第156話 刑部
――え、なに、野次馬をしているのを叱られちゃうの?
「そこの宮女よ、掃除をしているのか?」
「あ、ハイっ!」
男にそう尋ねられ、雨妹は背筋をシャンと伸ばして返事をする。
しかしいかんせん鼻に詰め物をしているので、「フガッ!」となってしまったのは、勘弁してもらいたい。
刑部の男は、雨妹の鼻詰まり気味な声に微かに眉をひそめたものの、これについては特に追求しないようだ。
「臭いものを埋めてある場所があると聞いている。その場所まで案内しろ」
それどころか、なんとそう命令してきた。
「どこか?」や「知っているか?」ではなく、「案内しろ」ときたものだ。
――そりゃあ、知っているけどさぁ。
もしこれがそんな場所を知らない掃除係の宮女だったら、どう答えたのだろう?
雨妹はそんな謎を飲み込んで、「こちらにありました」と案内することにした。
というわけで、昨日掘り返した穴に向かいながら、雨妹は男が特に鼻を手巾などで覆うなどをしていないことが気になった。
雨妹は詰め物をしているので平気だが、昨日はこの辺りを歩くともうすでに臭かったはずだ。
「……あの、臭くないですか?」
恐る恐る尋ねる雨妹に、男は表情をピクリとも変えずに答える。
「皇帝陛下自らに命じられた仕事を遂行するのが至上、臭さなど気にするものではない」
――なるほど、皇帝陛下の鶴の一声か。
雨妹は男の返答で色々と察した。
どうやら太子は昨日の内に頑張って皇帝にまで話を上げたらしい。
そして男は臭いのは気合で我慢していると見た。
話し方が若干変なので、鼻呼吸を止めているのだろう。
「あの、臭いを嗅ぎ過ぎると具合を悪くしますので、気を付けてください」
雨妹はそう注意を促しながら昨日掘った場所に到着すると、男がなにも掘るような道具を持っていないことが見て取れたので、そこを箒の柄でほじくり返した。
「どうぞ、これです」
雨妹が場所を開けて声をかけると、男は一つ頷くと歩み寄る。
「なるほど、すごい臭いだ。
これを好んで嗅ぐ連中の気が知れん」
一瞬鼻で息をしたらしい男が壮絶に顔をしかめると、パン! と手を叩く。
「全て持っていく」
男がそう声を上げると、ワラワラと黒い服の男が穴の周りに集った。
「うひゃっ!?」
全く気配を感じずに唐突に現れたように見える刑部の男たちに、雨妹はギョッとして横に飛び退く。
――っていうか、この人たち増えてない?
まるで増殖したような感覚を覚えて慄いている雨妹を、一人だけ作業に加わらずに見守っているあの男が口を開く。
「お前だな、この臭いものを上に提出したのは」
雨妹はこれになんと言ったものかと迷ったが、とりあえず事実を述べる。
「え~、上というか、これをちょっとだけ包んで知り合いに持って行ったのは、確かに私です」
「やはりな。戸惑うことなく案内するから、そうだと思った」
すると男は納得したように頷く。
――え、あれって「わかりません」って言って拒否ってよかったの?
雨妹は男の有無を言わさぬ雰囲気だったのを思い出して、理不尽を覚える。
しかし雨妹は拒否をする理由もないので、わかっていても案内しただろうけれども。
内心でムッとしている雨妹の方を、男はひたりと見つめて「では」と告げた。
「これから連行するので、暴れたり抵抗しないことを勧める」
そんなことを言われ、雨妹は「はい?」と呆け顔になる。
――連行って、私を?
やはり野次馬していたのを叱られるのかと、雨妹が考えていると。
「わかったよ、アタシはどこにも行かないよ」
背後からそんな女の声がしたので、雨妹は驚いて振り返る。
「
そう、いつの間にか雨妹の背後に徐が立っていたのだ。
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