不死身の人食い怪物(仮)

黒山 龍

第1話 僕、生まれる

 気がつくと僕は街道に立っていた。それ以前の記憶はなく、ただ使命と自身の生まれだけは把握している。世界というものは存外、自分の手駒の作成に無頓着なのだろうかと、溜息を一つ。


 全裸で街道に突如出現する成人男性など、不自然極まりない。まだ同じ全裸なら、捨て子として生み出された方が自然な登場だったろう。……幸か不幸か昼の街道だというのにまだ誰にも遭遇してはいないが、僕の生まれて初めての会話は物乞いになるのは間違いない。


 生まれたて故に言語など知らんのだけれども。


 ……まぁ、生まれてしまったものは仕方がない。気持ちを切り替えて、初めて会った人物に衣服を乞う覚悟を決めよう。……できれば、商人の馬車などいれば良いのだが。普通の旅人は着替えなど持っていないだろうし。


 と、思いを巡らせていた僕の耳に、幸運にも馬の高い嘶きと蹄と車輪の音が聞こえてくる。間違いなく馬車だ。……………が、そこでふと、僕は疑問を覚えた。


 高い嘶き? 確かそれは、生まれ持った常識によると威嚇音では?


 その直後、音の方向を眺めていた僕の視界に、街道の向こうの丘を越えてやってくる馬車が映る。そしてそれに続いて、馬に乗った男たちが駆けてくるのも。

 馬上で剣を振るい、交戦しながら馬車を追う一団の一方、しっかりとした作りの革鎧を着ている方はおそらく護衛。ならば、それと戦う獣革の鎧の一団は………商人狙いの野盗か。


 ……本来は物乞いの予定だったのになぁ。


 いきなり野盗に襲われている馬車とは。全裸の不審者として生み落とされた事といい、つくづく不運だ。


 そんな事を考える間にも、馬に鞭を入れ必死で逃げる馬車はグングンと近づいてくる。泡立つ涎を飛ばし必死で走るその姿がいよいよ間近に迫ったところで、御者の方が街道の脇に立つ僕に気づいた。


「■■■■、■■■、■■■■!」


 そう言いながら走り抜けていく馬車。悲しいかな、僕は翻訳能力は無いので黙って見送ることしかできない。その後ろに護衛の先頭。そして一旦間を置いて護衛の殿、そして野盗。


 怒涛のごとく押し寄せる集団は、道路脇の一文無しなど構っている暇がないとばかりに通り過ぎて行く。


 ……筈だったのだろうが、僕的にそれは困るので茶々を入れる。目の前を野盗の馬が駆け抜けようとするその直前。僕は街道に飛び込み、野盗の乗る馬の真正面に身を躍らせた。


 それは明らかな自殺行為故に、馬も野盗も予測できない異常事態だったのだろう。避けることもできず盛大に僕を轢いた馬は脚を縺れさせて転倒し、乗っていた野党は投げ出され、僕は馬に蹴られて街道を1、2回バウンドしたのち街道脇に墜落する。


 どう考えても僕は即死。野盗は大怪我で、馬は足を挫いただろうというその状況。だがしかし、最初に立つのは僕である。


 うまく野盗を落馬させられたのは上々だ。吹っ飛んだ先で起き上がった僕は一目散に野盗の元へと駆けより、落馬の衝撃でうずくまるその男の顔面を強かに蹴り飛ばした。その衝撃で兜の緒が切れて、野盗の脂ぎった髪が零れ落ちる。


 何が起こったのか未だに理解していない様子のその男。その頭をさらに蹴る。頭を抱えるようにして側頭部に膝を叩き込む。叩き込む。叩き込む。


 脳震盪を起こしたその男をうつ伏せに押し倒し、その後頭部に飛び乗る。


 そこまでやってようやく、僕は一息ついた。確実に頭蓋骨を砕いた感覚があったからだ。


 始末しきる前に野盗のメンツが戻ってくるのでは無いかと思い、かなり焦って攻撃していたのだが、どうも一人減った事で護衛のメンバーが優勢になったのか、こちらに流れてくる気配は無い。


 ならばと、僕は脳漿と血を垂れ流す野盗の死体から衣服と鎧を剥ぎ取って、衣服だけ身につけた。これでとりあえず全裸男から野蛮人に昇格出来た、と思いたい。で、剥ぎ取る過程でゴツいナイフを手に入れたので、早速目当てのものを頂くことにする。


 手頃な石で死体の頭を殴打し、砕いた骨の隙間からナイフをねじ込んでこじ開ければ、脳味噌とのご対面。白くてブヨブヨしたそれを僕は手早くナイフで抉り出し、大口を開けて食らいつく。


 実に脂っこい。それに生臭い。できれば加熱して食いたいのだが今は本当に時間がない。押し込むようにして脳を食い尽くし、僕はこの哀れな盗賊が培ってきた経験を奪い取る。


 周辺の地理、盗賊のやり口、そしてもちろん、言語や一般常識。その中に野盗のアジトを見つけた僕は、口元をぬぐいながら街道から外れた森の方へと歩き出した。

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