第438話 皇太后問題、ここでも
婚姻が国の大問題に通じているとは、道理で
沈とリフィの恋物語は、なんと冒頭から大問題が発生していたのだ。
「降嫁したり臣下になったりしても、皇子や公主である事実は失われませんものねぇ」
皇子や公主というのは生まれを表すものであり、職業的立場の裏付けではないのである。
「皇子は、死んだ後でも皇子だもの」
「その通り。
皇族として生まれた以上、これは一生ついて回る決まりです。
皇族の生まれではなくとも、雨妹のような庶民出の青い目持ちは特にこうした問題に巻き込まれやすいので、十分に注意する方が良い」
「……そうします」
胡安から友仁に語った後で忠告され、雨妹は何度も頷く。
そもそも、今は歴代でも皇族が極端に少ない時代だという。
それは戦乱のせいでもあるし、先代皇帝が己を脅かす世継ぎを殺してしまったという黒歴史のせいでもある。
そんな中で、沈は有能な皇族として貴重な存在だった。
有能な皇族であるならば、通常であれば「世継ぎを残し、一族で長く国に貢献してほしい」と考えられそうなものだ。
しかしそこで問題になるのが、沈の「微妙な生まれ」という身の上である。
特にこの点を嫌悪したのが皇太后であったと、
「沈殿下が妃を迎えないのは、異常に敵視していた皇太后陛下を納得させるためであるとも聞きます。
皇太后派にとって、沈殿下は政敵として脅威であったのです」
産まれてきた沈の子が有能であったならば、「あちらの子の方が次期皇帝に相応しいのではないか?」という意見が当然上がってくる。
沈が皇帝の座に相応しいと認められれば、「皇族である」という一点のみが重要となり、生まれがどうのということは問題ではなくなるだろう。
「そもそも沈殿下の生まれが問題視されるのは、表面上のこと。
目障りな皇族を排除する言い訳でしかありません。
正統な血統など、今の皇族に残っているのかも怪しい。
さらにそれを言うのであれば――」
最後は言葉を濁した胡安であるが、言い難いことを臆することなく語る男である。
「はぁ……」
友仁は今のような意見を聞いたことがなかったのか、ポカンとした顔でひたすら驚いていた。
なにはともあれ、皇后の子である大偉を皇帝にしたかった皇太后にとって、十分な名声を得ている沈の方が、現太子よりも目障りだったわけだ。
最初は捨て駒同然で揚州に行かされた沈は、そこで結果を出してしまったものだから、今度は逆に脅威と思われてしまった。
一方で、宮城にも沈を疎む理由があった。
戦乱が治まったところで、「血統の乱れが国の乱れに繋がった」という意見が噴出したのだ。
そこで皇族の血統問題に乗り出し、現皇帝の血統を受け継ぐことを重要視し始めたのである。
そんな皇太后の思惑と宮城の考えが重なってしまい、沈に対して過剰な対応が求められることとなったのだ。
「あの、よく『沈殿下を宦官に』という意見が出ませんでしたね?」
雨妹は無礼な物言いであることを承知で、それでも問わずにいられない。
その脳裏には、花の宴で反乱を起こした、「宦官にされた」という怒りで復讐に燃えていた男の姿が思い浮かぶ。
沈があの男のようになっていても、おかしくなかったであろうに。
この雨妹の意見に、胡安も頷く。
「まさしく、沈殿下が宦官にされなかったのが不思議でならぬ。
どのようにして逃げおおせたものなのか」
雨妹と胡安の会話が怖く感じたのか、友仁が肩をぶるりと震わせる。
しかしこの話題を避けて隠すのも良くない。
皇子として生まれた以上、無関係ではいられない皇族の黒歴史である。
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