第189話 病気ですので

チェンは徐の診察を手際よく行いながら、「なんとまぁ」と眉をひそめた。


「節々に熱が籠っているな、こりゃあ痛いだろうに。

 お前さん、ずっと我慢していたのか?」


「……」


陳の指摘に、シュはうつむいて沈黙している。

 図星なのでばつが悪いのだろう。


「根性があって我慢強かったんだろうが、それが逆に仇になったな。

 痛かったらちゃあんと痛みを抑える薬があるんだぞ?

 それにお前さん方は、手は商売道具だろうに」


「いや、だって……」


陳から諭されるように言われ、徐は反論しようとするが、再び黙る。

 雨妹ユイメイはその様子に、先だって陳から聞いた話を思い出した。


「徐さん、もしかしてお身内にも風湿病の方がいらっしゃったのですか?」


雨妹の問いかけに、徐はしばらく言おうか言うまいかと悩んだ挙句、口を開く。


「……風湿病だったのかはしらないけど、昔に伯母が手の節が異様に腫れて、祟られていると道士に言われて都を追い出されたと聞いたよ」


「なるほど、身近に間違った前例があったんですね」


雨妹はこのあんまりな話を聞いて眉が下がる。

 やはり、身内に謂れない迫害を受けた人がいたのだ。


「この手の口伝えの偏見は、本当に根強いなぁ」


陳も頭が痛そうな顔でそうぼやく。


 ――前の冬のインフルエンザ騒動だって、呪い説が結局消えなかったもんねぇ。


 この国の人たちにとって、医者よりも道士の方が身近で頼るべき存在なのかもしれない。

 道士を頼る人たちは、医者のことを得体のしれない草を食べさせる詐欺師くらいに思っている可能性もある。

 人とは自分の信じたいものを信じる生き物なのだから。

 雨妹と陳が二人で頷き合っている所へ、徐は恐る恐るといった様子で尋ねた。


「あの、この娘に言われて半信半疑だったんだけど、本当にアタシが悪いことをしたから祟られたんじゃあないのかい?」


「全く違うぞ?

 これは風湿病という病気で、早めに薬を飲んで治療にとりかかれば治るものだ」


これに、陳がスッパリと断言する。


「そうか、病気なのか、そうかい……」


徐は「やはり祟りだ」と言われる可能性を恐れていたのか、ここまで聞いてやっと表情を和らげていた。


 ――徐さんって、本当に悪いことが重なっちゃったんだなぁ。


 風湿病だって、もしかすると恋人の死という出来事に襲われなければ、教坊にすすめられるままに半信半疑ながらも医者にかかったのかもしれない。

 そしてそうなると、雨妹は気になっていることがある。


「徐さん、もしかして痛いからって関節を動かさないようにしていませんか?」


そう、徐は他者から祟りと指摘されるのを恐れて隠してばかりが続き、動かさないままでいたりしないだろうか?


「ああ、まあ、そうだね」


雨妹の問いかけに、徐が「何故そんなことを聞くのか?」という顔で戸惑い気味に頷く。


「動かさないのはマズいなあ」


これを聞いた陳がそう零す。

その場を凌ぐにはいいかもしれないが、病気の対処としてはそれを続けていてはいけない。


「動かさないままでいると関節が動かなくなっちゃいますので、痛みが和らいでいる時にできるだけ動かしましょう」


雨妹はそう言って、前世に病院でやっていたリュウマチ体操を実践しつつ教えた。

 そして関節が熱を持っている時は濡らした布などで冷やして、そうでない場合は身体を温めると良いと助言する。


「つまり、関節が熱を持っていない時には沐浴が効果的です。

 自分の身体の調子を見計らってくださいね」


雨妹からの講義に、徐が「なるほど」と目を見開く。


「ここのところ痛くてすっかり沐浴がおっくうになっていたんだけど。

 そうか、頃合いを間違っていたのかい」


どうやら沐浴が生活の中で障害になっていたらしい。

 しかし沐浴をしないのも外聞がよろしくないので、無理をしていたようだ。


「風湿病は痛い時と痛くない時の波がありますから、これをまず知りましょう」


「そうだな、そこからだなぁ」


雨妹の言葉に、隣で陳も同意していた。

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