第91話 一掃と闘いの幕開け


 ――THURSDAY 14:30



「今回は火事だって……」

「でも俺、放送室が爆発するの見ちゃったんだけど」

「えっ、何で放送室が爆発!?」


 正気を取り戻した陸見学園の一般生徒たちは、訳もわからず体育館へと集められ、ガヤガヤ騒ぎながら整列していく。教師たちは緊急事態の中でも生徒の安全を第一に護るべく、現状を把握する為に忙しなく走り回っていた。


「全生徒の確認を取れ!」

「先生、例の奴等が居ません!」


 三年D組の生徒が楽しそうに手を上げ、教師たちは「また魔の三年D組が……」と頭を抱えている。クラス担任の教師はどこか遠い目をしていた。


「どおおぉぉこに行ったぁぁああ! 北村太一! 水無月氷華!」


 教師は例の問題児の名を叫ぶものの、いつものように彼等が発する呑気な返事はない。代わりに別生徒からの、更なる追い打ちが返ってきた。


「先生、スティールくんとディアガルドくんも居ません」

「あいつ等までッ!」


 体育館の壁に背を預けながら、明亜と仲間たちはその光景を睨み付けるように見つめていた。


 ――一体何を仕掛ける気だ……?



 ◇



「ノアくん、中の様子はどうなっていますか?」


 ディアガルドに問われ、ノアはそっと目を閉じる。聴覚を研ぎ澄ましながら体育館内の様子を聞き分け、「教師の発言曰く、僕たち以外の全生徒は避難したようだ」と助言する。


「便利だよね、ノアくんの……あれ、何て言うんだっけ。じ、自覚、時刻……」

「地獄耳?」

「そう、それ。地獄耳」


 スティールと太一の会話に対し、ノアは「別に僕は欲しくてこの力を得た訳ではない」と不服そうな表情を浮かべる。スティールは首を傾げ、暫く何かを考え、そのまま「まあ、そういうものなのかもね」と呟いた。


「でも、使えるものは使っておかなきゃ損だよ。僕だってよくわからない内に――」

「さて、雑談してる暇はありません。行きますよ、皆さん」


 ディアガルドの呼び掛けに太一は頷き、氷華は慌てて残りのアイスを平らげる。

 そして五人は、体育館の扉を勢いよく叩いた。


 ――――バンッ!


 扉が開く音と共に太一や氷華たちの姿を確認し、教師やクラスメイトたちは安堵した溜息を漏らす。担任はまた行方知れずとなっていたら親御さんにどう説明しようかと覚悟していたが、今回は無事なようでほっと安心していた。


「お前等、一体どこに――」

「太一! 氷華!」


 この際、陸見学園の生徒ではないノアの存在は気に留めず、全生徒の無事を確認した教師陣はその場で緊急会議を開き始めた。生徒たちもガヤガヤとざわつきながら、教師の指示を緊張した面持ちで待っている。

 しかし、その時の例の五人はと言うと――こっそりと皆の目を盗みながら、体育館のステージ脇へと移動していた。


「ディア、どうせ記憶も操作する気でしょ?」


 スティールが問うと、ディアガルドは微笑みながら「ええ、少し気力が必要ですが……ここまできたら、やるしかないでしょう」と眼鏡をかけ直す。その言葉を聞いた太一は「あの人数を一人でできるのか?」と目を丸くさせていた。


「ふふっ、僕だってやる時にはやりますよ。精霊の力、舐めないでください」


 一方、何やらごそごそしている氷華に対し、ノアは「何をしているんだ?」と首を傾げる。すると氷華は「どうせ記憶消すならさ、折角だし派手にやっちゃおうよ」と笑い、スピーカの電源をいじりながら勝手にマイクテストを始めていた。


「あー、あー、マイクのテスト中でーす」

「氷華の声?」


 突如体育館に響き渡る声に、一般生徒たちは戸惑い、どよめく。一方の教師陣は「またあいつ等か!?」と口を開き、困り果てたようにガシガシと頭を掻き毟っていた。


「皆さんこんにちは。水無月氷華です。それでは心を込めて歌います。スティールが」

「え、僕?」


 その行動にスティールは唖然とした声を上げるものの、マイクを受け取ると少し乗り気の様子で「しょうがないなあ!」とどこか得意気に目を輝かせていた。


「それじゃあイントロ、ドーン!」


 氷華の声と共に、体育館には大音量で最近流行りの曲が流れる。皆の気がステージ上のスティールに集中し、彼は全員からの注目の的となった。初めは「一体何なんだ?」と首を傾げていた生徒たちも、次第にその場の雰囲気に乗り始め、ある種のライブ状態にまで発展する。


「いいぞ金髪イケメン!」

「きゃー! スティールくんかっこいい!」


 曲が終了する頃には、既に体育館内のテンションは最高潮に達していた。生徒たちは「アンコール! アンコール!」と拳を上げ、それを見計らったように太一はノアにアイコンタクトを送る。彼はすっと親指を立てながら「ドクター、準備は整ったか?」とディアガルドに合図した。


「ええ……勿論。スティールが気を逸らしてくれていたお陰で、充分に力を溜める事ができました」

「皆、ありがとーう!」


 アーティスト顔負けのパフォーマンスでスティールは叫び、謎の司会者ポジションの氷華は「アンコールはスペシャルゲストに登場してもらいましょう。続いてはこの方です」と一歩下がる。そのまま、舞台袖で魔力を集中させていたディアガルドにマイクを預けた。


「さて、皆さんには僕のとっておきをお見せしましょう」


 その言葉と共にディアガルドは静かに魔力を解放し、普段よりは若干長めの詠唱を始める。いつの間にか周囲は、強大な魔力に支配されていた。


「『雷電よ。我が契約の下、力を示せ。現実、空想、虚構、真実……全部支配しちゃってください』」


 強力な精霊魔法によって、ディアガルドの足元には巨大な魔法陣が広がり、深紫色の長い髪がふわりと靡く。自分と同じ精霊による強力な精霊魔法を前にスティールも圧倒され、太一は唖然としながらその光景を見つめていた。彼と闘った経験があるノアも「あれが……ドクターの本気」と冷や汗を流しながら呟き、氷華も逆毛をピリピリと立てながら「凄い……」と感嘆の声を漏らしている。


「スティール、名付けるなら?」

「んー、導電……雷火!」

「『じゃあそれで。さあ、皆さん。今日の事は上手く忘れて、僕に操られちゃってください! 導電雷火』!」


 刹那――激しい雷が体育館全体に降り注いだ。




「はあ、はあっ……」

「大丈夫、ディア?」

「流石に……疲れ、ました」


 肩で息をしながら倒れ込むディアガルドを見て、仲間たちは即座に駆け寄る。スティールが支え、氷華が咄嗟に体力回復の魔術を施していると、ディアガルドは力なく微笑みながら「ありがとう、ございます……」と礼を述べた。


「生徒たちは……どうですか?」

「ああ、大成功だよ」


 太一はニカッと笑いながらステージ下を指さす。ディアガルドの雷を受けた全校生徒や教師たちはふらりと起き上がると、ぼそぼそと謎の言葉を発しながら体育館を後にし始めたのだ。


「家に、帰ろう。帰らなきゃ」

「明日は休校。三連休」

「まっすぐ家に帰って、ずっと家の中に居よう」

「そうだ、そうしよう」


 まるで明亜たちの洗脳を受けた時のように、人々は虚ろな目をしながら、体育館からぞろぞろと立ち去る。それは、今回の作戦の成功を意味していた。

 そうして、四人だけの生徒を残した全員が体育館から出た後、太一は安堵したように溜息を零す。


「これで陸見学園の皆は安全だ。ディアガルドが雷で上手く洗脳してくれたからな」

「これで一安心……といきたいところだけどね」

「僕たちの闘いはこれからだ」

「ちょっと打ち切り漫画みたいな事言わないでよ、ノアくん」


 続けてスティールやノアが口走り、彼等はその場に残った四人の生徒と相対する。


「いやあ、実に見事だね。僕もびっくりしちゃったよ」


 ぱちぱちと乾いた拍手の音が響き渡る。呑気に感嘆の声を上げたのは、四人組のリーダー格である明亜だった。その他の三人――京羅、法也、司も敵意を向けるように太一たちをじっと見つめている。


「やっぱりお前たちだけは効かなかったのか」

「あんな強力な精霊魔法も効かないなんて、君たち何者だい?」


 挑戦的にスティールが訊くと、明亜は「それはこっちの台詞だよ……」と呆れた様子で溜息混じりに口を開いた。


「スティール・アントラン、ディアガルド・オラージュは精霊だろう? 氷華ちゃんはワールド・トラベラーってのみたいだけど、それって一体何なのかな? それと残りの二人も」


 太一は不貞腐れながら「俺たちオマケ扱いかよ」と呟くと、同様にオマケ扱いされたノアも「不愉快だな」と同意して眉を顰める。確かにきちんと名乗っていなかったのは自分たちにも非はあるだろうが、オマケ扱いは不服だった。


「氷華、ディアガルドはどうだ?」

「だいぶ回復した筈かな」


 ディアガルドの体力を回復させる為、それなりに強めの魔術を施した事で、氷華自身も多少の疲れを見せていた。その甲斐あってディアガルドの呼吸は大分落ち着きを取り戻したものの、未だに身体を壁に預けて辛そうな表情を浮かべている。こんな状態の仲間を闘わせる訳にはいかないと思い、太一は竹刀を強く握り直した。


「さて、俺たちの力がばれる心配も、厄介な人質も居なくなった」

「これで存分に闘える。ソラシアとアキュラス、ついでにカイリくんの居場所、教えてもらうよ」

「氷華は僕が護る」


 三人は応戦体制を取っていつでも闘える状況を作り出すと、それに応えるように京羅、法也、司もそれぞれ武器を構えるが――明亜は牽制するようにすっと手を伸ばした。太一たちに対しては余裕の態度を見せるものの、内心ではそれなりに焦っているらしい。


「困ったなあ……僕たちは早く精霊を集めて、あの計画を実行しなきゃいけないのに」


 明亜は紅色の鋭い瞳で五人を見渡す。そして、彼は仲間たちに告げた。


 ――弱っているディアガルド・オラージュが狙い目だ。


「一瞬でいい。隙を作ってくれれば、僕が堕としてみせるよ」

「はっ……誰が、野郎なんかに……堕とされるかってんですか……」


 ふらふらと立ち上がり、太一たちと共に応戦体制を取ろうとするディアガルドを見て、氷華は慌てて止めに入った。ディアガルドは「邪魔しないでください、氷華さん」と肩で呼吸をしながら訴えるが、氷華はディアガルドの前から引こうとはしない。


「ディアは休んでて。私が夢東くんと闘う」

「だけど、氷華さんの魔力も――」

「私は大丈夫だから」


 氷華は微笑み、ディアガルドと明亜に対して「ワールド・トラベラー……舐めないでよね」と呟くと、魔力を纏いながら勢いよく走り出した。それを開戦の合図にするように、明亜の方も弾丸のようなビー玉を氷華に向かって標準を定める。太一たちや明亜の仲間たちも、各々の敵に向かって足を動かし――闘いの幕は上がった。



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