第118話 救世主と青年の覚悟



 ――RRIDAY 16:00


 目的のアイス屋に到着すると、氷華は早々に自分のアイスを注文し、何も言わずに空を見上げる。先日、太一とノア同様に、氷華も精霊たちが背負っている代償の事を聞いた。その内容を、今回の闘いと共に思い返している。


「過去、か……」


 刹那や京も、精霊たちも、それぞれ過去を抱えて生きてきた。勿論、太一や氷華、ノア――それにシンだって、様々な過去を抱えている。誰しも決して、いい思い出だけという訳ではない筈だ。きっと誰しも、辛い経験が纏わり付いている。

 それでも――。


「未来だって変えられる。でも、過去だって変えられる」

「京が変わり始めたから……って事か?」


 氷華の呟きに反応した太一は、彼女が注文したアイスを差し出しながら問いかける。一方の氷華は、にこりと微笑みながら「それもあるけど」と自分の意見を続けた。


「スティールの言葉で「なるほどな」って思ったよ。正確には過去の印象。どんなに辛い過去があっても、幸せな現在や未来に繋がってるって考えれば、それは悪くなかったって思える」


 スティールはその後に「まあ僕は全部忘れちゃってるけど」と氷華に対しても自嘲気味に続けて説明したのだが、氷華はその言葉を未だに考えていた。


 ゼンと出会い、ワールド・トラベラーになって、様々な闘いを経験した。

 時には苦悩し、傷付き、死にかけた時だってあった。

 心が挫けそうな事もあった。

 しかし、仲間と共に窮地を乗り越え、世界を救い、護り――ゼンから救世主と評されるまでになった。


「私たちが経験した過去も全部、現在に繋がってるって考えたら――」


 大切な仲間たちが笑い合い、人によっては口論をしながら――楽しそうにアイスを食べている光景を眺める。


「この仲間たちに出会う為だったなら――」


 そのまま、氷華は心から嬉しそうに微笑んだ。


「私は、過去も未来も、現在だって幸せだ」


 皆を見ながら優しく笑う氷華を見て、太一も連られて「そうだな」と口元を綻ばせた。今回は自分で注文したのでまともな味のアイスを食べながら、太一は「ほら、氷華も早く食べないと溶けるぜ?」と氷華を促す。氷華はスプーンで掬ったアイスを口に運び、心地よい冷たさと甘さを感じながら、二つの幸せに浸っていた。


 一つはアイスが美味しい事に対する幸せ。

 もう一つは、大切な仲間たちと共に、楽しく賑やかに笑い合う――平和な今という現在を生きる事に対する幸せだ。


「私、皆と一緒に食べるアイスが一番好きかもしれない。いつもより美味しく感じるから。こんな、幸せな時間――いつまでも続けばいいなあ」

「じゃ、この幸せな時間を護る為――これからも皆で世界を救っていこうぜ、相棒!」

「うん。これからも背中は任せたよ。相棒!」


 そして、太一と氷華はコツンと拳を合わせる。




 こうして、ワールド・トラベラーと仲間たちは、無事にこの世界を護る事ができた。

 これからも、彼等は新たな仲間と共に、この世界を護り続けるだろう。


 しかし、確実に。一歩ずつ。


 世界の崩壊は始まっていた。



 ◇



 ――RRIDAY 16:30


 シンはにこりと微笑みながら、「どうやらお前が太一を励ましてくれたそうじゃないか。礼を言うよ」と、青年に対して礼を述べた。その青年はシンの笑顔には一切見向きもせず、淡々とリボルバーを整備しながら「今回の事、全部知っていた癖に」とつまらなそうに口を開く。


「大方、京って奴を引き合わせるように仕向けたのもお前だろ? 本当、“善と悪は表裏一体”だな」

「流石、察しがいいな」


 その言葉は、シン自身が今回の闘いを引き起こした事を彷彿とさせる発言だ。


 だが、それは真実である。


 京の封印を一時的に緩め、夢東明亜に接触するように仕向けたのは、紛れもなくシン張本人だったのだ。そして、自分が不在の間にワールド・トラベラーたちに彼をぶつける。

 唯一シン自身も予想外だったのは、予定よりも刹那の目覚めが遅かった事――それに他の世界の神々との会議が難儀し、本当に一週間もかかってしまった事くらいだ。


「会議がここまで長引くのは予想外だったが――その間に刹那も目覚めてくれた上、彼等の活躍でこうして世界は護られた。結果オーライだろう?」

「何が結果オーライだ。世界を危険に晒しておいてよく言う」

「ふっ……私が彼等を信じた結果だよ」

「――で、考えもなしにここまでやる程バカじゃないだろう?」


 青年からの指摘を受け、シンは表情を隠しながら「……彼等に、強くなってもらう必要があったんだ」とだけ説明する。その言葉を不審に感じた青年は、やっとシンと目を合わせる事にした。

 前髪の合間から見える紫紺色の真剣な瞳、だがその裏では何かに困惑している様子を感じ取り――青年は「神サマともあろう奴が悩みなんて……この世界、大丈夫なのか?」とシンを挑発する。


「不吉な予感がする。だが、何故か“それしかわからない”んだ」


 ――神をも超える謎の力……。


 青年はリボルバーに銃弾を込めながら「まだ何かあるのか」と眉間を顰めた。


「俺的に、これ以上に危険な事はやめさせたいんだけど?」

「だが、ここで手を打たなければもっと危険になるかもしれない」


 シンは、今まで誰にも見せた事がないくらいの険しい表情をしながら、音も立てずに静かに立ち上がる。


「今後は何が起こるかわからない。それに備える為にも、彼等には強くなってもらう必要があるんだ……」


 まるで言い聞かせるように告げ、自分に背中を向けるシンに対し、青年は「ところで、例の会議の内容って?」と興味本位で問いかける。シンはピタリと足を止めながら、悲しそうな表情で「ある謀反を起こした同胞に対しての処置だ」と呟いた。


「とんでもない事だろうから謀反の内容までは訊かないが――そいつの処置は?」



 ◇



 慣れた手付きでリボルバーをくるくると回しながら、青年は盛大な溜息を零す。先程のシンの言葉と表情を思い出し、再び頭を悩ませていた。


 ――「神権を剥奪し、神連合から外す結果となった」


 それだけ言うと、シンはその場から忽然と姿を消す。表情から察するに、シンにとってはこの結果が苦渋だったのだろうと察した。


「シンも救世主も、揃いも揃ってお人好しだな」


 先程までシンが勝手に居座っていたソファを眺めながら、青年は静かに口を開く。


「護るって事は、同時に他の何かを傷付けるって事なんだよ」


 ――世界を護る為、身を呈して闘っているワールド・トラベラー……彼等自身が証明だ。


 金色の髪を揺らす青年は、琥珀色の瞳を細めて世界を見据える。凍て付いた夜に聳える氷山のように、酷く冷たい瞳だった。


「大切なものを見誤るな。大切なものを護る為なら――」


 そして、青年は即座にリボルバーを構え、引き金を引く。


 ――――バァンッ!


「俺は、容赦しない」





 おわり

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