第360話 うらやましいんです
どうやら
けれどこれに雨妹は「だって!」と言い募る。
「ダジャさんは身体能力的に、これから伝説を作るかもしれないじゃあないですか!
そうなると、私は伝説に出会った女となれるんです、すごくないですか!?」
「なにがすごいのか、さっぱりわからん」
雨妹の熱弁に、けれど立彬の反応はつれないものだ。
こんな雨妹と立彬のやり取りを、ダジャは目を丸くして眺めていたが、やがて雨妹の方へと向き直る。
「娘、感謝する」
そして、ダジャはそう告げて頭を下げた。
「感謝、ですか?」
なにを感謝されたのかわからず、首を傾げる雨妹に、ダジャが告げる。
「病の原因。
娘、おかげで己を知り、色々考えた」
なるほど、自失病と呼ばれていた国民病についてであるのか。
確かにあれは外からの情報がなく、内に籠った生活をしていると、気付けないのも無理からぬことだ。
そしてダジャ本人も己について、雨妹の説明で思い当たる節があったのかもしれない。
「お役に立てたのならば、なによりです」
雨妹が笑ってそう返すと、ダジャも目を細めた。
それにしても、ダジャはこうして誰かに感謝が出来る人で、けれど同時にあの父が資質に疑問を抱いた人でもある。
加えて誇ってもいい所を、取るに足らないことだという態度だ。
それが照れではなく本気で言っていそうなのがまた厄介で、どんな性格なのか全く分かり辛い。
――ひょっとして、適切な育て方をされなかったのかなぁ?
ダジャが王子の身分にあった幼少期から、大人の都合のよい育て方をされ、自身で短所も長所も考える機会がなかったならば、ひょっとしてこう育ってしまうのかもしれない。
短所を指摘し長所を褒めるのは、人を育てる基本である。
短所や長所というものは、案外自分では気付けないものだったりするのだから。
なので、雨妹はとりあえずダジャの長所を推してみた。
「すごく遠くの音が聞こえるって、とても素晴らしい力だと思うんです。
きっとダジャさんのその耳が欲しい! っていう人は、案外世の中に大勢います」
「それはそうだ、本当に聞こえるのであれば、私とてそんな耳が欲しい」
雨妹の推し行為に、なんと立彬が乗ってきた。
「遠くの音が聞こえるならば、情報を集めるのに優位ではないか。
兵士であれば重用され、指揮官であれば敵に恐れられる力となるであろう」
「そうですね、情報って大事です。
私も食べ歩きをする時に名物の話を聞いて集めたいです!」
「まあ、そういう使い方もある。
そうなれば、商人もその耳を欲しいのではないか?」
雨妹と立彬で話が盛り上がっているのに、ダジャが驚いている。
「……そのように、言われた事がない。
むしろ、聞き耳が得意は恥」
ぽつりとそう零したダジャを見て、雨妹は立彬と顔を見合わせる。
「誰かが、わざと言ったんですよね?」
雨妹がひそっと話すのに、立彬が渋い顔になる。
「まあ、そうであろうな。
特異な才能のある王子など、国を支配したい他者には邪魔だ」
「あぁ~、『お前はお馬鹿さんなんだぞ』っていう洗脳かぁ」
雨妹は納得がいったという顔になる。
なるほど、ダジャのどうにも均衡がとれていない内面は、そうした洗脳教育の後遺症であるのだろう。
今になってその洗脳教育が解けかけていると見受けられるが、苑州でよほど良い出会いをしたのかもしれない。
そう考えた雨妹の脳裏に、
――その宇くんとやらが、なにかしたのかなぁ?
それはあくまで雨妹の想像であるが、例えそうであるとして。
こうした洗脳状態を解くには、かなり強い心理的衝撃をぶつける必要があるだろう。
となると、一体どんなことをしたのだろうか?
――「穏やかで優しい宇くん像」っていうのを、抱き辛いんだけれど。
まあ、そんな想像はともかくとして。
「とにかく、すごく聞こえるって、すごい力なんです!
だって、どんなに遠くで悪口を言っていても、聞こえちゃうんですよ?
そんな人がここで宮の主をしていたら、まあ仕える方は恐怖ですよね!」
雨妹の意見に、立彬も頷く。
「地獄耳の上司に近付きたくないな。
些細なことまで粗探しをされて、訓練が辛くなるばかりだ」
「わかります、こっちが忘れた頃になって、ネチネチと言われるんですよね」
雨妹がネチネチしている上司の顔真似をしてみせる。
「くっ……!」
すると雨妹と立彬の会話を聞いていたダジャが、小さく笑い声を漏らす。
実はこれが、ダジャにとって久しぶりの笑い声であったのだが、そんなことを雨妹が知る由もないのだった。
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