第557話 四夫人たち

「そうなると、皇后の次に身分が高いのは、四夫人方ですよね? その四夫人の筆頭の貴妃様が、太子殿下のご生母でいらっしゃると聞いています」


しかし雨妹ユイメイはこの貴妃という人について、あまり噂を聞いたことがないし、太子の口から語られたこともないように思う。というか、皇帝の四夫人で実際に見知っているのは黄徳妃だけであり、他はどの家の人なのかも知らない。

 いや、下っ端宮女ならそもそも四夫人なんていう人を見知る機会なんてほぼないものなので、雨妹は知識豊富な方である。


 ――けどだいたい皇帝のお妃様とは、関りが薄いんだよねぇ。


 「う~ん」と首を捻る雨妹に、またもや立彬リビンの解説が入る。


イー貴妃は表舞台を厭われる方であってな。このような世情であっても積極的に動くことはないだろう」


なるほど、太子の母君は引きこもりのお妃様であるらしい。


 ――それか、太子を産んだのだからもうお役は御免だと、当人が思っているかだよね。


 権力欲が薄い人なのであれば、引きこもって好きなことをして暮らすのも、妃としての道である。あの父がそうした生き方を厭うとも思えず、「好きにしろ」と言いそうだ。


「ってことは……そうなると権力者の座は四夫人次席の、淑妃に移るんですかね?」

「そういうことだ」


雨妹がたどり着いた答えに、立彬が「正解だ」と大きく頷く。


「けど淑妃かぁ。私、正直印象がないです」


この雨妹の正直な感想に、立彬がまたまた頷く。


「そうだろう、これまで空気のように存在されておられたからな」

「空気、ですか」


四夫人次席がそれでいいのだろうか? と不思議に思える雨妹に、立彬が語る。


「皇后は大抵が時の絶対権力者が送り込むことになる。皇太后と今の皇后陛下がそうであるようにな。一方で貴妃は太子を輩出する家がなり、徳妃は政治的観点で放置できない家から選ばれがちで、現在その座を占めるのはホァン家であるな」

「ふむふむ」

「その間にある淑妃は、その他の貴族家への配慮や均衡を保つために選ばれるのだ」

「ほう!」


雨妹は今更に知る四夫人の立場に、感心の声を上げた。

 太子の場合で言えば、江貴妃が筆頭で皇后の最有力候補であり、徳妃は同じく黄家。そして淑妃は皇太后派である恩家であった。賢妃は誰だか知らないが、上位三人は確かに派閥がバラバラである。しかも家の力が強い順というわけでもないのが、また興味深い。太子はまだ皇后を選べないので、将来の状況変化によってはどこからか別に皇后としてねじ込まれることもあり得るだろう。だがその場合でも、四夫人の面子は固いわけだ。


 ――なるほど、考えられているんだなぁ。


 情勢がどう動いても配慮できるようになっているのだから、これもこれまでの歴史の積み重ねから考えられた知恵なのだろう。

 では、皇帝の淑妃はどうなっているかというと。


イェン淑妃は皇太后派ではなく、かといって皇帝陛下にお味方するでもない、中立を保っていた家柄だ」

「中立かぁ」


雨妹は顔をしらない燕淑妃について想像してみる。

 中立というのは案外難しくて、場合によっては日和見だとか、「所詮強い方におもねるだけ」との誹りを受けることになってしまう。けれども御家の存続の一点を重要視するならば、有効な手段であるだろう。

 つまり、燕家はどのように世情が動いても今の立ち位置を保っていられる地盤がある、という自信があるわけだ。武力も口も上手い家なのかもしれない。


 ――けど、誰にも寄りかからずに存在できる家って、裏切るのもあっさりできるっていうことなんだよね。


 それこそ華流ドラマでのあるあるな設定だ。味方にするのも敵に回すのも気を遣うことになるわけで、ややこしいからこそ近くで監視しておきたい。それゆえ手綱をつけるための淑妃ということか。


「改めて四夫人の人間模様って、奥深くてドロドロしていそうです」


雨妹が訳知り顔で深く頷くと。


「その感想で概ね合っているが、そこに至る思考が気になるところだな」


立彬から呆れと疑いを混ぜたような顔で眺められた。


「なので雨妹、妙なことに巻き込まれたくなければ、燕淑妃の宮に近付くな」


立彬の忠告に、雨妹は大いに胸を張った。


「了解です、私も好き好んでそんな所に突っ込みませんってば!」


大威張りでそんな約束を口にした雨妹を、しかし立彬はとても怪しむ目で見ているのだった。

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