第157話 北村太一と最後の闘い④


 カイリが評したプルートの最終形態は、まるでプルートから感情を排除したものだった。機械的な言葉で、機械的な攻撃パターンを繰り返す。何もかも失い、“壊す”という破壊衝動だけで動く――まるで殺戮兵器だ。


「何だよ、あれ」

「もしかして――」


 凍夜が何かを言おうとするが、それをプルートは許さない。凍夜に向かって漆黒の矢が降り注ぎ、アキュラスは「アホ毛男!」と叫んでいた。


「壊シテヤル……全テ……全テヲ」

「貴様……ッ!」


 凍夜がやられたと錯覚したノアは、プルートに向かって捨て身の攻撃をぶつけようと走るが、それをある人物たちが止める。気配もなく現れた法也はノアの手を掴み、「駄目だよ、ノアくん」と彼の行動を抑えた。


「止めるな南条!」

「ボクが憧れたヒーローは、こんな場所で無駄死にしない」


 そして法也はノアの手を離し、ひとり走り出す。法也の行動に呆気に取られていた一同は、我に返って「無茶だ!」と追おうとするが、法也と同時に三方向から走り出していた彼等の声を聞き、思わず逡巡してしまった。


「君が、君たちが死んだら駄目なんだ!」

「ここが恩を売っておくチャンス! 行くわよ、司」

「おう!」


 法也は正面から、突如現れた明亜は右、京羅は左、そして司は背後に立ち、プルートを取り囲むように四人が囲む。予想もしなかった乱入者を前に太一たちは混乱するが、明亜の力によって間一髪直撃を免れていた凍夜が「もしかして――氷華が呼んだのか?」と空咳と共に問いかけた。


「いいえ、氷華ちゃんに頼まれたのは名誉会長たちをこの世界へ送り届けるまで。ここからは僕たちの独断です」

「準備があってちょっと遅れちゃったけどね」


 にこりと微笑む明亜と法也を見ながら、刹那は「じゃあ、どうして――」と怪訝に口を開くが、普段通りの司が「俺たちは最強の助っ人だからな!」とそれを遮った。何か魂胆があるのか、京羅もニヤリと笑いながら「アタシに助けてもらえるなんて光栄ねぇ、あんたたち!」と呆然としているソラシアたちにウインクを見せる。


「でも、今のプルートは危険で! ソラたちでもまだ倒せてなくて――」

「はあ? 誰が倒すなんて言ったのかしら?」

「「「えっ?」」」


 京羅の言葉に一同は首を傾げる。その瞬間、邪魔な存在を薙ぎ払うように――広範囲に渡るプルートの攻撃が、明亜たちに向かって容赦なく襲いかかろうとしていた。冷たい「死ネ」という声と共に、プルートの魔力が放たれる。


 昔の自分なら、こんな現実が訪れる事になるなんて微塵も思わなかっただろう。昔の自分なら、恐怖によって動けなくなっていただろう。

 でも、今の明亜は違う。一時は悪夢のような現実に支配されたが、救世主たちによって救われ、夢のような現実を手にした。彼等と共に歩む事で、恐怖にも負けない強い自分になれた。

 だったら次は、自分が――救世主たちを支える番だ。


「くるよ! 三人共構えて!」

「「「「『四神結界』!」」」」


 刹那、それぞれ四神の力を纏った明亜たちはプルートに向けて力を解放すると――プルートを捕らえるように、強靭な光の檻が出現した。光の檻――四神の力で作られた結界はプルートでも突き破れない頑丈なもので、彼は猛獣のように檻の中で暴れ狂っている。

 だが明亜たちに余裕がある訳ではない。四人の内の誰かが少しでも集中を乱せば、簡単に吹き飛ばされてしまいそうだ。


 ――こいつ、最強の猛獣かッ!?


 ――やっぱり、遅れてでも準備してきて正解だったわ……!


 四人はカイリたちと別れた後、すぐに陸見山、河川敷、陸見公園、そして最後に陸見学園の校庭で術の準備を施していた。彼等が四神の力を得た契約場所からの魔力供給がなければ、この結界も長くは保たないだろう。

 プルートは堕ちた存在だとしても、いくら消耗していても、元は神だ。対する明亜たちは、どう足掻いても人間。しかもつい最近になって魔力を扱えるようになった、新人の研修員みたいな存在だ。


「い、今だよ、ノアくん……!」


 法也は結界の生成に専念したまま、「僕等がこいつを抑えている間に、早く!」と急かすように叫んだ。痛みに耐えるように表情を歪めながら「長くは、保たねぇぞ!」と叫ぶ司の怒声を聞き、太一は「お前たち、どうして……!」と呟く。


「救世主を救えるチャンスなんて滅多にないからッ――今の内に借りを作っておくの!」


 京羅も苦悶の表情を浮かべ、鋭い眼光を垣間見せながら結界の力を強めた。最後に明亜が険しい口調と表情で訴える。身体の節々から血が噴き出す事にも目をくれず、四人は救世主たちを一心に信じていた。


「世界を救うのは君たちだ! ワールド・トラベラー!!」




 つうっと垂れる血を乱暴に拭いながら、ノアは「僕は、馬鹿か……」と声を漏らす。


 ――僕が、あいつの想いを無駄にしてどうする!


 頭に巻いていたハンカチを強く握り、ノアは俯きながら「策がある」と静かに口を開いた。


「その言葉を待ってたぜ、ノア!」


 いつも氷華の意見だけを尊重して闘っていたノアは、自分の言葉を仲間たちはどう捉えるのか若干不安だったが――そんなのは要らぬ心配だったらしい。真っ先に応えた太一の言葉にノアは顔を上げると、期待するような眼差しが向けられている。


「よっしゃ、ここからがラストスパートだな!」

「ソラ、何でもやるよ!」

「で、何だよ策って」

「バカなアキュラスと違って僕はある程度予想できるけどね」

「スティールに予想できるなら、僕は完璧に当たっているでしょうね」


 太一に続き、カイリたちはいつもの調子で答え、刹那も「私も協力するよ!」と手を挙げるのだが――。


「すまない、時間がかかってしまった」

「…………」


 突如現れた懐かしい顔ぶれに、太一たちは「えぇぇぇえええぇ!?」と本日一番の叫び声を上げた。流石のノアでさえ、鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしている。ちなみに凍夜は特に表情を変える事なく、何事もなかったように無言だった。

 完全に“この二人とは”面識がない刹那は、呆然としながら「あ、あれれ……?」と首を傾げる。確か、この人物は――写真でしか見た事がないが――。


「うわぁぁああ! ゼン会いたかったよおぉぉぉお!」

「マスターまで……」

「お父さんが分裂した!?」


 刹那の発言に、太一は「だ、大体合ってるけど……」と少し複雑そうな表情を浮かべていた。

 そう、彼等の前に現れたのはシン――が分裂した状態の、ゼンとアクだ。ノアは「お前たち、どうして」と誰しもが思った疑問をぶつけると、二人は「今回の作戦、私たちの力も必要だろう?」「そこに居る氷雪の精霊だ」とそれぞれ答える。


 ノアは「もしかして、あの時」と、太一たちの元へ駆け付ける直前の、凍夜との会話を思い出した。あの時の凍夜の発砲は特に意味はなく、これから闘うという鼓舞のようなものだろうと勝手に認識していたのだが――無意味なものではなかったとしたら。あれがシンへ合図を送っていたのだとしたら。

 つまらなそうに「遅いんだよ」と悪態を吐く凍夜を見ながら、ノアは「凍夜は何手先まで視えているのだろう」と畏怖の念を抱いた。


「いや、私たちに言われてもな……」

「シンに言え」

「じゃあ早いところあれを倒して、本人に文句言わせてもらおうか。アンコールはもうごめんだ」


 そしてゼンやアク、そして凍夜を含めた全員がノアへと視線を送る。

 世界を救う為に。どうしようもない“真実”を壊し、彼女が“信じた”未来を掴み取る為に。


 ――媒体は……丁度いいのがあるじゃないか。


 ノアは近くに落ちていた氷の剣を拾うと、ぎゅっとハンカチを強く巻き直す。その剣は、単独でプルートへ向かった彼女が遺したものだった。


「僕たちで、全て終わらせよう」


 同時にノアの足元には巨大な魔法陣が浮かび上がり、色とりどりの光が煌々と輝きを放つ。瞳を閉じれば、すぐ後ろから彼女に支えられているように――少し冷たくも心が落ち着くように暖かい魔力に包まれた。



 ◇



「まだなのか、ワールド・トラベラー……」

「壊ス――壊シテヤル!」

「ぐうっ……!」


 結界が徐々に弱り始め、明亜たちに蓄積されるダメージも大きくなっていく。既に立っているのも限界な身体に鞭打ちながら、明亜たちは太一たちを信じて必死に堪えていた。


「皆ありがとな。ここからは俺がやる」


 待ち侘びた明亜たちが「やっとか――」と思いながら振り返ると――四人の目には竹刀を構え、得意気に笑う太一の姿“だけ”が飛び込む。


「あ……あれ、北村くん……他の皆は?」

「準備中!」


 楽しそうに告げた太一は、結界向かって迷う事なく飛び込んだ。太一の乱入によって強制的に結界を消滅させる結果になった明亜たちは「え、ちょっ!?」と動揺しながら叫ぶ。


「ちょっとちょっと! 北村太一、単独で行ったけどいいの!?」

「最強に不安だな!」

「ほ、本人が言うから大丈夫……だといいなぁ……」

「もう、何なの!? どいつもこいつも落ち着きがないんだからぁ!」


 呆れ果てた四人は、その場に崩れ落ちるように倒れ込んだ。四神結界で力を使い切ってしまい、明亜は「もう力になれないな」と思いながら目を閉じる。立ち上がる力も残されていない明亜は、太一たちに希望を託し、勝利を信じるように柔和に微笑んだ。


「後は、頼んだよ……ワールド・トラベラー……世界を、救ってくれ」




 太一は竹刀をまっすぐ向けながら、プルートに「最後に言い残す事は?」と問う。一方のプルートは「コンナ、世界……壊シテヤル……!」と声と魔力を震わせ、太一に漆黒の鎌を振り下ろした。


「お前だって神だったんだ。元はシンたちみたいないい奴だったのかもしれない。何がきっかけで自分の世界を壊したのかわからない。何がきっかけで、他の世界を壊そうとしたのかわからない」

「俺ガ、コノ世界ヲ!」

「だけど、どんな理由でも俺はお前を赦しはしない。救世主失格だと否定されても構わない。俺はもう決めたんだ! 何があっても、先導して闘い続けるッ!」


 そして、ワールド・トラベラーは叫ぶ。


「この世界を救う為だったら、俺は神を殺す!」



 ◇



 太一の魂の叫び、仲間たちの必死な行動、それを見届ける他の神々を別の空間から見ながら、ソレイユは「ははっ! 言ってやったな、北村太一」と楽しそうに声を漏らす。


「あなたが――こう仕向けたんじゃないの?」


 夜空に輝く月のような、金色の髪を靡かせる女性――リューヌは嬉しそうに微笑んだ後、静かに口を開いた。


「不用意に運命の連鎖を作り出してしまった……私とあなたの罪。その罪滅ぼしの為、あなたは北村太一に手を貸した」

「……そうかもしれないな」


 楽しそうに見守るソレイユの表情を見て、リューヌは思わず目の前に映る太一の表情と重ねてしまう。前々からどこか近しい雰囲気を感じていたが、やはり根本から似た者同士なのだろう。


 常に先導して世界を切り拓いてきた、原初の神。

 常に先導して世界の為に闘い続ける、救世主。


 太一がソレイユの力を受け取れた事も、尚更納得がいく。優しく笑むリューヌに対し、ソレイユは「見ろ、遂にこの時がくるぞ!」と、好物を前にした少年のように目を輝かせる。 

 その瞬間、世界をも揺るがす力が生まれようとしていた。



 ◇



「こんな役目――僕は二度とやらないからなッ!」


 ノアは自分に集約する膨大な魔力を見に留めながら、静かに意識を集中させる。こんな風に自分が魔術を使うなんて、恐らく最初で最後だろう。


「『風光よ。我が契約の下、力を示せ』」

「『時空よ、お願い!』」

「『氷雪よ。我が契約の下、力を示せ』」


 ノアが立つ巨大な魔法陣の中心部。それを取り囲むように、スティールと刹那、凍夜が全ての魔力を集約させる。


「『火炎よ。我が契約の下、力を示せ』!」

「『地祇よ。我が契約の下、力を示せ』」

「『闇よ、誘え』」


 その下方部。教室が並ぶ階層では、アキュラスとソラシア、アクの三人。


「『水天よ。我が契約の下、力を示せ』!」

「『雷電よ。我が契約の下、力を示せ』」

「『光よ、集まれ』」


 その上方部。上空に浮かぶのは、カイリとディアガルド、ゼンの三人だ。

 九つの属性が、一点に集約されようとしていた。


「どの属性にも該当しない、無属性なら……僕なら、全ての力を集約させるのに打って付けだ……!」


 無属性は無属性を相殺する――だが、無属性は全てを吸収できる。この世界で生まれたものは、必ず何らかの属性を持つ――だが、異世界からきたノアならば、何の属性も持たない。


 まるで誓いを告げる騎士のように、ノアは氷の剣を顔の前で構えた。ノアは自分の力と、彼女から託された力を信じて――「持ち堪えてくれよ、僕の身体!」と腹の底から叫ぶ。頭の中に自然と浮かんでくる言葉を、無心で唱えた。


「『絶無よ、我が声に応えろ! 神を殺めし十の力よ、決意の剣に集え――』」


 その詠唱に反応するように、ノアが手にする氷の剣が徐々に変化していく。

 そして――。


「『リアン・ミロワール』!」


 ノアの手には光輝く剣が握られていた。




 成功に喜ぶ暇もなく、ノアは最後の力を振り絞ってその剣を前方へと投げ付ける。


「太一、受け取れぇぇええぇええ!」


 全ての想いを、全ての力を乗せた剣をしっかり受け取り――太一は覚悟を決めた瞳で続けた。


「俺は何にも負けたくないんだ。例えそれが、運命だったとしても。『拾の型・神陽光』!」


 陽光の刀身を輝かせながら、暗闇の柄をぎゅっと握り――太一はプルートに向かって飛び出す。彼の視線はまっすぐプルートだけを捕えていた。


「走れ、太一!」


 水天の刀身が弾け飛ぶ。


「頑張って、太一ッ!」


 地祇の刀身が突き刺さる。


「行けえ! 北村ァ!」


 火炎の刀身が燃やし尽くす。


「頼んだよ、太一くん!」


 風光の刀身が吹き荒れる。


「これ決めてください、太一くん!」


 雷電の刀身が降り注ぐ。


「お願い、たいっちゃん!」


 時空の刀身が流れを止める。


「世界を救え、太一!」


 陽光の刀身が切り裂く。


「世界を護れ、北村太一」


 暗闇の刀身が貫く。


「任せるよ、太一くん!」

「任せたよ、太一」


 氷雪の刀身が凍て付く。


 九つの属性の連撃を決めた太一は、再び剣を構え直した。


「運命を壊せ、太一!」


 絶無の刀身が輝く。


「「「「終わらせろ! ワールド・トラベラーッ!!」」」」


 数々の声援が響き渡る。




「俺が世界を救うんじゃない。俺たちが世界を救うんだッ!」


「ヤメロ……ヤメ、ロ!」

「『太陽の輝きよ、全てを焼き殺せ』」


 神をも遥かに凌駕する太陽の如き輝きを放ちながら、太一はプルートを斬り伏せた。


「無に帰せ、プルート! 『神滅斬』!!」


 何度も何度も繰り返されていた、全ての世界に危機を及ぼす因縁は――太陽の光で断ち切られた。





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