第294話 待っていた大偉
大偉が座っているあたりから里をぐるりと囲んでいる柵があり、元は害獣対策だったのだろうが、今ではあちらこちらが崩れている。
故にどこからでも出入り可能な状態で、入口出口というものは全く意味を為さない形ばかりのものとなり果てていた。
熊でも猪でも賊でも、現れたならば里はあっという間に蹂躙されてしまうことだろうが、もしかすると「この里はなんの旨味もない」と、里のボロさを見て察してくれる効果もあり得るかもしれない。
そんな場所で待っている大偉の周りには誰もいない。
外に近いということは、それだけ危険が近いということなので、そこで好き好んで休憩する変わり者はこの里にいないようだ。
一人でボーッとしていた大偉がふと顔を上げたところへ、
飛は里の外を大回りして戻ってきたのだ。
「もうしわけございません、しくじりました」
大偉がなにか問うよりも先に、飛がそう申し出る。
「飛がしくじるなんて、なんとも珍しいことがあるものだ。
あちらに飛以上の手練れがいたか?」
大偉が尋ねるのに、飛は迷うように視線を伏せる。
「……手練れ、かはわかりませぬ。
ただ、こちらに気付かれました。
相手は子どもにございます」
「ふぅん、子どもかぁ、どんな?」
飛の報告に、大偉はあまり関心がない風に聞いてきた。
これに、飛は周囲に人の気配がないかを素早く確認してから、答える。
「例の絵の人相に、似ている気がします」
「例の絵」というのは、先日皇帝からの繋ぎを受け取った際に同封されていた似顔絵で、都に現れたという何家の娘のものだという。
「ふうん?」
大偉がその似顔絵を、己の懐から取り出して眺める。
「こんな顔、どこにでもいそうじゃないか?」
そして言われたことに、飛は頭を抱える。
「若、若はどうせ目が二つに鼻が一つに口が一つであれば、なんだって『どこにでもいそうな顔』だと言うのでしょうが」
「さすがに獣と人間の区別はつくぞ? 人間も獣みたいに、違いがわかりやすければいいのに」
飛の苦情に、大偉が口を尖らせる。
そうなのだ、この皇子、実は人の顔の見分けがあまりつけられない。
どんな美人であっても不細工であっても、目が二つに鼻が一つに口が一つの同じ顔だ、と言うのだ。
見分けがつくのは背が高いか低いか、あるいは身体つきが大きいか細いかくらいだが、それも怪しいものだろう。
おそらくは、人を見分けようと思うほどに、人に興味がないのだ。
しかしそんな大偉が唯一、人を見分けることができる材料であるのが、髪である。
飛が大偉と出会ったのは、大偉が後宮を出て暮らしはじめてから。
つまりかなり最近になってのことであり、それ以前の大偉の生活ぶりがどうだったのかは、伝え聞く噂でしか知らない。
けれど気に入った女の髪を切っては集めて愛でていたというのだから、後宮の女たちからはさぞや恐れられていたことだろう。
――きっと大きなことを為すにふさわしい才覚をお持ちなお人であるのに、親に恵まれぬと、いくら金があっても哀れだな。
大偉をこのように歪めてしまったのは、あの母とその周囲の環境だ。
生まれて間もない頃から「不義の子」と蔑まれ、何度も死ぬ目に遭っていれば、性格が歪んでしまうのも無理からぬことだ。
そんな不憫な大偉が抱いた願いを叶えてやりたいだなんて、飛が思ってしまったのが運の尽き、まさかこのような無謀なことに挑むことになろうとは。
そんな飛の嘆きと愚痴はともかくとして。
「どれ、どんな子どもなのかな?」
大偉はその子どものことを自ら見てみようと思ったらしく、そう言って腰を上げた。
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