第298話 呼び出し

花の宴がいよいよ間近に迫ってきており、宮女の誰もが忙しくしている頃。


小妹シャオメイ、ちょいと話がある」


雨妹ユイメイは食堂で朝食を食べていると、ヤンに呼ばれた。


静静ジンジン、まだゆっくり食べてていいから、待っててね」

「ん」


雨妹はまだ汁麺をすすっているジンにそう言いおいて、楊に連れられて食堂側の小部屋へと二人で入る。


「静と一緒にいたあの異国のお人が、お前さんと会って話をしたいそうだ」

「ダジャさんが、私にですか?」


静に会いたいというのであればともかく、雨妹の方に会いたいというのは不可解だ。


「正確には、宮城でケシ汁騒動を鎮めた功労者と会いたいそうだよ」


そんな雨妹の表情を読み取ったのか、楊がさらにそう続けた。


「なるほど……?」


雨妹はとりあえずそう返事をしてから、「さて」と考える。

 ダジャがケシ汁騒動に関わった雨妹に会いたいということは、一体どういうことになるのか?

 ケシ汁とは、前世では阿片という名前で知られていた麻薬だ。

 それを煙草として使用するのが後宮で密かに流行り、刑部が乗り出して取り締まりをして、それなりの人数が処分されたのである。

 その件についての話を、ダジャが聞きたがっているという。


 ――もしかしてダジャさん自身が、ケシ汁の件で困った経験があるとか?


 もしくは、現在も困っているということになりはしないだろうか?

 けれど現実には、宮城のケシ汁騒動を治めたのは太子主導でのことであり、雨妹はそれのきっかけになったに過ぎない。

 あの悪臭の正体にすぐさま気付けたのは効率の面では良かったかもしれないが、雨妹がおらずとも、いずれ誰かしらからの通報なり密告なりが、上に伝えられていたことだろう。

 なにしろあんな悪臭の中で生活するなんて、害悪以外になにもないのだから。

 そしてケシ汁の副作用については陳だって知っていたのだから、そちらもやがて理解を得られたはずだ。

 つまり雨妹の知識はそれらの時間を短縮したに過ぎず、そこへ雨妹がしゃしゃり出て話すのは、なんだか気が進まない。


 ――私はあくまで裏方として、後宮ウォッチングをやっていたいんだってば!


 それに相手が異国人となると、国際問題がなんだかんだということになる可能性だってあるだろう。


「それ、面倒臭い話だったりしますかね?」

「まあ、そんな気はするねぇ」


思わず雨妹が渋い顔になるのに、楊も渋い顔でため息を吐く。

 けれど、こうして楊が雨妹に意向を聞いているということは、上層部は雨妹と会わせても構わない、と判断したということだろう。

 つまり、今の「お伺い」という姿勢が、そのうちに「強制」に変わることも考えられるわけである。

 そうなると先にこちらから動いた方が、誰かに強制されたというよりも気が楽かもしれない。

 それに、ダジャが今どんな風に過ごしているのか、気になるのも確かである。


 ――静静もダジャさんのことを知りたがっているしね。


 というわけで。


「わかりました、会います」


雨妹が了承の返事をすると、楊がまたため息を吐いた。


「もうじき花の宴だっていうのに、難儀なことにならなけりゃあいいがねぇ」


この楊の懸念が、なにやら予言めいて聞こえてしまって不吉である。


「ははは、楊おばさんってば、きっとちょっと話をするだけで済みますって!」


雨妹はそう笑い飛ばすのであった。



そんなわけで、翌日。

 雨妹は早速宮城へ行くことになり、その間の静は楊が預かる。


「ふふ、さぁてなにをしようかねぇ」

「えぇ、掃除でいいじゃないか!」


ニヤリとする楊に静が抗議する様子を眺めてから、雨妹は宮城へと向かう。

 しかし行き先は宮城でも、百花宮に近い近衛の隊舎の一つである。

 そして到着したのは、百花宮のあちらこちらにある出入りの門の中でも比較的小さく、人が二人すれ違うくらいの幅しかない門だ。

 ここがその隊舎に一番近いらしく、こちら側に門番もいないのは、恐らく門の鍵も門番も宮城側になっているのだろう。


「この門でいいはずなんだけど」


こちら方面には初めて来た雨妹が、あたりをキョロキョロとしていたところ、ギギギ、と軋む音を立てて門が開く。


「よし、来たな」


そう言って門の向こうから顔を見せたのは。


「あれ、明様?」


そう、宮城側にいたのは近衛姿の明であった。

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