第532話 スッキリ感を求めたい

「ふふん、どうであろうな?」


立勇リーヨンの指摘に、シェンははぐらかすようなことを言う。

 しかしこの答えこそが核心であると思ったのか、立勇が頭痛を堪えるようにこめかみを揉む。


「真の理由、ですか?」


雨妹ユイメイが窺うようにして問うと、立勇はため息を吐いて答えてくれた。


「こちらがチー家の実情を下手に露呈させれば、斉家に従っていた者たちへの抑えが効かなくなり、暴徒化するかもしれぬ。

 状況の困難さがさらに上がる」

「ふむむ」


雨妹が頷いていると、立勇はさらに語る。


「何家の件でも、東国が絡んでのあれだけの騒動であったのだぞ?

 何家と東国の微妙な力関係は、揚州のそれと共通する。

 むしろ斉家は宜と積極的に絡んでいたのだから、厄介さはさらに増す」

「おおぅ」


雨妹は状況の混迷具合に、もはや言葉にならない。

 そんな大混乱の揚州を、何故父は友仁ユレンの一時滞在先にしたのか?

 皇子をもう一人滞在させ、皇帝は揚州を放置しているのではないと見せかけ、それで宜や斉家が大人しくなれば良し、だがそうでなければ――というような、お試しの意味もあったのだろうか?

 そして戦乱を知らない世代である友仁への、教育の一環であったのか?

 雨妹としても疑わしく思えば、最初から全てが怪しく見えてくる。

 沈は殺されかけたジャヤンタを滞在させていることは話のきっかけで、そこから事の核心へ誘導するつもりであったのだろうか?

 それが花の宴での東国急襲で沈は計画変更を余儀なくされ、友仁の身柄避難の話を聞いて、とっさに「いいことを思い付いた」のかもしれない。

 だがどれもが疑問符が付くことであり、恐らくは沈に尋ねても答えをはぐらかされる気がする。


「偉い人の考えることって、ややこしいんですね」


色々と考えていると知恵熱が出そうになり、雨妹が途中で考えるのを止めたところへ。


「だが仮に真正面から相談したとしても、宮城は議論が荒れて結論は出なかったであろうよ」


そう言って「ほぅ」と息を吐く沈に、立勇も渋い顔になる。


「大公家ではなくなったとはいえ、斉家の後釜に納まりたい家はいくらでもおりましょう。

 揚州は欲を掻き立てる地です」


沈にそのように述べた立勇だが、つまり斉家の滅亡はまた内乱を誘発しかねず、沈はそれこそを避けたかったということらしい。


 ――むしろ苑州みたいに派手な武力衝突になっていなかったのは、実は沈殿下の手腕ってことなの?


 それにしても、宜を後ろ盾としてかつては栄華を誇っていたという斉家が、最後は使い捨ての身に堕ちるとは。

 他人を商品のように扱ってきた者たちなので、最後には自分が同じように扱われるというのは、これも因果応報と言うものなのだろう。

 図らずも友仁が言った通り、親切をされれば親切を返し、意地悪をされれば嫌う。

 それは人にも国にも当てはまることかもしれない。

 なにはともあれ、自業自得という言葉がお似合いな結末はなんとも後味の悪いものであったが、全てを後味の悪いことだらけで終えたくない。


 ――せめてあの二人くらいは、すっきりしてほしいよね。


 宜が衰退していく中で振り回された、リフィとジャヤンタ。

 あの二人にもっと広い世界が示されていたならば、きっと行く道も違ったはずだ。

 他の道を見させないようにと、周囲から都合良く誘導された末に、悲劇が起きた。

 けれど、まだ明るい未来を手にするのに遅いということはないはずだ。



それからすぐに、友仁は離宮から部屋を移された。

 襲撃があった上に爆薬を使われ、建物の安全に不安ができた離宮に、そのまま滞在させるわけにはいかなかったのだ。

 なので友仁周辺は引っ越し作業で忙しくなり、その上敵と内通した上に殺された娘の身柄について家族へどのように通達するかを胡安と話し合ったりと、やることはたくさんある。

 そんな忙しい中、リフィが奶茶をご馳走するために、友仁の休憩の際に訪ねてくれることになった。


「リフィ殿が参られました」


リフィの奶茶が好きな友仁は、外から明に告げられると、背後に雨妹と胡霜フー・シュアンを控えさせてソワソワとし始める。


「失礼します」


そして部屋へ入って来たリフィは、雨妹がギョッとするくらい顔色が悪かった。

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