第133話 エピローグ⑤



 仲間たちが今後の行動を話していた瞬間、彼は突然現れた。


「よかったじゃないか。北村太一が死んだ事で貴様の未来は変わった」


 静寂を切り裂くように響いた謎の声に全員が顔を上げ、シンは「プルート、貴様!」と激しい怒りを露わにする。

 しかし――誰よりも先に動いていたのは彼女だった。


 氷華はそのまま詠唱破棄をした魔術をプルートへぶつけるが、彼は寸前でそれを避ける。避けられる事がわかるや否や、氷華は再び巨大な氷柱を彼へと放った。


「太一は死んでいないッ」

「いや、死んだ。貴様の未来が変わり、北村太一は死んだ。これが真実だ」


 プルートの挑発に瞳孔を開かせる氷華を見て、ディアガルドは「落ち着いてください、氷華さん!」と叫ぶが――プルートの「遅い!」という言葉に咄嗟に瞳を閉じる。


 ――――ピカァッ!

 

 次の瞬間、プルートと氷華の姿は消え去り、周囲のあちこちで耳を劈くような爆発音が鳴り響いた。カイリは「何が、起こった!?」と戸惑うが、それに答える仲間たちも周りから消えている。


「ちょっと待て……ここ、どこだ……?」


 その時初めて、カイリは自分だけが陸見学園の屋上ではない空間に居るという現実に気が付いた。周りには誰一人として仲間が居ない。そこからカイリは「まさか……強制的に瞬間移動させられた!?」と状況を理解する。

 そして、カイリ以外の仲間たち全員もその現象に陥っていた。



 ◇



 ひとり取り残された氷華は「皆をどこに飛ばした」と抑揚のない声で問いかけた。その指摘を受けたプルートは「即座に気付くとは……救世主とは名ばかりではないようだな」と彼女を鼻で笑う。


「貴様たちが揃うと厄介だ。違う世界で死んでもらう」


 精霊たちやシンの力を危険視したプルートは、メルクルの世界にカイリを、サテルの世界にソラシアを、マルスの世界にアキュラスを、ジュピィの世界にスティールを、ヴェニスの世界にディアガルドを、チューンの世界にノアを、ユラの世界に刹那を、既に滅んでいるプルートの世界にシンを強制的に移動させた。

 この世界に仲間がひとりも居ない状況を前に、氷華は「これは拙いかもしれない」と理解する。しかし、無謀な状況だと頭で理解していても――後に引く気は全くなかった。

 太一の事を考えると、例えひとりになったとしても後に引ける訳がない。


 ――刺し違えても、こいつだけは……私がッ!


 攻撃を受けても構わなかった。痛覚が敏感になっている状況では、攻撃の一つでも命取りだという事はわかっていた。それでも、氷華は泣き叫びたい痛みを堪えながら、単独でプルートと対峙する。


「私が、お前を殺すッ!」


 ――力を貸して……太一!



 ◇



「嫌な予感、か……」


 以前に、ある人物から聞いた言葉を青年は思い返していた。


 ――「私が彼等を信じた結果だよ」


 膨大な魔力が渦巻き、激しく光り始める陸見学園の方向を見つめながら、青年は重量感のある拳銃を握った。


「例え友人であっても、俺は容赦しない」


 パラパラと降り始めた白い雪を見上げ、青年は「今年はホワイトクリスマスかな……」と苦笑を浮かべる。

 そして、青年は一言だけ呟き――前にシンからもらった“特殊な拳銃型の空間転移装置”によって、その場から忽然と姿を消してしまった。


「俺は世界なんてどうなっても構わない。それでも、お前だけは無事でいてくれ……氷華」



 ◇



「この世界、まさか……!」


 周囲から巻き起こる激しい爆撃、そして謎の巨大生物たちを相手にしながらカイリは「この世界は、先程まで自分が居た世界ではない」と確信する。自分へ襲い掛かる大きな黒鳥も、狼に乗った鴉も、シンの世界では生息しないだろう。


「くそッ、俺じゃ自力で瞬間――否、空間移動できない。迎えがくるまで耐えるしかないって訳かよッ!」

「どうやら、そのようです」


 背後から聞こえた耳慣れた声に、カイリは咄嗟に振り返った。そして、その姿を見て絶句する。カイリの目の前には、全身の至る箇所から血を流し、壊れた眼鏡を投げ捨てている――ボロボロのディアガルドが視界に飛び込んだ。


「お前、どうしてそんな――」

「恐らくここはメルクルの世界です。という事は、僕はヴェニスの世界へ飛ばされたんでしょうね。二つの世界が争い、時空の歪みが生じているお陰で、こうしてカイリくんと合流できた……のですが、どうやら無理をしてしまったようです」


 息を整えながら辛そうに説明するディアガルドを見て、カイリは「これでシンがプルートに負けでもしたら――俺たちは完全にアウトか」と冷や汗を流す。


「僕とカイリくんがそうだったように――皆、別々の世界へと飛ばされているのでしょう。以前シンから渡された通信機。カイリくん以外の誰とも通信機能が働きませんし、皆の気配すら感じません」


 そう言いながらディアガルドは襟の裏につけていた通信機能付きバッチを指さし、カイリも同様に確認してみるが、指摘通りそれは既に機能しなくなっていた。カイリは「やっぱり、この場は俺たちだけで凌ぐしかないな……」と虚勢を張りながら、前方の爆撃地を見据える。


「僕の勘では、シン以外に空間移動ができるとしたら、氷華さんかソラシアさんです。しかし、太一くんが死んだ事によってソラシアさんは混乱している。その状態では仲間の救援に向かうという意識は飛んでいる筈だ」

「刹那は? あいつも前に瞬間移動してたって聞いたけど」

「刹那さんの力では、恐らく世界を股ぐ規模の移動は無理です。同一世界内なら可能でしょうが……刹那さんもかなりショックを受けている。自分がもっと未来を視る力があればと自暴自棄になっている可能性もあります」

「――って事は、氷華かシン頼みって訳かよ」


 しかし、カイリがそう言いかけた刹那――彼等二人の中に眠る精霊の力がぐらりと揺らいだ。謎の違和感にカイリは胸を押さえ、ディアガルドは「残念ながら、そう長くはないかもしれませんね……」と目を伏せて呟く。


「何だ、この違和感……力が、抜けていく……?」

「僕等の、精霊の力は……シンから、そして世界の活力から生まれた力。想像もしたくないですが……僕等の世界で、最悪な何かが起こり始めている」



 ◇



 スティールは口元を押さえ、その場に膝を付いた。その場凌ぎで風光の精霊魔法を放ち続けていたのだが、どうやら限界らしい。体力の消耗と魔力切れにより、バタリと力無く倒れ込む。気休め程度に息を止めてみたが、やはりそれも長くは保たなかった。


「意識が、だんだん……遠退く……」


 プルートの攻撃によって異世界へ飛ばされた瞬間、身体に謎の違和感が起こった。身体が鉛のように重くなり、全身が痺れていく感覚に陥る。スティールは瞬間的に空気がおかしい事を感知し、そしてここがジュピィかサテルの世界だと察した。


 ――そういえば、シン……有毒ガスがどうとか、言ってたっけ……。


 かれこれ数時間は耐えたのだが、スティールは自力で瞬間移動をできない。風光の力によって瞬間移動並のスピードで移動する事は可能だったが、世界を股ぐとなると話は別だ。面倒だから言って逃げずに、世界間を移動できる規模の空間転移魔術を習得しておけばよかったと酷く後悔した。


 ――僕はこんな、ところで……ソラ、シア……。


「ティル兄ッ!」


 その瞬間、最愛の妹が泣きながら彼の前に現れた。死ぬ間際の幻影かと疑ったが、どうやら現実らしい。既に手は痺れていて感覚はなかったが、視覚的にはちゃんと触れていた。

 瞬間移動によって突然現れたソラシアは、スティールに対して地祇の精霊魔法を必死にかけ続ける。身体が少しだけ楽になった気がしたが、その効果はとても微弱なものだった。


「ティル兄……ティ、ル……兄ッ!」

「ソラシア……」

「ごめ、ん……ソラ、世界間の瞬間移動……でッ……力、あんまり、残って……ッ!」


 泣きながら懸命に言葉を紡ぐソラシアを見て、スティールは彼女の頭を優しく撫でる。スティールにとっては、ソラシアが真っ先に自分の元へ駆け付けてくれたという事実だけで純粋に嬉しかった。


「いいかい、ソラシア……君は今から、シンの元へ行くんだ……」

「ティル兄も、一緒に……!」

「いいや、ひとりで向かうんだ……その方が、力を……使わないで済む、から……」


 しかし、次の瞬間――スティールとソラシアの中に眠る力に異変が起こる。何の前触れもなく、それは突然“消えてしまった”。急に力が抜けた事で、ソラシアもスティール同様にその場に倒れ込む。


「何、これ……」

「……まさ、か……」



 ◇



 アキュラスは「何だ、これ……」と言いながら呆然としていた。突然飛ばされた世界で、突然起こった力の喪失。謎の違和感に戸惑いながらも、アキュラスは荒れ果てた世界をひとり歩いていた。


「ここはどこだ……それにこの喪失感……シンたちはどうなった……!?」


 いくら叫んでもそれに答える者は居ない。修行の時にうるさかった火炎の声も勿論聞こえない。それどころか、精霊魔法すら発動できない。アキュラスは異様に固い地面を殴り付けながら、「くそッ……!」と行き場のない怒りを乱暴にぶつけた。


「わからないの……」


 そう答えた声に、聞き覚えがあった。何の脈絡もなく、隣から聞こえた声にアキュラスは勢いよく顔を上げる。彼の隣に現れたのは、シンの娘である刹那だった。


「黒チビ……てめえ、どうしてこんな場所に!?」

「お父さんにね……一回だけ……どんな場所にも一瞬で移動できる、空間転移装置……もらってたの……」


 重々しい拳銃――に見える水鉄砲だった。こんな時にふざけているのかと一瞬疑ったが、流石にそれくらいの空気は読むだろう。という事は、本当にこの水鉄砲は、一度だけ使える便利アイテムだったのかもしれない。ならば、刹那はどうして――。


「てめえ、だったらどうしてここへきた!? 真っ先にシンのとこに行けば――」

「わからないのッ!」


 アキュラスの言葉を遮るように、刹那は再び同じ言葉を叫んだ。崩れ落ちるようにその場に座り込み、力無く項垂れる。流れる涙を必死に拭いながら、刹那は「もう、わからないの……おとう、さん……の……気配……ッ!」と訴えた。その言葉にアキュラスは目を見開かせて言葉をなくす。


 ――まさか、シンが……!?


「おと、さ……おとう、さん……お父さぁぁぁああんッ!!」


 刹那の悲痛な叫びだけが周囲に木霊していた。



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