第272話 色々違う
「あとは、どんなものが食べられるのかとか、行ったことのない場所で食べられているのはどんなものかとか、そういうことも勉強するの。
そうしたら知らない土地を旅していて、うっかり変なのを口に入れて、お腹を壊したりせずに済むでしょう?」
雨妹の説明に、静は「ふ~ん」と相槌を打つが、先程までの拒絶は見せなかった。
これを逃すまいと、雨妹は畳みかけるように話す。
「どこに行っても自分で食材を得て美味しく料理して食べられたら、食べるのに困らなくなる。
そうすると、世の中の困難の半分は解決したも同然じゃない!
お腹がいっぱいになれたらね、たいていの不幸はどうでもよくなるものなの!」
拳を突き上げて力説する雨妹に、静がちょっと仰け反る。
「そんなものかな?」
「そういうものなの!」
不思議そうにしている静に、雨妹は力強く断言した。
「だから、静静がこの先どこでどんな風に生きていこうとするにしても、勉強したことは必ずその時の静静の役に立つ。
だから未来のいつかの静静のために、今の静静が頑張ろう?」
雨妹が静の前にしゃがんでその顔を覗き込むと、彼女は真面目な顔をしていた。
「……わかった、自分のためっていうなら、やる」
静が頷いたので、お勉強の第一関門突破である。
「うんうん!
せっかく後宮なんていう場所に入れたんだから、できることは全部しないと損!」
雨妹がそう言ってニパリと笑うと、静も釣られるようにふにゃりと笑った。
「へんなの、雨妹の話を聞いていると、世の中っていうのがすっごく良いものだっていう風に思えてくる」
静が子どもらしかぬことを言ったのがなんだか悲しくて、雨妹は眉を下げる。
「……今までは、良いものだって思えなかったの?」
尋ねられた静が、「う~ん」と考える。
「良い悪いっていうんじゃなくてさ、なんだろう、喧嘩相手?
『世の中は気を抜いたら負けるんだ』って老師もダジャも言っていた」
これまた、夢も希望もない意見である。
それも真理の一つではあるのだろうが、それをまだ年端もない子どもに教えるのはどうだろうか?
雨妹としては、やっぱり子供には夢と希望にあふれた世界を想像してもらいたいのに。
――杜さんがダジャさんのことを駄目だっていうのは、こういうところなのかも?
言う事がことごとく悲観主義というか、「この先生きていて良いことがある」という希望を、今のダジャ本人が抱いていないのかもしれない。
本人が持ち合わせないものを、他人に教えるなんてできないのは当然だろう。
――よし、じゃあ私が静静に「楽しい」と「美味しい」を教えてあげるんだ!
雨妹がそんな決意に至ったところで、講義を兼ねた休憩を終えると、回廊掃除の続きだ。
掃除係初日はへとへとになっていた静だが、今日は疲れた様子ではあるものの、初日程のへとへとぶりではない。
静がここへ来てほんの三日しか経っていないのだが、やはりちゃんと食べて休めたことで、回復力が増しているのだろう。
足の怪我も、陳に貰った薬が効いているのか、歩く力がずいぶんしっかりとしてきている。
ちゃんと栄養を取って休めていれば、子どもの回復力は早いのだ。
「うん、こんなものでいいかな!
この前よりも手際がいいよ、静静」
「そうかな、ふふ」
静は多少もたついていたものの、初日に雨妹が教えた手順をちゃんとできていた。
雨妹が褒めると、静が嬉しそうにはにかむ。
「よぅし、じゃあ掃除道具を片付けて帰ろう!
片付けまでがお掃除です!」
雨妹がそう号令をかけて、掃除道具と静を三輪車の荷台に載せて帰る。
掃除道具を仕舞ってから新居に帰ると、家の前に人がいた。
「あれ? 立彬様だ」
そう、立彬が雨妹宅の周りを色々見て回っていたのだ。
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