第542話 思い込みが剥がれていく
「今のままでは、そう言わざるをえませんね。
それに、人は己が生きやすい場所を選びながら暮らすものなのですよ? 病んで自らの身体を傷付けようとしてまで、その場にとどまる必要なんてありません。
こちらの
だがこれに、ジャヤンタが不思議そうな顔になる。
『……? 王宮で暮らせばいいだろう?』
どうやらジャヤンタは、崔の皇族事情について深く知らないようだ。
彼は太子と面会したことがあるはずなので、その太子の事情が全ての皇族に適用されると考えていたのだろうか?
もしくは、商人連合がジャヤンタの逃げ道を塞ぐために、あえて情報を与えなかったのかもしれない。
「宮城に留まって暮らすことが許されるのは皇帝陛下と、次期皇帝たる太子殿下のみ。
他の皇子も公主も、他で住まい生きていく道を自ら探さなければならないのです」
友仁自ら語るのに、ジャヤンタが目を見張っているところへ、
「母君の御家に力があれば、外へ出された殿下方を助けてくださる。
ですが力ない御家であれば、皇族といえども路頭に迷うことになるでしょう。
実際、過去にそうした実例があるのです」
皇族でも路頭に迷うという話が衝撃であったのは、ジャヤンタのみではなかった。
リフィが微かに顔を強張らせ、雨妹をちらりと見ている。
雨妹のような青い目という皇族の証が庶民に紛れているという事実がどういうことか、今になって気付いたのだろう。
考えるまでもなく、皇帝が広大な後宮で多くの妃を住まわせていても、そこで生まれる皇族を子々孫々に至るまで養うような予算が、宮城にあるわけがない。
皇族の子孫を養うのは、その子孫の筆頭にある皇族自身なのだ。
そして青い目持ちが庶民に多くいるのは、皇族が身を立てられずに庶民となって生きることが昔から普通にあった、ということに他ならないのだから。
――なのに、青い目持ちに「友仁皇子を妬むだろう」とか言うのは、馬鹿げているんだよね。
何故って、友仁が太子ならばともかく、これから皇族として独立する友仁が庶民落ちする未来がないとも限らない。
そして生まれながらに庶民である皇族の子孫は、皇族の庶民落ちがいかにありふれた未来であるかを知っている。
なので彼らが友仁に対して抱く感情は「せいぜいがんばれ」という程度なのだ。
むしろ彼らが文句を言いたい相手は、甲斐性がなかったご先祖様である。
それに、他人の選択に身をゆだねて生きてきたのは、リフィとて同様だろう。
今のジャヤンタの話が、まるごと自分にも当てはまるのだと、果たして気付いているだろうか?
「世の中は広くて、色々な生き方があるものなんですよ?
ジャヤンタ様は、色々な人をその目で見た方がいいでしょうね。
目に映す世間が狭いから、そうやって自分を追い詰めるのです」
雨妹がそう言いながらリフィにも目を向けると、あちらはギクリと肩を微かに跳ねさせた。
「リフィさんもですよ?
まずは、狭い人間関係の中でしか生きられなかった頃の束縛を、自ら引きずるのをやめましょう」
雨妹はジャヤンタとリフィを交互に見て、ニコリと微笑む。
「お二人とも、色々な人を好きになってみてください。
国やら親やらに決められた婚約者ではなく、自分で『良い人だな』と思う相手を見つけるのです。
それが友愛でも、恋愛でも、きっとあなた方の人生を広げてくれます。
そして好きなだけではなく、嫌いな人も見付けましょう」
「嫌いな人も?」
その言葉を変に思ったらしい友仁が問うのに、雨妹は頷く。
「誰かを好きだ、嫌いだって言えるのは、会話できるその誰かが存在するからなんです。
独りぼっちなら、好きも嫌いもないでしょう?
生きていて、会話をするだけで誰かを助けている。
生きているだけで誰しもが尊いんですよ……と、昔知り合った旅のお方が仰っていたのです」
話していて立勇の渋い顔が見えた雨妹は、最後を唐突に言い繕う。
「雨妹さん、良い事言った人を知っているね!」
宇は雨妹を助けるつもりなのか、そう言って手を叩いた。
「それに安心しなよ、人とはいつか必ず死ぬから。
わざわざ死のうとしなくても、永遠の命を得た神仙でもなければ、誰もがちゃんと死ねるって!」
そして身も蓋もないが、これ以上ない真理を述べる。
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