第27話 魔王の実家
吉留家の主婦レイナの前世は、息子の勇也(前世は勇者)のパーティー仲間の戦士レグルスだった。
娘の舞(これまた前世はパーティー仲間)からの電話を受け取った時、レイナは夕方からのパートの為に、台所で早めの夕飯の準備をしていた。
「ママ、ちょっと来て。変なもの捕まえた」
「変なものってなによ」
「いいからいいから。裏の空き地に来て」
レイナはエプロンを取り、外の階段で一階店舗裏の庭に降りた。
木戸を出て目の前の林を抜けると、整地途中の空き地に出た。
そこでは、セーラー服の自分の娘とよろよろの背広を着た男が、向かい合ってパラパラを踊っていた。男には見覚えがある。
「あら、ジェイルじゃないの。今は鈴木だっけ?」
「へー、鈴木っていうんだ。ふつーじゃん」
舞は踊りながら男に言った。
言葉の調子は冷めているが、ステップはキレよく軽やかに、腕は肘から上を正確な角度で振っている。
ジェイルは、舞を反転させたように手足を動かしているが、愚鈍な調子で全く気合いが感じられない。
レイナは「女子中学生の前で泣きそうになっている中年男」という光景に失笑してしまった。
「これなに? あんた達なにやっているのよ」
「見ての通り、
傀儡舞は相手を自分の動作と同じように動かす舞だ。
ちょっとした心の隙が必要なのである。
ジェイルはレイナに笑いかけようとして、ボソボソの短い無精髭の生える頬を引きつらせたが、レイナは冷ややかな視線を彼に浴びせた。
「へー、あんたこの子のパンツで操られたんだ」
「あ、相手の動きはよく見ないといけねぇし。戦いの心得だよな」
「いやらしい下心がなきゃ、戦闘でこうはならないんじゃないの? うちの娘をそんな目で見るな!」
「中身はともかく外見がJCなものだから……ミーナの姉さん、もう勘弁してくれぇ」
「あ、ママ。こいつお兄ちゃんを撃ったよ」
「なんですってー!」
レイナの髪が一瞬で逆立った──と、同時に踊っているジェイルの首を両手でガシッと締めた。
「なにしてくれんのよ、あんた! 今は私の息子なのよ!」
「ゴボガヤ○※□¥ーー!」
ジェイルは一瞬、詰まった下水管が開通した音そっくりの声を上げた。
レイナに首をガクガク揺さぶられるが、ジェイルのパラパラは止まらない。
ジェイルの四肢はガクガク痙攣した。
「その辺にしておかないと、嫌な汁漏らすかもね」
舞が踊るのをやめた。レイナも手を離した。
ジェイルは泡を吹きながら崩れ落ちた。
ゴボゴボと水中で溺れているような呼吸音も出て白目をむいている。
レイナはそんな状態の男を見下ろしながら、こともなげに言い放った。
「さっさと立ってよ。あんた、回復魔法使えるんでしょう」
ジェイルは痙攣する手を喉に当てた。回復魔法をかけているようだ。
喉はゴボゴボ音からヒイヒイと多少は空気の通りがよくなった鳴り方になったが、体はヒクついてまだ起き上がれない。
その間、レイナと舞はペチャクチャおしゃべりした。
「どこでこいつに会ったの?」
「家のそばよ。こいつ私を待ってたのよ。私のこと、三万ロクシアギニルで買ってやろうか……て言うのよ」
「ヤダァ。何しに来たの? 『ミーナの下僕』モードが発動したのかしら」
「えー。私こいつに下僕になれって言ったことないのよ。襲ってきた時、ヒールでぶすぶす穴を開けてやったら、勝手に『
やがて、ジェイルは肩と胸を上下させて大きく息をすると「死ぬかと、思った……」と、ホッとしたような声を漏らした。
「やっぱり……
ジェイルの不気味な暗い笑いを聞いて、舞は口をへの字に曲げた。
「で、何の用なの? アーティーを撃ったことを謝りにきたの?」
ジェイルは上半身を起こしたが、目の前で仁王立ちの舞とレイナから睨まれると、怯えた顔をあさっての方に向けてぶつぶつ呟いた。
「あ、あれは、アーティーの奴が、勝手に魔王をかばったんだ。俺のせいじゃねぇ。お、俺が、この俺が魔王を殺せるなんて、ちょーすげーことじゃねぇですか。ちょー張り切って、弾ぁ用意したんですよ。それを勝手にくらいやがって、勝手に苦しんで……俺のせいじゃねぇ……」
「あんたね!」
大声をあげたレイナを舞が制した。
「お兄ちゃんは無事。私もお母さんに話があるの。その前にこいつの用を聞くから、ちょっと待ってて」
ムスッと口をつぐんだレイナを、ジェイルは一瞥してから話し始めた。
「アーティーが、魔王と真島の家に行ったんですよ。あそこは、この間の事件と関連している可能性がある場所で、やばいんじゃないかって気がするんでさぁ。でかい奴が隠れている……」
「魔王……真島先輩と⁈」
驚いている舞に、レイナは慌てて尋ねた。
「え? なになに魔王って。なんか懐かしい響きなんだけど?」
「さっき話したい事って言ってたことなんだけど……まさか、あの世界に今帰る気なんじゃ……」
「な、なになにどういう事なのよ!」
「ええと、ま、まず、真島先輩が魔王マレク=レプカテボルカで……」
「へ? 第六魔王が? なんじゃそりゃ」
舞は唖然としている母親に、今日の出来事と真島から聞いた話を、自分も時々止まって思い出しながら説明した。
「じゃ、あの子、自分だけあっちに行こうとしてるって言うの?」
「私に『お前は残るよな』って言っていたからさ、そうじゃないかって。黙って子供二人いなくなったら、お父さんがかわいそうだって。どうしよう」
舞は何かを求めるような目で母親をじっと見る。
レイナは腕組みをして考え込んでいたが、ふっと顔を上げて舞と顔を合わせると、二人で家の方に歩き出した。
ジェイルも立ち上がってついていこうとしたが、舞が振り返って、
「おすわり!」
と言うと、正座に座り直し、一人ぽつんと二人を見送った。
レイナは一階の喫茶店『緑林亭』のドアの前に立った。
「ママ、まさか」
舞の呟きを背中で受けて、レイナは意を決したようにドアを引いた。
客は誰もいなかった。店主で父親の吉留
「おや。どうしたんだね、母さん。舞まで」
入り口に立っている二人に気づいて、保は声をかけた。
「あなた、ちょっと話があるの。大事な話よ」
レイナが真面目な顔で近づいてくる。
保は手を清潔なタオルで拭いてレイナを待った。
舞は急いでドアの外に「準備中」の札を下げて、鍵を閉めた。
× × × × ×
俺と真島が歩いていると、コンビニの入り口で、出てきたシャツとジーンズの安永にばったり出くわした。
「あっ、二人してどこ行くんだよ」
安永は何か悪いものを見たようなちょっと遠慮がちな声で言った。
「俺ん
真島が軽く返事をする。
「へー、今日は二人べったりなんだな。俺のデスメサ断っといてさ」
安永は明らかに不機嫌だった。真島より背が少し高いくせに、俺たちの顔を上目遣いで交互に観察している。
「悪かったよ、安永。今日は用事があったからさ」
悪いと思ったのは本当だが、俺は適当なことを言って、その場をしのごうとした。
でも安永は納得してさよならとは言わなかった。
「なんの用事だよ」
「え、なんの用事って……」
「俺に言えないことかよ」
「そういうんじゃないけど……」
俺と真島は顔を見合わせた。
安永は物怖じせず気軽に話しかけてくる奴だが、自分の気が済むまで遠慮なく聞いてくる奴でもある。
真島は安永の方に向き直って優しく言った。
「吉留は剣術に興味があって、今から道場に見学に行くところなんだよ」
「そうなんだ。真島神刀流を習おうと思っているんだ」
俺も真島に話を合わせる。
安永の顔がパッと輝いた。
「あ、じゃあ、俺にも見せてよ。俺も一度行ってみたかったんだ」
でまかせに食いついてきたぞ──俺はちょっと焦った。
「安永の用は? 買い物していたんじゃないのか」
「自分のおやつだよ。一人でデスメサやってたんだけど、どうも今日は調子悪くてさ。それに道場も前から見たかったんだけど、いつもは部活があるから。頼むよ。デスメサの参考にもなるしさ」
手を合わせて頼まれたら断るわけにもいかない。
「それなら、おいでよ」と真島が言うと、安永は嬉しそうに俺たちの後をついてきた。
安永をどうするんだよ──真島に目でそう訴える。
なんとかなるだろう──真島もそういう目配せをした。
賑やかな商店街を抜けて山手の方へ行く。
苔むした石垣に囲まれた家が並ぶ道に入った。
この辺は、俺の家のある分譲住宅地とは違って、昔ながらの木造家屋が多い。
道の奥の古くて大きい門構えのある屋敷が、真島のうちだ。
正面の門には歴史的な風情があるが、すぐ傍にカードキーを使って開けられる現代的な戸口ができている。
真島は胸ポケットからカードを出して、戸を開けた。
俺、安永と続く。
案の定、中は広かった。
門から木造の大きな屋敷までは何もなく開けているが、周りにはよく手入れされた庭木や枯山水ぽく庭石が配置された庭園、『真島神刀流』と書かれた看板がかかった道場が作られている。
この庭の何もない所だけで俺の家が二、三件建てられそうだ。
俺がキョロキョロしていると、同じように辺りを見渡していた安永がそっと耳打ちした。
「誰かが言ってたけど、裏山まで真島ん家なんだってよ」
真島は庭にいた作務衣を着た骨張った老人に「お母様は?」と尋ねた。
「お部屋の方にいらっしゃいます」
老人は会釈して丁寧に答えた。
真島が大きな玄関戸を引いて中に入り、俺たちも足を踏み入れた。
これまた広い土間と顔が映り込むほどつるつるの木の踊り場が目の前に広がった。
この玄関だけで俺の部屋よりも広い。
正面に、真島そっくりの和装の女性が立っていた。
真島の母さん、真島がヴァンパイアサイレンだといったその人だ。
その女性は右目に白い眼帯をつけていた。
それが俺がえぐった目なのだろうか。
「お帰りなさい。将道さん」
女性は柔らかな優しい声をかけたが、真島はおし黙っていた。
女性はその真島の様子に、悲しげな眼差しを向けた。
「どうしても、あちらに行かれるのですか」
「その話は黒小人から聞いたのか? 姫が待っている。行かねばならない」
真島がはっきりそう言うと、女性は廊下に正座して、揃えた両手を膝の前について軽く頭を下げた。
「お願いします。ここに留まり、魔物の王として魔物の国を作ってくださりませ。私は、ここに魔物の安息の地を作るために力を蓄えてまいりました。そして、その王にふさわしい方を私は宿した」
「俺も魔物の一員として、魔物の記憶に苦しむ者を救いたいと思っている。そのための手段の一つをここに持ってきた。この剣にかかれば、人の精気への渇望もなくなり、穏やかに人の生を全うすることができるだろう」
「これからも、この世に魔物の記憶を持つ者は生まれ続けまするぞ」
「俺は、その原因の根幹を断ちに行く。姫の計画を実行し、魔物と人が同じ場所で生活することができるようになれば、この世に生まれ落ちたとしても、苦しむことはないだろう」
真島の母さんの隻眼が、だんだんと恐ろしい気迫を帯びてきた。
「魔物の力は、この世界にも通じまする。それでこの世界を取る気はございませぬか」
真島も相手から視線を外さず、冷静に会話する。
「世界を取るのは面白いか? 暴れるのは好きだが、軍を率いてわかったことは、結構上にいると、思うように暴れられないってことだ。俺は意外と平和主義者なのかもしれない」
「な、何言っているんだ、真島は?」
安永が小声で聞いてきた。
「あとで説明する。黙っていてくれ」
俺は真島のことが気になって答えるどころじゃなかった。
「今まで育ててきたのに、裏切るなんて」
「剣術は好きでやっている。これまで家だの道場だの背負わされてきたが、世界征服まで請け負う気はない。また、そなたにそこまでさせる気もない」
「せめて私の好きにさせて」
「言ったろう。剣術は好きなんだ。真島神刀流は残してもらう」
カッと女の片目が光った。
途端に安永の体が変な痙攣をおこす。
言わんこっちゃない。ヴァンパイアサイレンの術「
俺には耐性があるが、安永はからっきしダメなようだ。
反射的に安永を平手打ちにした。安永はしりもちをついた。
真島は横に飛んで壁の一部を叩いた。
叩いた部分が外れて刀が出てくる。
それを掴んで母親に切りかかった。
母親はサッと避けると、廊下の奥に走って行く。
真島が追いかけて行った。
「いってー……」
安永が我に返った。頬っぺたとお尻をさすりながら俺を見上げる。
「ご、ごめんな。痛かったか」
「なんなんだよ、いきなり。それに、真島と真島の母さん。何かあったの? 親子ゲンカ?」
「そ、そんな感じだね……」
だから、ついてくるなって言ったのに──と言おうとして、そう言ってはいないことに気づいた、でも勝手についてきたんじゃないか。自己責任だ。
それでも、安永になんて説明しようと思っていると、外でバン!と大きな音がした。
急いで安永と外に出る。
広い庭に、真島と、刀や槍やなぎなた等の長物を構えた男たちが大勢出ていた。
真島の後ろには、割れた窓ガラスと吹っ飛んだ屋敷の引き戸の一つが転がっている。
「真島!」俺たちは真島の傍に駆け寄った。
「すまん。見失った」
真島が男たちとにらみ合いながら俺に言った。
俺も背負っていた袋から白く輝く刀を出した。
男たちの中には妙な気配を持った者もいる。あのグール男のような。
俺は魔法「ライブル」で男たちの正体をうかがった。
「
「幹部クラスの者が集められている。俺が峰うちで無力化するから、そいつらをその刀で正気に戻してやってくれ。手がかかるが、頼む」
「わかった」
俺と真島は覚悟してそれぞれ構えたが、事情のわからない安永は俺の横でおろおろしている。
「なんなんだよ。親子ゲンカじゃなくて、何かの謀反なのか?」
俺はめんどくさくなった。
「安永、よく聞いてくれ」
「な、なんなんだよ、吉留」
「俺は元勇者。真島は魔王なんだ。俺たちは異世界転生してきた。異世界での戦いがここでも続いている。だからついてきてほしくなかったんだ。こうなったら、何としてでもここをしのいで生き延びてくれ」
「ええ? なに? どっちがどっちだって? 俺たち異世界転移したの? いつの間に? 和風の世界に転移したの?」
安永は頭を抱えてパニクっている。
俺はどうでもよくなった。
「そうだ、転移してきたんだ! いつだって転移はいきなり起こるだろ?」
「え、じゃあ、女神は? 俺の武器は? スキルは?」
真島が自分の刀の鞘を投げてよこした。
受け取った安永は「えー……」とガッカリする。
俺は安永の腰を叩いた。
「早く構えろ。武器は相手から奪い取れ。スキルは戦いながら確認しろ。デスメサだって、最初は戦いながらボタン操作覚えただろう!」
「えー! でも、説明はアリサ姫がしてくれたよう」
「わがまま言うなー!」
俺たちを囲んでいた男たちが動き出した。
真島が率先して飛び込んでいく。
意外とかん高い安永の悲鳴があがった。
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