番外編12 凸凹コンビの喧嘩劇①


「今日二人を呼んだのは他でもない。私からの特別任務を与えようと思ってな」

「また〜?」

「またかよ……」


 シンから呼び出された太一とスティールは、ほぼ同時に声を発した。きょとんとした顔のシンに「何だ。息ぴったりじゃないか」と告げられ、二人は「誰が」とまたしても声を揃える。苦痛と嫌悪で歪んでいるような、複雑な表情だった。そこからわかるように、二人の仲はあまり良好というものではない。

 むしろ――。


「シン、任務は受けるからメンバーを変えてくれ。こいつ以外なら誰でもいい」

「そこは同じ意見だね。僕はソラシアか氷華ちゃんだとやる気が出るかな」


 互いに悪態を吐く二人を見て溜息を零しながら、シンは「落ち着きなさい」と静かに宥める。そのまま「お前たち二人が適任なんだから、今回は我慢しなさい」と続けた。


「管理者ヴェニスの世界で時空の歪みが生じ、特異点が出現した。それを排除しろ。ちなみに特異点の形状は不明」

「管理者ヴェニスの世界っていうと……あ、サユリさんのとこ?」

「そうだ。お前たちは一度行った事がある世界だな。よってお前たち二人が適任と判断した」


 その言葉を聞いた太一は「ちょっと待て」とシンの言葉を制止する。


 確かに太一は過去に一度、管理者ヴェニスの世界に行った事がある。シンがゼンとアクに分裂した先の闘いで、神力石の欠片を求めて――氷華と共に赴いた。そこでスティールと出会い、アキュラスと再会し、死闘も繰り広げたが――それを思い出しながら、太一はシンに対して意見する。


「だったら尚更氷華と一緒でいいだろ」

「僕も太一くんと組むのは嫌だよ。それに戦闘の時だって、アキュラスとの方が連携取れるんだけど」

「まあまあ。そう喧嘩しないで、二人で行ってきなさい」


 ――――パチン


 そう言ってシンが指を鳴らした瞬間、太一とスティールの足元に巨大な魔法陣が現れる。眩い光が視界を遮り、身体と世界がぐらりと揺らいだ。


「この件はヴェニスから直接依頼された。しくじったら国際問題――と言うか世界問題になると思って、気を引き締めてかかれ」


 刹那――太一とスティールの文句と共に、二人はこの世界から消える。

 有無を言わせず二人を強制転移させたシンは、ニヤリと笑いながら「さて、この凸凹コンビがどのように任務を遂行するか……見ものだな」と楽しそうに口元を吊り上げていた。



 ◇



 背中の痛みを感じながら目を覚ました太一は、ゆっくり上体を起こし、見慣れない光景に戸惑いを浮かべた。

 過去に一度きた世界と言っても、目の前に広がる景色は記憶と全く異なる。自然豊かで広大な草原、悠然と聳える城――のような屋敷。そのイメージとは真逆の、人工的な謎の機械や大量の黒い石が置かれた個室、窓から見える景色は夜間なのだろうか、街灯一つない真っ暗闇だ。硬い床の上に座り込み、太一は「ここ……どこだ?」と首を傾げる。


「異世界じゃない? 僕等が知ってるアルモニューズ領内ではなさそうだけどね」

「って言うと、確か……トランキル王国って奴と――」

「グラーヴ帝国の方じゃないかな。この乗り物、資料の情報と似てるから」


 太一が気絶している間、スティールはこの場所について色々と調査していたらしい。

 スティールは以前、スヴェルに取り入る為や氷華へスパイ容疑をかける為――そして作戦立案するディアガルドに情報を渡す為――各国の特徴や情勢を調べていた時があった。その際、グラーヴ帝国は蒸気機関の先進国という資料を思い出し、スティールは記憶の糸を手繰り寄せながら答える。


「この乗り物、何だったかな……確かディアは上司……上司帰還――」

「もしかして、蒸気機関車か?」

「あ、多分それ。蒸気機関車って言ってたよ」


 たまに単語を言い間違えたり、意味を理解していなかったりするスティールに若干の疑問を抱きながらも、太一は「って事は、ここが機関室か」と呟く。謎の機械と思っていたが、言われてみればメーターやハンドルが確認できる。大量の黒い石と思っていたものは石炭だろう。近くに置かれたスコップを手に取り、太一は「機関士が居ないのはちょっと気になるけど」と言いながら立ち上がる。


「ここに飛ばされたって事は、近くに特異点も居るって事だ。早いところ倒して帰るぞ」

「命令しないでよ。僕だってこんな任務、一秒でも早く終わらせたいし」


 互いに文句を言い合いながら、二人は機関室の扉を開けて歩き出した。一刻も早く、この任務を終わらせる為に。



 ◇



 一刻も早く、この任務を終わらせる為――その筈だったのだが――。


「僕さ、太一くんの事が嫌いなんだ」

「……奇遇だな、俺もお前が嫌いだ」


 スティールは太一に斬りかかり、それを太一が咄嗟に受け止める。魔剣と、木刀から変形した刀が火花を散らせた。


 特異点の手がかりを求めて歩き出した二人だったが、客室の中には何故か人がひとりも居なかった。隈なく捜したが、どこかに隠れている訳でもない。荒れた客室の中、まるで人間だけが神隠しにあったように、忽然と消息を絶っていた。

 手がかりが得られず途方に暮れた二人は、そのまま――気分転換がてら、訓練と言う名の喧嘩を始めてしまっていたのだ。


「おかしいな。そう返されるとは思わなかった」

「じゃあどう返して欲しかったんだ?」

「嫌いな理由を訊いて、好かれるように努力しようとしてくるかなって」

「別に全人類に好かれようとは思ってないから。改善する気は全くないけど、まあ、嫌いな理由は気になるかな」

「嫌いな事に理由なんて要る? 何となく嫌いでいいじゃん」

「……つまり自分でも理由わからないのかよ!?」


 魔剣を握り直し、太一に連撃を繰り出したスティールは、そのまま魔術を発動する態勢に入る。即座に反応した太一は、魔術に備えようと距離を取るが――。


「『ルミエール・フレッシュ』」

「あぶなっ!」


 ――――シュンッ!


「グワアアァァアッ!」


 降り注ぐ光の矢を太一が素早くかわした瞬間、轟音が木霊した。ゴゴゴゴ、と細かい地響きすらも感じさせ、太一は驚きながら体勢を崩す。その隙を見逃さなかったスティールはそのまま太一に向かって――という訳ではなく、流石に彼も異変を感じたのか、警戒するように周囲を見回していた。


「さっきの……もしかして太一くんの悲鳴?」

「んな訳あるかッ!」

「って事は、もしかして近くに――」


 スティールがふと顔を上げた瞬間、光の矢が窓ガラスを突き破り、奇妙な黒い壁に刺さっている事に気付いた。どうしてと首を傾げながら、スティールは矢の刺さった黒い壁を見つめ直す。


「てっきり夜だから外も暗いのかと思ったけど……黒い壁? しかも少しふにふにする」

「外が壁っておかしいだろ。それってもしかして、この蒸気機関車ごと何かの中に――」

「あ、手痛くなってきた。うわっ、何これ凄く痛い」

「ま、まさか!? その壁から離れろスティール!」


 自分たちが置かれた最悪の現状に気付いた太一は、スティールに向かって叫び、刀の切っ先を壁に向かって突き刺した。その瞬間、再び耳を劈くような轟音が響き、太一は「やっぱり!」と何かに気付いたように声を上げる。


 人の居ない蒸気機関車。

 外は街灯一つもない真っ暗闇と思いきや、窓ガラスの向こうは黒い壁。

 近くには居る筈の特異点。


「ディアガルドなら一分で気付いただろうけど、俺たちは三十分以上かかったな……」

「ちょっと太一くん、どういう事?」

「つまり俺たちは、最初から特異点のすぐ側に居たんだ。正確には――特異点の腹の中に」


 時空の歪みから発生した特異点は、そのままこの蒸気機関車を根城にし、力を蓄えていった。異形の怪物を前に、人々は蒸気機関車を捨て、何処かへ避難したのだろう。そのまま特異点は成長し、最終的に根城にしていた蒸気機関車を飲み込んだ。そして、太一とスティールは、その現状を知らずに蒸気機関車の内部に飛ばされたのだ。


「つまり、この壁を突き破れば良いんだね」

「おまけに速くしないと俺たちが奴の胃液に溶かされるかもしれない」

「流石に怪物に食べられて死ぬのは嫌だなぁ。死ぬ時はソラシアの腕の中がいい」

「こんなところでお前が死ぬ訳ないだろ。馬鹿な事言ってないで、さっさとここから出る方法考えろ」

「……え、ここまできて考えるのやめちゃうとか酷くない?」


 スティールは「僕、考えるの苦手なんだけど」と続け、痛々しく爛れた手を見つめながら「じゃあ――」と口を開く。


「しょうがないけど僕がサポートしてあげるから、太一くんが頑張ってきてよ」

「え、そこはお前も一緒に頑張れよ」

「僕、怪我しちゃった〜。手、痛〜い」


 スティールが口を尖らせながら文句を言うと、太一は眉間に皺を寄せて「そこで怪我人アピールは卑怯だろ……ったく」と文句をぼやきつつ、まるで攻撃の準備をするように刀をしゅんっと振っていた。


 ――とか言いながら、僕の実力はちゃんと認めてたり、文句を言いながらも一番前で闘ったりする。


「僕、太一くんのそういうところが嫌いなんだよね」

「いや、どういうところだよ」

「さあね。それよりほら。僕が精霊魔法で打ち破る。そのまま太一くんの事を外に飛ばすから、後は何とかしてきてね」


 するとスティールは魔剣を横に倒して構え、魔力を集中させる。足元に描かれた黄緑色の魔法陣が光り始め、隣では太一も刀を変形させ、風の刀身でできた剣を構え直していた。


「『風光よ。我が契約の下、力を示せ』」

 スティールは目を見開くと同時、魔力の渦も猛威を振るう。

「『削ぎ取れ。双景辻風』! 今だ、太一くん!」

「わかってる!」


 大きな風の双刃が壁を突き破り、風穴を空ける。特異点の悲鳴と共に見えた本当の空は、綺麗な青空だった。

 スティールの風の力によって大きく跳躍した太一は外へ飛び出し、上空から特異点の全貌を知る。そのまま空中で身体を捻り、攻撃の狙いを頭部へ定めた。


「行くぜ、蛇野郎ッ!」


 落下の勢いと共に振り下ろされた風の刀身は、大蛇のような特異点の頭部を勢いよく斬り落とす。確かな手ごたえを感じた太一は着地と同時に振り返ると、激しい轟音と共に大蛇は沈んでいた。直後、徐々に光を纏いながら消え始めていく身体の中、ボロボロになった蒸気機関車が姿を現わす。


「……それで、怪我の状況は?」

「それなりに酷いけど、ソラシアに頼めば一発でしょ」


 涼しい顔をしているスティールだったが、内心では穏やかではない様子で、何処か余裕がない事を隠し切れていなかった。太一は「早く帰んなきゃな」と思いつつ、ふと思い出した事を口にする。


「一応訊くけど、自分じゃ治せないのか? ほら、氷華の回復する魔術みたいに」

「氷華ちゃんは簡単にやってる風だけどね、あれかなりコツが要るんだよ」

「って事は、魔術は氷華以下なのか?」

「太一くんってデリバリーがないよね」


 青筋を浮かべながら言うスティールに対し、太一は言葉の意味が理解できずに首を傾げる。約三十秒考え、やっとスティールの言い間違いを理解した。


「俺が言うのもなんだけど……それを言うならデリカシーだろッ!?」

「五月蝿いなあ。だから太一くんは嫌いだよ」

「はいはい、わかったよ。何とでも言ってろ、糸目野郎」

「魔術だけなら氷華ちゃんに劣るかもしれないけど、剣術なら誰にも負けないから。勿論、君にもね」

「俺だってお前にだけは負けたくない」


 そんな事を言い合いながら、結局何度も喧嘩しつつ――二人は無事に任務を終えるのだった。


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