第210話 貰ったもの

「んぐ、はい?」


雨妹ユイメイが水餃をつるんと飲み込んで返事をすると、ヤンが戸口を指さす。


「外で呼んでいるお人がいるよ」


なるほど、呼び出しをとりついでくれたようだ。


「わかりました、ちょっと行ってきます」


立彬リビンさんとかじゃあないかい?」


雨妹がそう告げてから席を立つと、美娜メイナが呼び出し相手を推測してくる。


 ――そうかもね。


 雨妹も同じように考えつつ外に出てみれば、果たしてそこにはやはり立彬がいた。


「立彬様、お忙しいでしょうに、どうしたんですか?」


雨妹が問うと、立彬が手を差し出してきた。


「この預かり物を渡しにきただけだ」


そう告げる立彬の手の中にあったのは、真ん中に穴の開いたお金を八枚、赤い紐でつながれているものだった。

 それを見た雨妹は、このお金の正体に思い当たり、目を瞬かせる。


「これ、もしかして圧歳銭?

 私にくれるんですか?」


「そうだ」


己の疑問を肯定され、雨妹は「おお!」と感心してしまう。


 ――初めて見た!


 前世でもお年玉という文化があったが、この国にもある似たようなものが圧歳銭である。

 子どもに魔除けの意味合いで渡すのだけれども、赤い紙に包んでいたり、このように赤い紐でつなげていたりするのだ。


「お前はもう子どもという年齢ではないがな、魔除けだ」


立彬がそう言ってくるのに、雨妹は「わぁ!」と歓声を上げる。


「ありがとうございます、初めてもらいました!」


これは人によっては「もう成人女性です!」と怒るところかもしれないが、雨妹は素直に嬉しかった。

 これを用意したのはおそらく太子だろうが、なかなかにマメな人である。

 しかし、雨妹の反応が立彬には意外だったようだ。


「……初めてなのか?」


そう零した立彬は、灯篭の赤い灯りに照らされる表情が渋いものになっている。


 ――え、そこ気にする?


 雨妹は純粋に事実を口にしたのだが、思えば確かにこれだと「可哀想な子どもだった」という表明だったかもしれない。

 きっと彼の脳内で不幸話が生産されていることだろうが、これについてはおそらく話の前提が違うと思われる。


「だって、そもそも辺境にはお金を持っている人が少数でしたから、こんな風にして子供にあげるものじゃあないですって」


「ああ、なるほどそちらか」


立彬がホッとした顔になった。

 そもそも辺境では色々な物が不足していたので、春節の準備も質素なものであった。

 少なくとも、このように赤い灯篭を飾ったりはしない。

 せいぜい簡素な春聯を貼る程度だ。


「でも嬉しいです、今日はこれを枕の下に置いて寝ます!」


「……いい夢が見れるといいな」


はしゃぐ雨妹を、立彬が微笑ましそうに眺めている。

 子どもっぽいと思うならば思えばいい、嬉しいのだからいいのである。


「では、私はもう行く」


立彬はやはり忙しいようで、渡したらお茶も飲まずに帰るらしい。

 そんな中に届けに来てくれたらしい立彬に感謝である。

 なにもわざわざ除夕に間に合うように届けなくても、雨妹は不満など言いはしなかったのに。


 ――律儀な人だなぁ。


「立彬様、よいお年をお迎えくださいませ!」


「お前の迎える新年が、幸せであるように」


雨妹が除夕の挨拶をすると、立彬も返してくる。

 それから立彬が早歩きで去っていく姿を雨妹が見送ったところで。


「阿妹、麺を食べるよ~!」


「はぁい、今行きます!」


美娜の声を聞いて、雨妹は食堂に戻っていくのだった。


~~~


これにて、七章は〆です!

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