第19話 戦闘舞踊

 俺は真剣を構えて部屋の中央で真島と向かい合った。フェアリーズから渡された刀は1メートルほど。真島との間合いはその裕に二倍はあって、飛び込んで切り結ぶにはまだ遠すぎる。


 俺は真島の目を見ながら、左右に体を揺らし、すり足で少しずつにじり寄った。真島も唇をかみしめながら俺を睨み、真剣の切っ先を俺の体の中心に合わせながらじっと構えている。


 影のようなぼんやりした小人どもが審判員のように部屋の四隅に何匹か立っており、これまで号令をかけていた一番はっきりした小人は、玉座の上で背中で手を組んで起立し、俺たちを大きな目で観賞している。


 だが、周りからはそれ以上の注視を感じる。頭上から、背中から、左右そして地の底から──全方位から刺すような鋭い視線をあびている。殺気と好奇心の氷の槍で容赦なく中央へ押しやられる。


 緊張した真島の目には小さな闘志の炎の揺らめきと共に困惑と諦念と憐憫の情が浮かんでいる。自分が背にしている人間ではなく、これから戦う相手に温もりを感じるとは。闘技場の歓声に囲まれた剣奴もこんな気持ちだったのだろうか。


 目の前の相手に同情し親近感を覚えながら観客の期待に応えて首を切る非情な見世物たたかい。これはそうなってはならない。真島を傷つけずに更なる高みへ覚醒させる衝撃きっかけを与えなければならないのだ。


 自分で言い出しておきながら実に無謀だ。見物人は苛立ちが募り、不満たらたらの怒号を吐き散らして見世物はになるかも──そうなったらこの部屋はどんな事になるのか、想像もつかない。


 救いは真島も俺を傷つけたくないと思っていることだが、俺が良かれと出す技に気が変わるかもしれない、命の危険を感じたり野次に煽られたりして──舞から以前聞いたストーカーを打ち据えた真島の話が頭を過ぎる。いや、真島は優しいやつなんだ。信じるんだ、魔王に覚醒するまでは。


 俺はスナップを効かせて前後左右に体を揺らしながら間合いを詰めていった。真島はあまり動かないが、足元は軽く、どんな動きにも重心を素早く移動させて対応できそうだ。それに真島の方が背が高いのだから、リーチも長く力も強いはず。

 どうやって懐に入って一撃を加えるか──と考えて、慌てて首を振る。どうやってしたらいいのか、だ。


 隙がないか、相手の目の奥を観察する。真島も俺をじっと伺っている。小人たちは黙っているが、プレッシャーをひしひしと感じる。今の俺がどのくらい相手に通じるのかも調べなければならない。自分自身にもふつふつと熱のようなものが沸き立つ。昔の熱が、ずっと灰に隠れていた火種が、剣闘の空気に触れて焔に蘇っていく気がした。


 その熱を一気に爆発させたように前に跳んだ。剣先が触れる。銀光と火花が散って弾かれる。弾き弾かれ銀の閃光を煌めかせながら踏み込む。が、押し返され、その勢いで回転、遠心力を乗せて横から一撃。真島も刀を寝かせて受け止め押し返す。とっさに体を沈めて懐へ、喉を狙って突く。


 しまった、ってしまった!と思った……が、真島は半身を引いてかわし、下げた刀で斬りあげる。俺もギリギリでかわして距離をとった。


 真島の顔に狂気を目の当たりにした緊張感が出ている。真島もつい手が出てしまって焦ったに違いない。


「吉留、降参してくれないか?」

 真島が中段に構え直し、額に汗を浮かべながら言った。

「心から参ったと思わないといけないんだろ?」

 俺も構えながらちらりと玉座を見た。玉座の小人が軽く頷く。


「無理だよ。俺、絶対思わないよ」

「なぜ?」

「なぜって、俺がマ◯△に『負けた』なんて思うわけない。思うわけにいかないんだよ」

「だから『マ』て何だよ。ちゃんとした言葉なんだろうな⁈」

「マ◯△はマ◯△だよ! 放送禁止用語なんかじゃないぞ。俺はマ◯△に聞きたい事があった。お前はマ◯△になってもらわないと、俺にとってこの戦いは意味が半減するんだよ」


 勇者が魔王に屈してたまるか。

 それに、真島を魔王に覚醒させると決心した時、気づいたのだ。真島が魔王になれば、俺が知りたい事を知るチャンスなんだという事に。


「余計なことは喋るな」玉座の小人が恫喝した。

「わかっている!」

「今やってるだろう!」

 二人同時に叫びながら柄を握り直した。


 俺はベルトから鞘を抜いて二刀流のように構えた。やはり真島の方がパワーが上だ。パワー差はスピードと手数で補わなくては。

 二、三回呼吸を整え、闘志の炎が小さくならないうちに「行くぞ!」と再び向かった。


 真島の重い振りを鞘と刀で交互にいなして間合いに踏み込もうとするが、なかなか入れない。さっきの様に近づいたら無事には済ませられないと真島も必死になっている。

 鋭い振りで鞘が真っ二つに切られた。


「くそっ」

 強引に突っ込む。勿論払われる。そのまま横をすり抜けて壁まで走る。


「吉留!」

 壁を駆け上がって振り返ってジャンプ、真島へ真空刃連投。

 上方からいくつも投げられる風の刃を真島は正確に斬りはらう。

 飛ぶ刃に続いて自分も飛び込む。

 斜め上段からの渾身の斬撃を真島は体を開いてかわしながら、腹部に突きを入れてきた。

 寸でのところで避けて離れる。


「お前、デスメサの『エアスラッシュ』が出せるのか?」

 さすがに息を切らしながら真島が聞いてきた。


「そんなもんだ。やっぱカタカナの方が技名はかっこいいかな。でも、まだまだ百万トンにはほど遠いからな。まだギアを上げていくぞ」


 俺も息が乱れていたが、待つのが嫌いなので再び剣をたてて行く。

 真島が上段に構えて素早く振り下ろした。

か⁉」

 体の横を風の刃が通って行った。ギュンと後から耳元で音が唸る。

「くそ。記憶ないのに真空刃出すな!」

 悪態をつきながら次が来る前に仕掛ける。


 四隅の小人たちがざわつき始めた。

「今のはサムライの技ですかな? 審議しましょうか」

「相手は猿飛佐助みたいなものだからいいとして、あの忍術のような技を真島真刀流の形に入れるのはどうだろう……」

「技にサムライも忍術もあるか! この!」

 真島にかわされたついでにざわつく小人の群れにも切りかかった。きゃあきゃあと金切り声を上げながら四散していく。


 急に後ろから固い帯のようなものが首に巻き付き、引き倒された。息ができない。巻きついた部分を必死に掴んで熱い息の通り道を確保する。玉座の小人が、突き出した右手の先から長い鎖を出して俺を睨んでいる。


「ここは我々に支配された空間だということを忘れるな。中央に戻れ」

「い、勢いで、真島殺したら、どうしてくれるん、だよ。離せ」

「その刀はお前が持ってきたものだ。中央に戻れ」


「吉留を離せ」

 真島が鎖を切ろうと振り上げた。が、連なった鎖から別の黒い帯がのびて刀を持つ真島の両手をがんじがらめにした。


「おかげで技が増えたではないか。強くなれるぞ、君は」


 玉座の小人は目を細めてほくそ笑んだ。真島も切れ長の目で睨む。


「お前たちはなかなか面白いな。互いを思いやりつつ、剣撃では一歩も譲らない。気の強い子供たちだ。さあ、まだ余力があるだろう。中央に戻れ」


 俺は真ん中まで引きずられて解放された。ゲホゲホせき込みながらゆっくり立ち上がる。


「吉留、いい加減降参しろよ。殺しちゃうだろうが」

 真島が泣きそうな声を出した。

「うるさい。とりあえず百万トン出すまで、絶対降参なんて思わない。自信あるな。とりあえず俺の斬撃受けろ」

「無茶な。いっそ外に出てトラック持って来いよ」

「そっちが無茶だよ。トラック百万トンなんて何台持ってきたらいいんだか……父さんのトライアンフじゃ軽すぎるだろうし……」

「もう普通に交通事故だよ。何がなんだかわからない」

「何を喋っているんだ。続けろ」

 小人が冷たく言い放つ。睨みつけるが、心の中では迷っていた。このまま続けるか、真島を本当に魔王にする事ができるのか、どうすればいい……。


 来た……来た……


 今まで黙っていたフェアリーズが囁き始めた。


 耳をすませて……準備をして……


「この地に眠りし尊き神々よ! 今より我が舞を奉納いたしまする!」


 舞の声だ。

 この部屋の外、どこかで舞の張り上げる声が、この広い玉座の空間に響き渡った。


「異国の舞なれど、御前に届いたあかつきには、我が願いを叶えたまえ。我らが戦士に祝福を与えたまえ!」


 玉座の小人がシブい顔をした。真島も驚いてあたりをキョロキョロ見回している。


「永劫の眠りにひとときの快楽を。戦闘舞踊『戦場の地鳴りララパルーザ』!」


 ダダン!と力強くふみ鳴らす足音と軽やかなステップがリズミカルに聞こえ始めた。

 フェアリーズ達が歌い出した。


 地を踏みならせ、太鼓のように、

 弓弦も鳴らして魂を清めよ、

 地龍よ応えよ、うず高く舞い上がれ!

 清らかな戦士に力を与えたまえ!


 戦闘舞踊は戦う味方に様々な効果を付与する舞だ。土着神からの守護を呼ぶ振り付けやリズムとともに、攻撃力、体力、気力、魔法力などの向上させる舞も組み合わせてより効果を強めるのだ。

 実際『情熱のコンパス』に使われた手拍子も聞こえてくる。水神、雷神に捧げる舞踊もある。

 多少時間がかかるが、外に邪魔するものがいなければ大丈夫だろう。

 問題は、異世界の舞がこの世界の土着神に通じるかどうかだ。


  地龍よ応えよ、うず高く舞い上がれ!

 舞い手の祈りを叶えたまえ!


 フェアリーズ達が歌い続ける。

 ダダン、ダダンと舞が神に呼びかけるように地面を踏み揺らす振動が部屋を揺らし、様々なリズムを刻むステップと手拍子クラッピングが体に染み通り、布の擦れるサラサラという微かな鈴音が時折小耳をくすぐっていく。


 首を絞められた痛みがすっと溶けてなくなっていった。

 剣撃で響いた腕の痺れも消えて、体がどんどん軽くなっていった。


「真島、もう一回やるぞ!」

「もう一回? まだやるのか」


 返事は呆れていたが、顔には明らかに気力が溢れていた。

 俺たちはもう一度剣を構え、組み合った。


 羽のように軽い刀身が交差するたびに鉄琴のような清音が空間を震わせ、白銀の閃光を振りまく。

 離れても彗星のように部屋を駆けめぐれる。飛蝗のように高く飛べる。


 空中でも斬り合った。

 すれ違い様に真空刃を放つ。真島の真空刃とかち合った。

 充分に俺の聖属性の魔力を乗せた真空刃は、真島の真空刃を呑み込み、渦を巻いて部屋を春風のごとく柔らかく吹きまわった。


 壁のタペストリーがたなびき、壁面を叩いた。

 堅そうだった床や石壁に亀裂が光り、細かく這っていく。


「これ以上はいかんな」

 玉座の小人が腕を振り上げた。


 真島が風よりも速く玉座へ走った。抜き身も見せず──抜刀、斬撃、納刀までが速すぎて見えないのだ──小人を真っ二つにする。

 上下に分かれた小人が指から鎖を出しかけた姿で硬直する。

 俺がそれを真空刃で切り刻んでやった。


 床の真ん中が黒い光を放ち始めた。

 そのうんと下、深い地の底からくぐもった声──声というより音階を変えて言葉に聞こえるようにした低い音調の笛に近い音が足元に伝わってきた。


 演舞、剣舞、共ニ苦シュウナイ。返杯ヲ受ケ取ルガヨイ……


 部屋が大きく揺れ、下から何か大きなものの咆哮が地鳴りとなって空気まで圧迫し震えさせた。

 俺たちは部屋の隅によって床の真ん中を見守った。床の黒い光が大きな山に盛り上がり、それを突き破って太い一条の螺鈿の光が螺旋を描きながら轟音とともに湧き上がった。天井も突き破り、下から上へとめどなく上っていく。


 俺はその光に持っていた刀を差しいれた。

 刀から温かい力が伝わってきた。姫が持っていた聖属性の力に似ている。俺にとっては懐かしいその力は、俺が転生してほとんど失った自分の魔法力とも相性よく体の芯で融合して、触媒のように俺の力を以前のごとく大きくあふれさせた。


 刀を光から抜いた。刀身が光で磨かれ、表面から煌めく小さな星をはじき出している。

 後ろで見ていた真島の方を向いて、刀を両手で斜め上段に構えた。


「真島。これからが、百万トンの衝撃だぜ」


 真島が細い目を見開いて戸惑う顔を俺に向けた。返事は待たなかった。


 新しく溢れた力を刀に込めて、真島を覆っている見えない殻を切るように、思いっきり振り下ろした。

 真島は手を上げて顔をかばったが、刀から溢れた光が真島を両断した。


 自分でも何を切ったのかはわからない。切った真島の身から青黒い燐光が放たれ、部屋の中央に立つ螺鈿の柱に吸い込まれて螺旋に巻かれた。

 美しく七色に輝いていた柱が黒っぽくなり、輝きを失った。同時にごうごうと嵐のような音を発して部屋のタペストリーや玉座、壁の石すらも柱に引きよせ始めた。


 伸ばされて飴状になった物体は、次々と柱に吸い込まれ練りこまれていく。すでに真島がどこにいるのかもわからない。吸い込まれないように刀を下に刺して足を踏ん張ったつもりだったが、本当に踏ん張って留まっているのかもわからない。床もなくなり上下が判別できなくなってきたからだ。竜巻の中に放り込まれたようだった。俺も柱に練りこまれてしまったのかもしれない。


 轟音や気圧の変化で痛む耳元で小人らしい奴の囁きが聞こえた。

「要素をまとめる核が変質したのなら、その化学反応は要素にも伝わり、再構成される。とびきりのマニアが集まるぞ。ヒヒヒヒ……」

 笑い声は耳奥の骨にざらりとした触覚を残して消えた。


 俺もこの小人のように消えてしまうんじゃないかという恐怖に襲われ、ただひたすら刀を握りしめて耐えた。


 刀も細かく振動していたが温かかった。何も見えない中、ぼんやりと灯篭のように発光しているようにも見えたが、視覚が正常であるかの確証がないので、温もりをそう感じただけなのかもしれない。ただ刀を握りしめていた自分の手の力と伝わるぬくもりと振動、湧き上がる恐怖で自分の存在を確定していた。


 刀の振動が、やがてりんりんと鳴る鈴のように聞こえてきた。恐ろしい雑音のなかでもはっきりと聞こえる。鈴音は先ほどの地の底の笛のように高くなったり低くなったりして、心地よい一定のリズムを奏でていた。


 やがて何か祈っているような声に聞こえてきた。姫の声だ──と思った。

 会いたいなぁ、今度別の世界ででも会えたら、真島の話をしてやろう。

「その男はあなたに夢中になるでしょう。なぜなら、その男はバストに目がないからです」

 姫は、まあ……としばらく絶句して「その方、お話しする時には私の目を見てくださるのかしら」とあきれたように言うだろう。


 ざまあみろ、イケメン。お前が姫に会った時にはどんなに見栄えが良くったって軽蔑の眼差しで見られるんだ、一瞬でも。周りからいつものように「アーティー、そんな話を聞かせて」と怒鳴られるだろうけれど。いいんだ、姫だってこのくらいの話なら面白がってくれる。本当に姫を傷つけることは言わない──言っていないつもりだが。言ったかな? 俺ならいくらでもぶっ飛ばされていいんだが。姫だけはいかん。姫を傷つける奴は許さん。「姫」だし。俺に力を与えてくれた大事な姫なんだし……。


「アーティー!」


 ほら、また怒鳴る声が聞こえる。俺、城の作法なんて知らないって。


「アーティー! どこ⁉」


 ミーナか。ミーナの声だ。俺、また何かやったっけ?


「アーティー、どこ? 一人ではこれ以上舞えない。色んなものが集まってきた。どこにいるの? 返事をして!」


 そうだった! 妄想している場合ではなかった。


 はっと目を見開いても周囲は暗闇で何も見えなかったが、恐怖は治まっていた。轟音もなくなり、静まりかえっている。

 声は抱きしめている刀身から聞こえてきたようだった。刀は相変わらず腕の中で振動していて、その振動で俺を引っ張りながらどこかに移動しているように感じた。


「アーティー、どこにいるの!」


 またミーナが俺を呼んでいる。舞の声で。


「無事だ。でも構わない方がいい。何が起こっているのかわからない。逃げろ!」


 俺も叫んだ。声が届いているかはわからないが、喉に腹に声が響く。声帯は震えているのだ。


 ふと思いたって、刀の柄を両手で握りなおしてみた。

 刀は白く光り震えながら七色の小さな星をまき散らしている。俺自身は柄にふわふわとぶら下がっているようにも感じたが、大きく振り上げると、きれいに上段の構えをとることができた。

 そして、まっすぐ振り下ろした。

 目の前の闇が縦に二つに割れて、真っ白い光があふれ、俺を包んでいった。

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