第147話 相談しましょう、そうしましょう

「なんだ、あなたですか。

 驚かせないでくださいよ、もう!」


雨妹ユイメイはホッとした顔で笑顔を向けた。

 一方で、シュの方は雨妹に怪訝そうな視線を寄越してくる。


「お前さん、あの宮女じゃないか。

 こんなところでなにをしているんだい?

 ここはお前さんが来るような場所じゃあないよ」


徐からそう言われ、どうやら雨妹が勝手にうろついていると思われたようだ。


「掃除をしていました、私は掃除係ですから」


雨妹がそう告げると、徐は目を瞬かせた。


「……そう言えば、お前さんと会ったあそこはごみ焼き場だったかね」


徐はどうやら初対面の際に雨妹はごみを持ってきて焼いていた姿を見たのに、掃除と結びついていなかったようだ。


 ――この人って元々は、いい家のお嬢様だったのかも。


 掃除をしたことがない人は、掃除の仕事がどういうものかわからないのだろう。

 ごみを焼きに来る人を見ても、それが掃除の一環だと思わないものかもしれない。

 そもそも裕福な家庭でないと、楽器を弾くなんていう経験はできないはずだ。

 楽器を持っている人となると、楽器を嗜む芸者の家系か、金持ちの家の嗜みくらいだろう。

 そうした金持ちの家の娘が家が破産して妓女になる際、その素養のおかげで楽師の妓女になれるというわけだ。

 そしてそんな素養を持たない貧しい家の娘は、自らの身体を商品にするしかないのだろう。

 雨妹が前世ではあまり深く考えなかった妓女という人たちに対して、そんな推測をしていると。


「このあたりは、やっかいな連中がうろつく場所なんだ。

 そいつらに目をつけられると厄介だから、アンタはサッサとどこかへ行きな」


徐がちょっと表情を引き締めてから述べて、ヒラヒラと手を振るのに、今度は雨妹が目を瞬かせる。


「もしかしてそれを教えようとして、わざわざ声をかけてくださったんですか?」


声をかけた時点では雨妹だと気付いておらず、見ず知らずの宮女だっただろうに。

 相手が宮妓ということで嫌な対応をされるかもしれない相手に、忠告のために話しかけるとは。


 ――この人も、けっこうお節介なのかも。


 その親切心が嬉しくて、ニコニコ顔になる雨妹に対して、徐はしかめっ面をする。


「……ただ面倒事が嫌いなだけさ、早く行きな」


再び強めに手を振られたので、雨妹は素直にこの場を立ち去ることにした。


「では、またお会いしましょう!」


「会うことなんざ、もうないよ」


雨妹がそう挨拶をするのに、徐はふいっと顔を背けて言う。

 すれ違う時、徐の帯に煙管が刺さっているのが見えたが、今日の彼女から煙草の臭いはしなかった。



こうして教坊から移動した雨妹は、太子宮の近くまで来たのだが。


「う~む、どうしよう」


ここからどうするべきか、迷っていた。

 なにしろ自ら太子宮を訪ねたことがないので、ここで誰かを呼び出したりする手段を知らないのだ。


 ――立彬様に繋ぎがつけられるかなぁ?


 雨妹は太子宮を塀の外から精一杯背伸びをして覗き込みつつ、上手い具合に誰か知っている人が通らないかと思っていると。


「なにをしているか、お前は」


背後から声をかけられ、それが知った声であったので雨妹はギュン! と振り返った。


「やった、本人が来た!」


「なんだそれは?」


喜ぶ雨妹を声の主――立彬リビンが不審そうに眺める。

 雨妹は声をかけられるなら、遠くから怪しそうにこちらを眺めている門番の宦官だろうと思っていたが、まさか目的の人物があちらから来るなんて、嬉しい予想外だ。


「明賢様が『あそこでピョコピョコしているのは雨妹ではないか?』と仰られたから、様子を見に来たのだろうが」


立彬がジロッと睨みながら、自身がここにいる理由を話す。

 なんと、雨妹は太子によって発見されていたようだ。

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