第290話 苑州の里にて

***


雨妹ユイメイが新人教育に奮闘しているその頃、場所は百花宮から移る。

 ここは苑州の、青州との州境からいくらか入り込んだ所にある里だ。

 そこの広場になっているあたりで、体格の良い商人らしき男が、声を張り上げていた。


「いらんかね、いらんかね!

 珍しい商品が揃っておるぞ!

 金で買うもよし、なにかと交換でもよしだ!

 さあいらんかね~!」


その商人はまだ年若く、駆け出しであると思われるのだが、この声がなかなか堂に入っていてよく響くので、里のそこかしこの家屋からひょいひょいと幾人かが顔を出す。


「さぁあ、見るだけなら払いは要らんよ、よって来い、よって来い!」


そちらへ向けて呼びかけながら手招きをする若き商人の足元では、仲間であろうこちらはいくらか年嵩の連れの男が、敷布の上に様々なものを並べている。

 最近は青州との行き来もめっきり減ってしまい、里でも娯楽がとんとなくなっていたものだから、人々はなにか楽しいことはないかと思い、次第にその商人の元へと集まっていく。


「いらっしゃい!」


人好きのする笑顔で声をかけるその商人は、しかし里人たちには馴染みのない顔であった。


「見ねぇ奴だぁ、どっから来たかね?」


寄ってきた一人である年寄りの男が、興味深そうに尋ねる。


「さあ、どこと言われても困るなぁ、あちらこちらをぐるぐると回っているもんで」


するとこれに、商人は困ったように眉を寄せて答えた。

 よく見ると商人の目が青いのが、珍しいといえば珍しいが、きっと異国のどこからかの流れ者なのだろうと、その者は考える。

 東国との国境から流れ入ってくる異国人は、この苑州では見ないこともないのだ。


「はぁ、お前さんえらく男前だねぇ~」

「ありがとうさん、よく言われるよ!

 お姉さんもいい女さ!」


その隣から中年女が感心するように告げると、商人は照れもせずにそう返す。


「おやまぁ、男前に言われちゃあ、なにか買わずにはいられないねぇ」


中年女は頬を赤らめると、いそいそと商品の前にしゃがみ込む。


「よくやるなぁ、若は」


年嵩の男の方が小声でぼやくのは、幸いなことに里の者たちには聞こえなかったようだ。

 この商人、実は正体は大偉ダウェイ皇子とその連れであった。

 大偉は旅の商人という身分でやって来たのだが、これが振りではなく本当に商売をして回るのだから、変装にも念が入っていることだ、とこの連れは呆れてしまう。

 この調子で青州を抜ける際にも商売をしてきたので、そこそこの稼ぎを得られていたりする。

 この皇子、連れ――名をフェイというのだが、彼は仕えていて「頭がおかしいのではないか?」と思えることがしばしば、いや、かなりあるものの、一方で話術が巧みであり、案外商売上手なのだ。

 むしろ皇子ではなく商人の子として生まれていれば、今頃大儲けできていたのではないか? などと思わなくもない。

 今敷布に並べている商品も、質の良い高級品からあからさまながらくたまで、様々な物を揃えているのは、大偉自らの選定である。

 なんでも大偉が己にあてた設定というのが、「物の価値がわからぬ馬鹿商人」であるらしい。

 こうした細部にまで凝るお人なのだ。

 あとは「好みの髪の女」さえ大偉の目の前に現れなければ、暴走もせずにそつのなく完璧に近い男なのだけれども。

 暴走が始まってしまえば、止まらないのだから手に負えない。


 ――やはり天は人に二物を与えないものだ。


 主に対してかなり失礼なことを考える飛であった。

 皇子への愚痴はおいておくとして。

 それにしても、こうして集まるのは中年から年寄りばかりで、若者がいない。

 この前に寄った里では少なかったがいないこともなかったのに、苑州の内へと入り込めば次第に若者の数を減らしている。

 その理由をそれとなく尋ねれば、「隣国との戦で兵士にとられる」という答えばかりが返ってきた。

 その戦がまやかしだとは、今の時点では飛にも、にわかには信じられないことだ。

 このように里の中を観察していると、また新たな客がこちらへとやってきた。

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