第259話 静の話

「えぇっと……」


ジンが困ったように言葉を探し、雨妹ユイメイをちらちらと見ているのは、以前に「大事な話をするには、どこで誰が聞いているかわからないから気をつけろ」と話したことを覚えているからなのかもしれない。

 問われて即答しなかったのはいいことだろう。


 ――静静ジンジンって一度教えてやれば、ちゃんとできる子なんだなぁ。


 何度も言わないと覚えない人もいるのに、なかなか感心なことである。

 ともあれ、早めに静の不安を解消してやろうと、雨妹はドゥのことを紹介する。


「静静、この人はね、皇帝陛下に通じているお人だから、ある程度の事情を知っているの」

「そうだぞ、我はかの男と仲が良いのだ」


杜が「うむうむ」と頷いているが、その言い方が可笑しくて、雨妹は思わず笑いそうになるのをぐっと堪えた。


「その我には、たくさん仲間がおってな。

 ここいらで聞き耳を立てているどこかの誰かは、その仲間が全て追い払っている。

 安心して話すがよいぞ」

「そうなんだ」


杜がそう話すと、静がホッとした顔になる。

 静には、「皇帝と会うには長い時間待つことになる」とリー将軍から告げてあった。

 けれど大人でも長い時間待つ間は苦痛なのに、子どもであればなおさら待つのは忍耐が必要で、辛いに違いない。

 なにより、都入りするまでにかなり時間を費やしているので、雨妹の前では大人しくしていたものの、恐らくは気が急いていたはず。

 それが早くも皇帝へ通じる人物が目の前に現れ、一歩進める期待でホッとしたのだろう。

 一方で、雨妹はやはり杜の訪れが思った以上に早かったことが気になった。


 ――静静の話を、早く聞く必要が出たとか?


 雨妹はそう考察しつつも、杜と静のやり取りを見守る体勢となる。

 その雨妹の目の前で、杜が尋ねた。


「お主は苑州の、どこで暮らしておったのだ?」


まずは住所からとは、まるで前世の刑事ドラマの取り調べみたいだな、なんて思ってしまった雨妹だが、静の答えを聞いて目を見張ることになる。


「山奥の里で、そこは隠れ里なんだって老師は言ってた」


 ――州城じゃあないの?


 雨妹が驚きを隠せない一方で、杜は冷静だ。

 どうやら前もって知っていたらしい。

 けれど会話の順序を踏まえるためか、静に問いかける。


「何家大公の姉なのだろう?

 州城か州都で暮らしていてもおかしくないのに、何故そのような辺鄙な場所におった?」


これに、なんと言えばいいのかと迷うような口ぶりで、静はゆっくりと話す。


「……罰なんだって。

 老師の話だと、東国と仲良くしても里の暮らしは良くならないって、父様と母様は偉い人に訴えて、殺されてしまったんだって。

 そして私たちはまだ赤ん坊の頃に捨てられたのを、老師が拾ってくれた」


ずいぶんな内容に、雨妹は眉をひそめる。


「なるほど、父母が上層部の機嫌を損ねたせいで、そなたら姉弟は何家の直系にもかかわらず、辺鄙な里暮らしをしていたわけだな?」


杜の言葉に、静がこくりと頷く。

 けれど、これで静の行動が腑に落ちるのも確かだ。

 静と出会ってからのことで、「大公の姉なのに?」と不思議に思ったことがままあった。

 今、糕を初めて食べた様子なのもそうだ。

 なるほど、元々大公に近しい家柄ではなかったのか。


「私はてっきり、静静は州城暮らしだったんだとばかり思っていましたよ」


気になってひそっと囁く雨妹に、杜が囁き返すには。


「別口からの情報とも合致する、間違いあるまい」


別口の情報ということは、既にダジャから話を聞けたということだろうか?


 ――行動が早いなぁ!


 感心して目を丸くする雨妹に、杜がちょっと得意そうにしてから、「ゴホン」と咳ばらいをして、質問を続ける。


「お主の弟が大公に選ばれることになったいきさつは、知っておるか?」

「他にいないからだろう?

 そう言って宇を無理矢理連れて行こうとしたんだ」


問われた内容に、静は即答する。

 宇というのが、どうやら弟の名前らしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る