第288話 畑でお仕事
そんな大騒動な沐浴日明けの、本日。
「こんなに立派な畑、初めて見た!」
静は都へ山越えの道を通ってきたので、平地の良好な耕作地を目にしなかったらしい。
まあそれでなくても、この医局の畑は確かに立派である。
「はっは、褒めてくれてありがとうよ」
すると、ふいに背後からそう声をかけられた。
「
雨妹は声の方を振り向くと、そう言って礼の姿勢をとる。
この畑、実は医局が管理している薬用の植物を育てる畑だった。
今日の仕事は、ここで畑の雑草取りだ。
これは、楊が以前に提案していたことを実際に打診してみたところ、陳が受け入れてくれたことで実現した。
勉強を兼ねた仕事なので、陳は今回静への先生役として、一緒にいてもらえることとなる。
雨妹だってそれなりに知識はあるが、やはり専門家にお願いしたのだ。
というわけで、雨妹は畑の雑草を抜きながら、畑の作物についての講義を陳から受ける。
というか、静はまず教えを受けないと、作物と雑草の区別がつかないようだ。
「ここにあるのは、全部薬になるものばかりだ。
今育っているのは、春採れのものだな」
「へぇ~」
陳の説明を聞きながら、静が手近にある植物に鼻を寄せてクンクンとさせている。
「香りがいいだろう?
ここいらにあるのは
そんな静に陳がそう話し、自らも手近にある葉をつまむ。
確かに、蓬の青々とした香りに満ちていて、空気が爽やかである。
「やっぱり、春といえば蓬ですよね~。
蓬の饅頭を食べると『ああ春だ!』って思いますもん」
すぐに饅頭に思い至ってしまう雨妹は、食い意地が張っているわけではないと思う。
蓬の饅頭の美味しさが言わせているのだ。
「他にも、あちらの日陰にはどくだみもあるぞ。
独特の香りを嫌う者もいるが、あれだって優れた薬になる」
「どくだみのお茶、私好きですよ」
陳と雨妹の会話に、混乱したように静が首を捻る。
「……? 薬の畑じゃあないの? 饅頭? お茶?」
今は薬の畑を見ているのに、食べ物の話をしている雨妹に、どうやら混乱しているらしい。
そんな静の様子に、陳が笑う。
「それで違っていない、ここは薬の畑だ。
けどな、薬には美味しく食べられるものがたくさんあるんだぞ?」
「ふぅん」
陳の説明に、静は一応頷いているが、どうもいまいちピンときていない様子である。
そもそも山奥育ちであれば、薬というものが身近ではなかったことだろう。
里を出ての旅で薬というものを知ったのかもしれないが、それだって携帯できるように工夫されたものなので、原料がなにかなど想像がつかない物だったに違いない。
「蓬はね、食堂でもよく食材として使われている、身近な食材なんだよ?」
「じゃあ、私も食べているの?」
雨妹がそう告げると、静はきょとんとして尋ねてくる。
「食べているよ、昨日の夕食の炒め物は蓬が入っていたし」
「夏になるとお茶にするなぁ」
雨妹の言葉に、陳も付け加える。
蓬は食べる分には春が旬なのだが、薬効が高いのはむしろ夏から秋にかけてだ。
つまり、ほぼ一年中なにがしかで使えるという、お得な作物なのだ。
「私、薬よりも炒め物で食べる方がいい」
静が酸っぱそうな顔になって、そんなことを言う。
――まあ、「薬を飲むのが大好き!」っていう子どもは、そうそういないよね。
静がこれを素直に言えるのはいいことだろう。
初めて会ったばかりの頃は、とにかく我慢に我慢を重ねていた子どもであったのだから。
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