第193話 中毒の真の怖さとは

ヂィエンは連れていかれて、再び中庭は静かになった。

 だがシュがこのままここにいる気分ではなくなったとのことで、部屋に戻ることとなる。

 皆で部屋に戻る中、徐が暗い顔をしてボソリと漏らす。


建青ヂィエン・チィン、あの娘、あんな調子でずぅっと悪態をついているって、要するにアタシの悪口を言い続けていたんだろう?

 それほどまでに恨まれていたなんてねぇ」


「それは……」


徐の言葉に、見張りの彼が「しまった」という顔をして困ったように俯く。

 本人としては慰めたつもりが、追い打ちをかける形になってしまったようだ。

 こうした話術も経験がものを言うので、彼の未熟さをただ責めるわけにはいかないだろうと、雨妹ユイメイはここではなにも口を挟まずに見守っている。

 そしてそんな彼の様子に気付かないまま、徐は話を続けた。


「あの娘がただアタシに当たり散らしている分は、アタシが我慢すればいいことだった。

 けど、それじゃあ駄目だったんだねぇ。

 アタシがあの娘にさせていたことは、単なる重荷だったのかい?」


「徐さん、そのことは今決めることではありません」


だが、これに雨妹はキッパリとそう断じた。


「ああした悪口が本音だろうというのは、安易な決めつけに過ぎません。

 むしろ、あれこそがケシ汁という薬物中毒の被害です」


「……なにを言っているんだい?」


雨妹が語ったことに問いかける徐の言葉は、立彬リビンと見張りの彼も同意だったらしい。

 なので雨妹も詳しく説明することにした。


「誰だって、褒め言葉で会話相手の気分を良くさせたいこともあれば、悪口を吐いてしまいたくなることがあるでしょう?

 私たちはそういう気持ちを上手くやり繰りしながら、会話を成立させるわけです」


人は誰かと話をする時、どんなことを言おうかと色々な事を考える。

 これを話すと気を悪くされないか、こう話すと喜ばれるのではないか、このことに共感してもらえるのではないか、などと色々なことを瞬時に考えつつ、自分にとって良い気分になる方へ会話を誘導していく。

 ふと悪口が心に浮かぶことがあっても、「これは言うべきではないことだ」と理性が忠告して、悪口を心の部屋に押し込めて扉を閉ざす。

 逆に悪口が溜まり過ぎたら、どんなに理性が押しとどめても悪口が扉を押し開けて飛び出してしまう。

 これは別に、悪口に限ったことではない。

 なにかの気持ちを我慢しすぎると、いつか爆発してしまうのは同じだ。

 どのような気持ちであっても極度に溜め込まないようにすることが大事なのだ。

 しかし薬物中毒になると、その心の部屋の扉を壊してしまう。

 例えば、心の中の悪口部屋の扉だけが開けっ放しになると、どうなるか?


「悪口ばかりを言いたくなって、本当ならば言わなくてもいいような些細なことを誇大させて喚きたくなる。

 そして悪口というのは、気持ちが伴っていなくてもいくらでも言えるものなんです」


そんなことをやっていると、当然人が周りから離れて行く。

 言いたくないことを延々と口から垂れ流すように話し、薬が抜けて正常な精神が戻った時にはもう周りに誰もいない。


「後悔しても中毒前の自分にはもう戻れない、実に憐れです」


雨妹はそう話を締めくくった。

 思うに建は元々、その悪口部屋の扉の閉め具合が緩かったのだろう。

 だからある程度時間が経ってケシ汁の影響が薄くなっても、扉が修復できないままになってしまったのではないだろうか?

 そう考えれば筋が通る気がする。

 雨妹の話を聞いて、見張りの彼は目を丸くして理解が追い付かない様子だが、立彬は「なるほど」と呟く。


「よくもあれだけの悪態がつけるものだと思っていたが、悪口を言わずにいられない病だと思うと、確かに憐れか」


「……確かに、どんな不平不満も呑み込んで、客の前で笑ってみせるのが私らさ。

 それができなくなったら、おしまいさね。

 馬鹿な娘だ。

 そんなまやかしに縋らずとも、建青ならばいずれ一流の弾き手になれただろうに」


続いてそう話す徐は、悲しそうな顔をしていた。

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