第677話 雨妹の問い

「お互いに傷を負って別れることになる前に、全てを語り合ってみませんか? なにかが始まるとすれば、そこからではないでしょうか?」


雨妹ユイメイが努めて穏やかに述べるのに、イェン姉妹はしかし悩むように俯く。けれどもう、黙してやり過ごすのは無理な時になっているのだ。


「燕淑妃」

「……なにかしら?」


雨妹が名を呼ぶと、燕淑妃がうつむいたまま様子を窺っている。


「あなたには、皇帝陛下に託した望みがあるのではないですか?」


そして雨妹のこの問いかけに、燕淑妃が「ひゅっ」と息を飲んで目を見開く。


「それは」

「なんですって!? 妹妹メイメイ、どういうことなのか!?」


喘ぐように口をハクハクとさせるものの、言葉がそれ以上続かない燕淑妃を、燕女史が問い詰めようとする。


「燕女史、お待ちください」


だがそれを雨妹は止める。


「まずは一通り燕淑妃の話を聞きませんか? こういう時に急いてはいけません」


雨妹の言葉で、燕女史が問い質したい表情を引っ込めた。どうやら喧嘩になるのは拙いという冷静さは戻って来たようだ。

 それから改めて燕淑妃に向き直れば、こちらは顔色を悪くしている。


「どうして?」


この呟きに、雨妹はニコリと微笑んで答えた。


「あなたが会話で漏らしたわけでも、誰かが私に囁いたわけでもありません。私が想像して、出した結論です」


これを聞いて、燕淑妃は誰かが密告したわけではないと知り、ひとまずホッと安堵の息を吐いていた。けれど「何故」という疑問は当然消えないわけで、それに応じようと雨妹はさらに述べる。


「皇帝陛下は平等なお方ですもの。四夫人の意見もまた、平等に受け入れようとなさったのではありませんか?」


雨妹はこの場では立彬リビンの耳を憚って婉曲な表現にしたが、燕姉妹の脳裏には貴妃の存在が過ぎったことだろう。以前にも雨妹は考えたが、やはり父は伊貴妃の「石細工の職人をしたい」という望みを叶えたならば、他の四夫人の望みも聞いたと思うのだ。


「……」


この雨妹の考えを聞かされた燕淑妃は唇を噛み締めているものの、その表情は否定していない。

 あの父も好みの問題で多少の贔屓はあるだろうが、それでも自分から妃嬪への贈り物で、均衡を崩すような真似はするまい。そうでなければ、今一番のお気に入りであるワン美人の屋敷は、贈り物で埋まっていないといけなくなるからだ。


 ――陰ではコソコソしているかもしれないけれどね。


 それでも大きな贈り物やらについては、釣り合いを計ってきたのだろう。それが何故雨妹にわかるのかというと、それぞれの宮から出るそうした関連のごみに偏りがないからである。雨妹たち一般の掃除係は宮内部に入れないとしても、宮から出されたごみを処分するのは雨妹たちである。そのごみをみれば、宮がどの程度の生活をしているかがよくわかるのだ。

 しばらくして、燕淑妃が深く息を吐く。


「雨妹、百花宮に来てまだ一年と少ししか経っていないあなたなのに、わたくしよりも皇帝陛下を知っているようなのは、どうしてかしら?」


顔を上げて意味ありげに見つめてくる燕淑妃を、しかし雨妹は真っ直ぐに見返す。


「さあ、どうしてでしょうか? 恐れ多いことですが、私と皇帝陛下とは思考の仕方が似ているのかもしれませんね」


それからしばし、雨妹と燕淑妃で視線をぶつけあっていたのだが。


「ふぅ、口であなたに勝てるはずもないわね――何処から話そうかしら、あなたにはまず燕家について話すべきよね」


燕淑妃は力なくそう言うと再び椅子に力なく身体を沈め、昔語りを始めた。


「わたくしの家が属するのは、燕家の中でも融和寄りの中立派です。古くから領地に根付く道士たちと近しく、一族内からも多く道士が出ていました。姐姐ジェジェも道士の位を持つ一人で、今でも修行を続けていて優秀なのですよ?」


燕女史の話に、一同は黙して耳を傾けている。


「そう、姐姐は昔からなんだって出来ましたし、わたくしだけではなく皆の自慢であり、憧れであり、目標でありました。それに比べてわたくしは昔から愚鈍で、賢くもない、ただ見た目の良いだけの女です」


そして燕淑妃がクスリ、と思い出して笑いを漏らす。


「雨妹、あなたが初めてでしたよ。わたくしをただ美しいではなく、幸運の主だと褒めたのは。尊敬する道士方ですら、『美しさを誇れ』としか仰らなかった」

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