第254話 双子の怒り

『この国では、男も女も髪を長く伸ばすのが習慣なのだろう?

 それが可哀想に、雑に短く刈られてしまっていて。

 あまり泣いたりしないあのジンが、あの時にはたいそう泣いていた』


その時のことを思い出したのか、ダジャが沈痛な面持ちになる。

 この話に、志偉シエイたちも表情を歪める。

 髪を切られるだなんて、かなり酷い仕打ちである。


「なるほど、それで……」


リー将軍はヤンから「静の髪が妙に短い」という報告があったのを思い出す。

 ともあれ、無事に静を奪い返したダジャであるが、双子がこの苑州にいては同じことが何度も繰り返されることだろう。


『なのですぐにでも苑州を出ようと、双子を促した。

 だが、双子はそれを拒否した』


 特に、激しく反対をしたのが静だ。


「私はなんにも悪い事をしていないのに、どうしてどうしてこんなことをされて、逃げなければならない!」


静がそう憤慨した。

 この屈辱は、やり返さないと気がおさまらないと。

 さらにユウの方も、落ち着いた口調ながら言ってきた。


「今、私しか大公になれる者が残されていないの?

 なら、自分が逃げたら、逃げられない苑州の人たちはどうなるの?」


双子の子どもながらもまっとうな意見に、ダジャは「そんなことは他の者に考えさせればいい」とは言えなかった。

 それは、ダジャ本人が故郷の民に対して、ずっと抱いていた気持ちだったからだ。

 己がいなくなった後、軍は一体どうなったのか?

 あの第二王子にいいようにされてはいないか?

 民は虐げられてはいないか?

 ダジャにはそんな気持ちが、心の片隅にずっとあった。

 さらに双子は言い募る。


「東国へ連れていかれてしまったボゥ兄は、助けを求めてばかりで、なにも変えられなかったということではないか」


助けとは、ただ叫んで求めるのではなく、連れてくるもの。

 二人はそう言ってのけたのだ。

 けれど、助けを連れてくると言っても、一体誰を連れてくるというのか? あてはあるのか? 尋ねるダジャに、双子は胸を張って告げる。


「我が国には、英雄皇帝がいらっしゃる」


それは、双子が長老によく寝る前に聞かされた、現皇帝の英雄譚だそうだ。

 その英雄皇帝ならばきっと、この苑州をどうにかしてくれるはず。

 結果として、苑州を荒れさせてしまった原因を持つ何家がなくなったとしても、苑州から悪者を全部追い払ってくれるならば、それでいい。

 そう話す双子の目は、強い光を宿していた。


『あの場所では、誰もがこれ以上の災難に見舞われぬようにと、身をひそめるようにして生きているというのに、あの双子だけは希望を見ていた』


故郷に裏切られ、流されて苑州へと行き着いたダジャには、その双子の目は非常に眩いものだった。

 そして双子が話し合い、宇は大公になることを受け入れ、時間を稼ぐと言った。

 その間に、静が助けを連れてくるのだ。

 けれど苑州を出るにしても、当然ながら街道沿いはもちろん、小さな山道にも監視がつけられている。

 その監視の目をかいくぐらなくてはならない。

 けれど、唯一監視がいない、というよりも、監視しようのない道があった。

 それが山越えの道だ。


『険しい山なのは確かだが、私の故郷にはもっと険しい山があり、軍ではその山で定期的に訓練を行う。

 なのであの程度ならば、私が助ければ静でも山越えは可能だと私は判断した』


 しかし、すぐに動いては感づかれてしまう。

 まずは油断を誘うために、相手の命令に従うフリをしなくてはならないと、ダジャは双子に知恵を吹き込んだ。

 なので宇は州城に向かったのにダジャもついていき、その間静は監視されながらの生活を受け入れた。


「もし静が不幸な目にあうようなことがあれば、自分はすぐにでも死ぬ」


宇がそう宣言したので、静を再びどうにかしようという輩は出なかった。

 その代わり、静は劣悪な環境に置かれ、食事を満足に出されなくなったが、それは裕福な人たち基準でのことだ。

 静は元々が田舎で貧乏暮らしをしていたので、これまでよりもちょっとお腹が空くくらいの感覚であったそうだ。

 双子が大人しく生活をしていて、周囲が油断をしたところで、ダジャがひそかに静と合流して、山越えを決行する。

 無事山を越えてなんとか都入りをしたところで、雨妹と李将軍に出会ったのである。

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