第104話 特撮と取引の条件



 ――SATURDAY 5:30



 まるで特撮モノの撮影でもしているような光景が、早朝の陸橋に広がっていた。相変わらず攻撃の手を止める事のない法也に舌打ちをしながら、ノアは「まずいな……」と考え始める。


 ――今はまだ人通りが少ないが……流石にそろそろ危険だ。


「余所見してる暇……あるのかなぁッ!?」


 法也が操縦する“タイホロボ”から発する光線をかわしながら、ノアは“タイホロボ”の胴体と腕を繋ぐ接合部を狙って機関銃を放つ。ガガガガガッと激しい発砲音が響き、暫くして弾切れになってしまった事を確認すると、ノアは躊躇いなくその場に機関銃を投げ捨てた。

 特に何の変哲もない陸橋付近では、謎のロボットが飛び交い、銃撃戦が繰り広げられるという、異様すぎる光景が描かれている。


「やはりこれじゃあそう簡単に倒せないか」

「す、凄いよノアくん! 身体能力に加えて射撃の腕も凄いなんて!」

「だからお前は敵を褒めてどうする」

「ほら見て! ノアくんのおかげで腕部分が大破損! いやあ、困っちゃうね!」

「僕が言うのも変だが、嬉しそうに言うな」


 ノアが溜息を零しながら呆れていると、法也は「しょうがない、ここはとっておきを発動しちゃうしかないよね」と意気揚々と笑っている。


「ボクが作ったロボットたちはね、あの人からもらった“あるもの”をベースに使ってるんだよ。この辺と、この辺。この時代じゃあ大抵の人間は入手不可能な代物なんだけどね」

「……未来か?」

「ううん、違うよ。その逆」


 平然と述べながら、法也は“タイホロボ”に備え付けられているボタンを順序よく押した。

 上上下下左右左右。ノアは特に何とも思わなかったが、恐らくゲーム好きのカイリならばテンションが上がっていただろう。

 法也のコマンド入力に連動するように“タイホロボ”の肩部分からは謎の発射台らしきものが現れた。その形状を見て、ノアは「まさか……」と動揺の色を見せている。


「じゃじゃーん! どう? かっこいいでしょ?」

「ミサイル?」

「そう――しかも追尾機能もつけちゃったから、永遠にノアくんを追いかけちゃうよ!」


 すると法也は中央のボダンを二回押し、容赦なくミサイル発射させてしまった。自分に迫ってくるミサイルを静観しながら、ノアは以前氷華から聞いたこの世界の歴史を思い出す。


 ――科学とか軍事力では、この世界よりノアが居た世界の方が発達しているよ。少なくともこの国では戦争とか起こってないし……私が生まれるよりもっと昔にはあったんだけどね。


「まさか、お前が作ったロボットは……」

「うん、あの人に過去から持ってきてもらったんだ! その頃の戦車とか戦闘機をベースにしてるんだよ」

「そんな危険なものを使うのは止めろ!」

「あ、それは大丈夫だよ。核とかは使ってないから! 安全面に考慮して、小爆発程度に改造してあるんだ」


 聞き分けのない法也に苛立ちを見せながら、ノアはすかさずその場から走り出した。ミサイルが自分を追る以上、下手には動き回れない。

 もしも住宅街の方に行ってしまってはと考え、だらりと嫌な汗が流れた。


 ――陸見山……は駄目だ! 氷華が居る! そうなると、やはり一番安全なのはこの場で爆発させるか……ッ!


 そしてノアはミサイルを避ける為に何か利用できるものはないか周囲を見回す。やはり、利用できそうなものは“あれ”くらいしかなかった。


「さて、ノアくん――次はどうやってボクを驚かせてくれるの!?」


 期待の眼差しを向け、悠々と上空に飛び上がりながらノアの様子を眺めていた法也だったが――。


「って……あれ?」


 モニター越しに映るノアがどんどん大きくなる様子を見て、驚愕する。


「ちょっと待って、何そのでたらめな跳躍力!?」


 地上からは十メートル以上ある筈だった。それにも関わらずノアは華麗な跳躍を行い、“タイホロボ”の頭部――法也の操縦席の眼前に着地してみせたのだ。法也は興奮しながら「え、ちょっ――ワイヤーアクションとかじゃないよね!?」と声を荒げるが、ノアは「おい、そんな事を言っている暇があるのか?」と前方を指さす。

 ゆっくりと、しかし確実に、自分に迫るミサイルが視界に飛び込んだ。


「えっ、ど、どうしよう……ノアくんここから離れてよ!」

「断る」


 標的であるノアがこの場に居ては、自分も爆発に巻き込まれてしまうだろう。法也は“タイホロボ”をガタガタと操作してノアを振り落とそうと試みるのだが、残念ながらそれは叶わなかった。


 ――え、これ本当にヤバい!?


「お願いノアくん離れて! ボクまで死んじゃうッ!」

「お前……僕にヒーローになってくれとか言いながら、よく平気で殺そうとできるな」

「そ、その物言い……もしかしてボクのヒーローになる気になった!?」

「だから、どうしてそうなる……」


 ノアは法也の言動に呆れ疲れながらも、彼にとある交渉を持ち込む。


「さて、このままじゃあお前は死ぬ」

「えっ、ノアくんも一緒じゃないの?」

「何を言ってるんだ。ミサイルが着弾する瞬間に逃げるに決まっているだろ。僕の身体能力ならそれくらい造作ない」

「そ、そんなの酷いよ! ボクを置いて行くなんてッ!」

「殺そうとしたお前が言うのか」


 正論を前に遂に反論できなくなった法也は、徐々に距離を詰めるミサイルを眺めながら――諦めたように「短い人生だった……」と落胆していた。表情が豊かな奴だと少しだけ感心しながら、ノアは「助けてやろうか?」と法也に対して救いの手を差し伸べる。


「えっ、いいの?」

「ああ、但し条件がある。あの白チビに従うのはもう止めろ」

「で、でも……そうしたらもういろんなメカが作れなくなっちゃうよ」

「どっちにしても、もう作れない。このまま白チビを放置していたら世界が壊れるだろうからな」

「そ、そんな事ない! あの人はボク等だけは助けてくれるって言って――」

「お前たちだけが生きている世界、お前は本当にそれでいいのか?」

「で、でも……ボクはタイホスルンジャーが生き甲斐だし……」

「冷静に考えろ。このまま世界が滅べば、タイホスルンジャーを作っている奴等も全員死ぬぞ」


 その瞬間、法也の頭には衝撃が走った。落雷が直撃した感覚だった。そして、間髪入れずに声を荒げる。


「そ、それは無理無理無理無理! そんな世界ボクは嫌だ! 死んだ方がマシだよ! あっ、だけどタイホスルンジャーの最終回を見るまで死ねない!」


 その言葉を聞いて、ノアは勝ったと確信した。そのまま「だったら、僕に言う事があるだろう?」と不敵な笑みを浮かべる。


「た、助けて! ノアくんッ!」


 その瞬間――法也が乗っていた“タイホロボ”は激しい爆発と共に砕け散った。



 ◇



 ――SATURDAY 6:00



 カイリは巻き起こる煙によって涙目になりながら「どういう事だよ……」と口を開いた。

 京たちに逃げられてしまい、手がかりもない以上、太一たちは散り散りになって捜す他ない。しかし負傷者も数名居る今、今後の対策について考えながら少しでも休憩を取るべきだと判断した一同は、ひとまず陸橋下の河川付近にでも場所を移そうかと動いていたのだが――陸橋で突然起こった爆発に全員で声を失ってしまう。


「み、皆……大丈夫か!?」


 カイリに支えられながら歩いていた太一が呆然としながら呟くと、ソラシアは「どうにか!」と肩に付いた砂埃を払いながら答えた。刹那を背負いながら歩いていたスティールも、砂煙の中から「僕も、刹那ちゃんも大丈夫みたい」と苦笑いを浮かべる。先頭を歩いていたアキュラスは「何だ何だ、喧嘩か!?」と至極楽しそうに瓦礫の中から勢いよく姿を現し、ディアガルドは咳込みつつも「喧嘩で、こんな爆発が起こる訳……ないじゃないですか」とよろよろ立ち上がった。


 爆発した方向を見ると、陸橋の一部が無残にも破壊されている。

 もしかしたら、京による無作為な攻撃が始まったのかもしれない。

 そう危惧したカイリは、「おいおい、あれも京の仕業かよ……」と声を漏らすが、それに答えたのは意外な人物だった。


「すまない、僕の仕業だ」

「「ノア!?」」


 突然現れたノアの姿を見ながら、一同は目を点にさせる。

 そして数秒後、慌てて彼に説明を求めるのだった。




「つまり、さっきの爆発は――お前の横で気絶してる南条のロボットを爆発させたから、って事か?」


 ノアが説明した事情をカイリが纏めると、ノアは「ああ」とその場で頷く。彼の腕には気絶した法也がしっかりしがみ付いていた。説明中も終始ぶんぶんと手を振り、自分の腕にしがみ付いている法也を離そうと試みているノアだったが――どうしても離れない彼に、既に諦めているようだ。


「凄く懐かれたみたいですね、ノアくん」

「全く、いい迷惑だ」


 溜息を吐いて疲れ切った表情を見せるノアに皆は同情する。それを横目にしつつも、コホンと咳払いをしながら、ディアガルドは落ち着いて現状を纏め始めた。


「とりあえず、今の時点で闘えるのはカイリくん、アキュラス、スティール、僕くらいでしょう」

「ソラに回復してもらったから、俺も闘える」

「いいえ、太一くんは少し休んでください。同様に、彼と刹那さんを回復させ続けたソラシアさん、それに先程まで闘っていたノアくんもです」

「氷華はどうなっている?」

「氷姉たちは陸見山。ソラが防御の精霊魔法を張っておいたから下手な場所よりは安全だよ」


 太一は安心したように安堵の色を見せるが、ディアガルドは「いいえ、まだ安心できません」と口を開いた。


「先程からずっと考えていたんですよ。京相手に、どう闘うかを」


 ディアガルドの一言に、一同はごくりと唾を飲む。そのまま彼は「恐らく、勝てない事はないです」と冷静に続けた。戦略を立てる事が得意で、常に仲間内では参謀的なポジションのディアガルドからの言葉に、希望を見出した皆は明るい表情で顔を上げる。


「本当か!?」

「まず、京についてですが……彼の能力は一先ず別にして考えましょう。彼は、そこに居る刹那さんと対極とも言える存在だ」


 スティールの「確か、刹那ちゃんってシンの子供らしいよ」という補足説明に、アキュラスであってしても「あのシンの? ありえねえだろ……」と驚愕している様子だった。ソラシアも信じられないような表情で眠り続ける刹那を見つめ、カイリも目を点にしながらあまりの衝撃に言葉を失っている。


「彼女はシンの子供。つまり神の力の“一部”を持っている。そして正反対の京。彼もまた神の力の“一部”を持っていると考えるのが妥当でしょう」

「神の力の……“一部”?」


 ソラシアが復唱しながら首を傾げる様子を見ながら、ディアガルドは「ええ、“一部”です」と強調するように言い、眼鏡のフレームをくいっと上げた。


「では次に――マスターと闘った時の事を思い出してください」

「マスターって、アクの事だよな?」


 彼等が以前闘ったアクとは、シンが不完全体だった頃の半身の名だ。シンは以前、ゼンとアクという対極の存在に分かれ、争っていた。その最中、アクが強硬手段を取った際、全員で彼に立ち向かった記憶が蘇る。確か、あの時に反撃の活路を見出したのは――。


「精霊魔法、だったか」


 ノアの呟きに、ディアガルドは「その通りです」と微笑む。カイリたちも「五大精霊魔法……」と呟き、ディアガルドが考えている対抗策に気付き始めた。


「マスターはシンの半身でした。つまり、神の力の“半分”を占めています。そして、彼の力に五大精霊の力は匹敵できた。神の力の“一部”と“半分”。どちらが大きいかなんて明白ですね」

「僕等全員の力を合わせれば、京の力を越えられるって訳か……流石だね、ディア」

「あ、それに京の封印を解く為にソラたちの力が利用されたくらいだもん! きっとソラたちなら勝てるよ!」


 勝機が見えた事でソラシアがいつもの笑顔で喜ぶのだが――太一は未だに口元を押さえながら「いや……ちょっと待て」と何かに気付いたように言葉を遮る。その表情を見て、ディアガルドは「そうなんですよ、太一くん」と冷や汗を浮かべていた。


「あの時はゼンだっただろ……けど、そのゼンはもう居ない……ゼンの力を持ってるシンも居ない中……五大精霊魔法を逆に利用して、精霊の封印を解除した奴って……」

「その通りです。京に対抗する為の五大精霊魔法を一つに纏める為には……やはり氷華さんの力が必要だ」


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