第326話 嫌なお約束
「
この雨妹の態度に、静もよくわかっていない顔ながらも、とりあえず真似をしている。
――なんなの花の宴って、皇子と必ず出くわすっていうお約束でもあるの!?
あの玉の輿狙いの梅ならばともかく、雨妹にはそんなお約束は全く嬉しくない。
雨妹が内心で盛大に文句を言いながら、黙って頭を下げ続けていると。
「面を上げよ」
皇子から許しが出たので、雨妹は恐る恐る頭を上げた。
その皇子は、年の頃は皇帝より年下であろうか?
皇帝と太子のちょうど半ばくらいに見える。
――陛下の兄弟か太子の兄弟か、どっちだろう?
雨妹は判別がつかず、密かに眉を寄せた。
それとももしくはそのどちらでもない、内乱のどさくさで生まれた皇子であるかだ。
仮にそうであるならば、あの大偉皇子とは別の意味で、存在が微妙な立場となるだろう。
雨妹はまたしても、厄介な御仁に引っ掛かったということになる。
立彬あたりが知れば、「どうしてお前はそうも面倒事を引き当てるのだ!?」と怒られそうな気がする。
どうやら花の宴というのはつくづく、雨妹にとって厄介事をもたらす催しであるらしい。
このように、雨妹がげんなりした気分になっていると、次いで皇子が声をかけてきた。
「我にも、そちらの料理を取ってくれぬか?」
「……はい?」
言われた雨妹は、さすがに目を丸くする。
――この人、下っ端宮女用の料理が食べたいの?
皇族用に、豪勢な料理が並んでいるだろうに、何故にわざわざ見劣りするこちらの料理を欲しがるのか?
いや、料理には偉い人用も下っ端用も関係なく、全て平等に美味しいのだけれども。
だが偉くなればなるほど、「自分にしか食べられない特別な料理」というものにこだわるものではないのだろうか?
いや、これもまた素朴な料理を好むすごく偉い人という存在もいるのだけれども。
若干混乱してきた雨妹を、皇子は反応が薄いと思ったのか再度頼んでくる。
「そちらの料理が食べたい。
あちらの上品な料理にはどうにも口が慣れぬでな、腹が減っておる」
――なるほど?
この皇子の理屈はわかるような、わからないような気がする雨妹だが、皇子から望まれて否とは言えまい。
皇子が料理の並ぶ卓の前に立ったので、本当に食べるようだ。
こうなっては仕方ないので、雨妹はとりあえず自分の目の前にある豆沙包をいくつか皿に盛ると、皇子前に置く。
忘れかけていたお茶用のお湯もいつの間にか沸いていたので、花茶も淹れる。
その様子を、皇子もその供も黙って見守っている。
あの宦官はこうした食事の準備をするような立場ではないのか、雨妹たちがやっていることをただ見ているだけだ。
――もう、立彬様でもちょっとは手伝ってくれるよ!
雨妹は憤慨するが、もしかするとあの宦官はあくまで皇子が後宮で要らぬことをしないようにという見張り役であって、世話は役目に含まれていないのかもしれない。
「雨妹、これも……?」
一方で静が、自分が食べようと取り分けていた色違いの小さな包の皿を、雨妹へそっと差し出してくる。
食べ物を欲しがっているということは理解できたものの、自分で皇子へ持っていくのは怖くて嫌らしい。
「どうぞ」
色違い包の皿を置き、花茶を入れた器をそっと差し出したところで、皇子の供の宦官が料理や花茶に一口ずつ口をつける。
一応毒見をする気はあったようだ。
その後で皇子は花茶で喉を潤し、一口食べられた豆沙包にかぶりつく。
「うむ、美味い。
こういうものが食べたかった」
そして満足そうに頷く皇子に、雨妹はなんとも言えずに静と顔を見合わせるばかりだ。
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