第269話 教材があった
というわけで、
それで言われたことはというと。
「文字見本を貸してやるよ」
楊曰く文字を学ぶための教科書というのがあるらしく、それを貸してもらえることとなった。
「やっぱり、教材がちゃんとあるんですね」
自分で聞いておきながら感心する雨妹に、楊は「そりゃあそうさ」と頷く。
「出世したいなら読み書きは必要になってくるし、熱心な女官が教えていたりもするさね」
なんでも、比較的仕事が暇な時期になると、個人塾のようなものがあちらこちらで行われるそうで、これが案外女官たちの小遣い稼ぎになっているという。
――なんか、大学生の家庭教師のアルバイトみたい。
やはり世界が違っても、似たようなことが考えられるものらしい。
「文字見本は後で渡してやろう」
「お願いします」
こうして教材問題は解決した。
あとは、野草の勉強だけれども。
「それなら、医局が管理している畑がある。
そちらの雑草抜きを請け負えばいいだろう」
楊から解決策が提示された。
「なるほど、あそこがありましたね!」
雨妹も陳の手伝いで見たことがあるが、結構立派な畑であった。
確かにあの畑ならば教材になりそうだ。
さらに楊が言うには、山菜を採るためにあまり人の手を入れていない敷地があるそうで、そこを見学すればいいだろうとのことである。
――案外百花宮の中で、教育のためのあれこれが整っているんだなぁ。
しかし考えてみれば、皇帝の子である程度大きくなるまでここから出ずに育つことだってあるわけで、そうなると外の世間を知るための教材を揃える必要も出てくるだろう。
ならば、あの
けどとりあえず今日のところはそうした実地勉強はまだお預けにして、その前段階の勉強をすることにした。
なにをするかというと、実際に学ぶ前に、「何故学ぶのか」を知ってもらうのだ。
これから学ぶ内容がなんのための知識かを知らないと、おざなりに話を聞き流すだけですぐに忘れてしまい、結果として「なんの役にも立たなかった」なんてことになりかねない。
というわけで、基本の回廊掃除の合間の休憩にて。
「静静、今から『お勉強について』のお勉強をしましょう!」
雨妹は腕組みをして精一杯威厳のある態度を作り、そう告げた。
「は? なにそれ?」
これを聞いた静は、「なにを言っているんだコイツは」という顔になる。
「静静には、これから読み書きのお勉強をしてもらいます」
雨妹の宣言に、静は「ええっ!?」と嫌そうな声を上げる。
「読み書きなんて、ややこしいことをやりたがる奴の道楽だろう?」
こんなことを言ってくる静だが、これまでの彼女にとって勉強とは自分がやることではなかった、ということが知れた。
これは静個人の考えというより、おそらくは暮らしていた里の大人が言っていたのだろう。
――っていうか、辺境でも似たようなことを言われたしね。
つまり、雨妹のことを「道楽者だ」と揶揄っていたのだ。
この意見に、雨妹は反論する。
「けど、静静の言う読み書きっていう道楽を、ダジャさんがやっていたから、静静はダジャさんと拙いながらも言葉を交わせたってことじゃない?」
「そりゃあ、そうだけど……」
反論できないが、それでも納得しかねるといった静に、雨妹は畳みかける。
「それにさ、都までの旅の間に『読み書きができたらなぁ』って感じたことは、全く、これっぽっちも、本当になかったのかな?」
「……」
この沈黙はすなわち、「あった」という答えであろう。
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