、深雪の前にまわりこむと、その仕上がりにニンマリわらって拍手した。それだけでなく、ズボンのポケットからタブレット端末を取り出して構え、深雪に向けてパシャパシャ連続でシャッターを切った。

「ほォら。ほら、見てみて、可愛いっしょ」

 ったばかりの画像を深雪に見せる。

「自分で自分のこと、可愛いなんて言えません。リボンは確かに可愛いですけど……、でも、毎回ひとりでこんな結び方するのは無理ですよ」

「え~、そこは、やっぱり修行あるのみじゃないのぉ? 乙女としてさぁ」

「そんな修行は必要ないです。だいたい、このリボンにしたところで、艦船勤務者事業服や婕布下着といっしょで、何か機能が組み込まれてるツールなんでしょう? そんな実用品にオシャレ要素はいらないです」

「む~、夢が無い」

「だって兵隊ですから」

 ふたりはにらみ(?)あった。

「はいはい、そこまで」

 そこに後藤中尉が割り込んでくる。

 パンパンと手を叩いて、「お仕事お仕事」と言うと、

「まずは深雪ちゃんにタブレットを渡しておくわね」と、深雪に難波副長や後藤中尉自身、それから御宅曹長が手にしているものと同じ携帯端末を手渡してきた。

「緊急時から、仕事、プライベートまで、あらゆるレベルの情報伝達の他、種々の用途に使う携帯ツールよ。常に所持しておくよう心がけてね。服といっしょで個人向けの貸与品だから、後でユーザー登録をしておきなさい。やり方は召集令状と同じで、ディスプレイにタッチしての掌紋認証よ」

「クルクルまるめたり、折り畳んだり、踏んでもぶつけても、まず壊れたりしないブツなんだけど、だからってあんまり乱暴に扱っちゃダメだぜ」

 後藤中尉の説明を御宅曹長が、またまぜっかえす。

 後藤中尉の頬がピクリと引きつった。

「どの口が、ぬけぬけそういうことを言いますか。そんな使い方をするのはあなたくらいなものでしょう。――なんなの、あの張り扇ハリセンモードって? 船務長が呆れてたわよ」

「げ?! な、なんで知って……って、いくら部下でも、し、私物をのぞくだなんて、プライバシーの侵害っスよ」

 なんだろうか。――『ハリセン』という言葉を後藤中尉が口にのぼすと、御宅曹長が目に見えて動揺した。

「なに言ってるの。個人的な所持利用が認められてるといっても、あくまでタブレットは軍の備品を貸与されたもの。最終的な管理権限は軍にあるの。――わかってるでしょう?」

「あ、あ、そうか。そういうことか。アタシが寝てる時かなにかに動作チェック用テストプログラムの一斉送受信があったんだ。それで、その際、個人設定一覧か筐体きょうたい内蔵センサーのログが洩れちゃったんだ。うわぁ、アタシとしたことが……、しまったなぁ」

 原因が思いあたったのだろう、御宅曹長が歯噛みする。

の件もそうだけど、ホント、お願いだから深雪ちゃんみたいなマジメな子に、変なことを教えるのはやめてちょうだいね」

 後藤中尉が溜め息をついた。

 一方、

「頭髪保護収容具……?」

 後藤中尉から叱責をうけ、御宅曹長が「善処しま~っす」と答えているかたわらで、深雪はというと、いま耳にした言葉に首をかしげている。

「え? ああ、ウン。深雪ちゃんがつけてる、そのリボンのことよ。衣囊には別のデザインのものも入ってたと思うけど、どれも形状記憶素材で出来ててね、原型は大きな風呂敷みたいな一枚布なの。ヘルメット装着時点での気密を確保するための補助ツールなのね。ヘルメットをかぶった時、ロングヘアだとヘルメットと服の部分に髪の毛を噛み込んで気密不良をおこすかも知れないでしょう?――そうならないよう、その保護具でもって、外部にはみでてしまう髪を包みこみ、ぎゅうっと圧縮しながら巻き込んで、ヘルメット内部に保護収納してしまうのよ」

 深雪の様子に気づいた後藤中尉が教えてくれた。

(なるほど。それで官給品を使わなかったら『死亡の可能性アリ』なのか。なるほど……)

 深雪は得心した。

 内心、そこまでの手間暇予算をかけるくらいなら、将兵に髪をショートにするよう義務づけた方が手っ取り早いよなぁ? とは思いつつ……。

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