第534話 美味しいお茶は幸せの味
そんな思惑を含んだお茶会で、
リフィというお茶の達人の前でお茶を淹れ、しかも皇子である
――でもでも、
自分はやればできるはずだ、と雨妹は鼻息荒く茶器へと向き合う。
それにお茶のなんたるかも知らないままに太子にお茶を淹れた去年に比べれば、このくらいの緊張は可愛いものだ。
「端々の雑さが完全に消えることはないだろうが、せめて客に緊張感が伝わらないようにしろ」
この立勇からの助言を心に刻み、できる限り丁寧に茶器を手に取り、お茶を淹れていく。
――私は
自分に暗示をかけるように言い聞かせながら、やがてお茶の最後の一滴を注ぎ切る。
「どうぞ」
雨妹がしずしずと杯を差し出すと、まずは
「うん」
味の感想がそれだけの胡霜は、雨妹を気遣っているのか厳しいのか、どちらだろう?
続けて友仁が杯に口を付けた。
「うん、美味しいよ。
そう言って微笑む友仁だが、ということは、如敏は今でもお茶を淹れる時にガチガチに緊張しているということになるのだが。
雨妹は如敏ともっと仲良くなれそうな気がした。
しかし、皇子から「美味しい」を貰ったことには変わりない。
「やった、これで立勇様の鼻を明かしてやります!」
雨妹は喜びのあまり両手を上げてしまった。
そして最後にリフィが杯に口を付ける。
「……ふふ、美味しいお茶ですね」
「ありがとうございます!」
お世辞であっても他国の元姫から「美味しい」を貰えたなんて、これは誇っていいことではなかろうか?
――私、この先の一生の自慢ネタをひとつ仕入れたよ!
普段の雨妹のお茶事情を知っている
「心のこもったお茶は、どんな高価で珍しい茶葉よりも価値があるのね」
独り言ちるようにして雨妹を眩しそうに見たリフィに、雨妹は笑いかける。
「自分のために淹れてくれるって、嬉しいですもの。
だからリフィさんがいつもお客様のことを思って茶葉を選んだお茶だって、すごく価値があるものだと思います」
「わたくしの自己満足ではなく、相手にそう思って貰えていたら嬉しいことね」
そう述べたリフィがほわんと笑みを浮かべた。
リフィとて茶葉の買い付けだってあんなに気を配っていたのだから、心を込めてお茶を淹れていたのだろうに。
けれど彼女はこれまで常に、客をもてなす側ばかりだったのかもしれない。
――誰も、心のこもったお茶を淹れてくれなかったのかなぁ?
誰かと想い合い、時には馬鹿馬鹿しい話で盛り上がり、そのお供として飲むお茶は、きっと白湯でも美味しいだろう。
けれど微妙な立場の姫として生まれ育ったリフィには、そうした美味しさを実感する環境ではなかったのだ。
雨妹がそんな風にリフィのことを考えていたら、そのリフィが席から立ち上がる。
「ではわたくしも返礼として、あなた方を精一杯に想ってお茶を淹れましょう」
奶茶を淹れてくれるというリフィが、いつもに比べて柔らかい雰囲気で茶器を手に取った。
「うぅん、美味いねぇ」
リフィに淹れてもらったお茶を毒見も兼ねて飲む胡霜が、しみじみと言う。
雨妹の時は「うん」しか言わなかったのに、えらい違いである。
――いいもんね、褒めてもらえたっていう事実が大事なんだから!
雨妹はそうやって自分を慰めるのだった。
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