第267話 新居での朝
引っ越し翌日、
「う~ん、素晴らしい朝!」
日の出と共に起き出した雨妹は、表に出るとぐぅ~んと身体を伸ばし、深呼吸をする。
夜中に誰かが廊下を歩く足音で眠りの邪魔をされないとは、なんと素晴らしいことか。
それに幸いにして、長屋の隣の住人は夜中に騒ぐ癖もないようで、なによりだ。
まずは朝の白湯を飲もうと、台所の竈で湯を沸かす。
小さな竈であるので、こうしてちょっとなにかを温めるのにちょうどよい大きさと言えるだろう。
今後も食事はこれまで通りに食堂に食べに行くつもりだが、ちょっとしたおやつを作りやすくなったのは嬉しい。
そうしていると、やがて
「ふわぁ」
「おはよう
大あくびをする静に、雨妹は朝の挨拶をする。
「おはよう、ちょっと寝すぎたかも」
静はそう返してくると、温かい竈の前にとすんとしゃがみ、暖をとろうとしてきた。
昼間はだんだん春めいた陽気が感じられるとはいえ、朝はまだまだ寒いのだ。
そうして沸いたお湯で温めた水で、二人して顔を洗い、身支度をする。
静は宮女のお仕着せを着るのもちょっとは慣れたようで、今日は雨妹が手伝わなくても一人で着ていた。
そうしている間に冷めて飲み頃の白湯で喉を潤すと、朝食を食べに二人で食堂へ向かう。
「おはようございます!」
台所へ声をかけると、すぐに
「おはようさん阿妹、昨日は様子を見に行けなかったけど、引っ越し先はどうだい?」
「はい、とても快適です!
ぜひ遊びにきてくださいね」
美娜が早速尋ねてくるのに、雨妹は笑顔で話す。
「ああ、今度行かせてもらうよ。
これで今度から、夜遊びができるってもんだね」
美娜の言う通り、これで夜遊び解禁だ。
これまでも一応個室ではあったので、夜遊びできなくもなかったが、やはり大部屋のすぐ隣なので、あまり堂々と夜更かしできずに気を遣う必要があった。
けれど今度の長屋住まいでは、それよりも自由に夜を過ごせるだろう。
まあそれも、今は静を預かっているので、夜遊びするわけにはいかないのだけれども。
「ふふっ、今後の楽しみにしておきます」
そんな会話を交わしてから、美娜から「はいよ」と朝食を渡された。
今朝の献立は生姜の効いたあったか汁麺だ。
朝の冷えた身体が胃から温まって、とてもほっこりとした気分になれる嬉しい食事であろう。
「はぁ~、温まるねぇ」
汁麺から立ち上る湯気すらも美味しさに貢献してくれていて、雨妹は幸せに緩んだ顔でズルズルと麺をすする。
「うん」
静も同じくズルズルとしていた。
どうやら静はあの初日に苦労をした中華丼よりは、こちらの方が好きらしい。
美娜の愛情によりそれなりの量を盛られたものを、あの時よりも悲壮な顔をせずに食べている。
――静静の住んでいたあたりは、小麦文化のあたりだったのかな。
基本的に、国の南の方からきた宮女たちは米を好み、北の方からきた宮女たちは麺を好む。
気候の違いから育つ作物が違うので、食の好みもそれに則したものになるのは当然だ。
それで言うと、静は小麦圏に住んでいたのなら、米よりも麺の方が食べやすいのは道理だろう。
――となると、お米の献立の時は控えめにしてもらえばいいかな。
食事についての懸案事項はこれでいいとして、次に考えるのは静の現状把握だ。
そう、あの杜から与えられたお役目である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます