第118話 饅頭片手に悩む

「けどお前さんだって、客が酒を飲んでくれるぶんにゃあ、いい客じゃねぇのか?」


リー将軍がそう軽口半分で言うのに、「そう言われればそうですがね」と飲み屋の主が頭を掻く。


「あんな飲み方は、酒が可哀想ですよ。

 あれらだって美味く飲んでもらうために手間暇をかけたんだろうに」


彼はそう言って寂しそうにため息を吐くと、続けて言う。


「けどうるさく言って出て行けば、別の店でしこたま飲まされちまう。

 飲み屋だって商売なんで、こっちが『もう酒を飲ませるな』なんて言えねぇや。

 だから余所の店から流れてウチに来たら、最初にキツい酒を出して、早く寝るように仕向けるのさ」


「そうだったんですか」


昨日酔いつぶれていた裏事情を知り、雨妹ユイメイはなんとも言えない気分になる。

 この人なりに、いつも飲んだくれている明のことを心配していたらしい。


「ああ、すみませんね、なんだか暗い雰囲気にしちまいましたね」


雨妹がしょんぼりしたように見えたのだろう、飲み屋の主がそう言ってカラッと笑う。


「いんや、お前さんの言う通りだ。

 せっかくの酒を美味しく飲めねぇヤツに、飲ませたくはないもんだ」


李将軍が同意するのに、雨妹もウンウンと頷いた。


「そうですよね!

 私だってお気に入りのお饅頭をマズそうに食べられると、『もう一生食べるな!』って言いたくなります!」


雨妹たちの言葉を聞いた飲み屋の店主は、嬉しそうに笑う。


「そうですや、ぜひこの気持ちをあのお客にもわかってほしいもんですな」


飲み屋の主が明るく告げると、「そうだ」と手を叩く。


「饅頭と言えば、この先にある屋台の饅頭は美味いですぜ」


 ――ほほう!


 お勧めされたとあっては、行ってみなくては。

 というわけで、飲み屋の主と別れた雨妹たちは、その美味しい饅頭を売る屋台へ行ってみることにした。


「あ、あれですかね?」


雨妹は前方の人だかりのある屋台を指さす。


「ほう、あれだけ人が集まるってことは、美味いのかねぇ?」


李将軍も興味が出たようで、二人して屋台に並ぶことになる。


「らっしゃい、今日の饅頭はコレだよ!」


威勢の良い店主の目の前に並んでいるのは、黄色い皮の饅頭だった。


「なにか練り込んでいるんですか?」


雨妹が尋ねるのに、「おうよ!」と店主が頷く。


「瓜の実を練り込んでいるんだよ」


「瓜かぁ」


瓜と言っても、その種類は様々である。

 果たしてどんな味なのかと思いつつ、雨妹は饅頭にかぶりつく。

 そして一口目で気付いた。


 ――この味、かぼちゃだ!


 そう、前世で言うところのかぼちゃを練り込んである饅頭であった。

 この国にはかぼちゃに似た瓜が数種類あるのだが、それらは実ではなくて種を食べられることが多い。

 そんな中でこれは、珍しいかぼちゃの実を練り込まれた饅頭であった。

 かぼちゃの風味が感じられる饅頭は、なかなかに美味である。


「これ、南方で獲れる瓜でしょう?

 種じゃなくって実を使うのって珍しくないですか?」


雨妹が尋ねると、店主が「よく知っているな」と目を見張りながら答える。


「そうさな。

 でも種だけ取って捨てるのも勿体なくて、食えねぇかと色々やって、こうなったんだ」


素晴らしい試行錯誤である。ぜひそのまま、かぼちゃ料理を開発してほしい。

 雨妹は前世で、かぼちゃのパイやかぼちゃプリンだって好きだった。

 かぼちゃ饅頭でお腹が膨れたところで、雨妹は改めて考える。


 ――それにしても、どうやら切っ掛けはウチの母かぁ。


 雨妹は尼たちから聞いた話でしか母の情報が無く、具体的にどんなことがあったのか知らないままだ。

 最近ちょこちょこと補足情報が入っているものの、大筋の内容は変わっていない。

 しかしこうなってくれば、母が後宮で一体どんな生活を送っていたのか、知りたいというか、知らなければならない気がしてきた。

 せめて、明がなにを思い悩んで母の名を呼び、謝罪を口にするのか、それを知りたい。

 もし、明が酒に逃げる原因が雨妹の母であるのなら、なんとかしてあげたい。

 そうしないとなによりも、雨妹がモヤモヤしてしまう。


「む~ん、問題は一体誰に聞くべきか……」


雨妹がそんな呟きを漏らしながら難しい顔で饅頭にかぶりつくのを、李将軍が面白そうな顔で見下ろしていた。


~~~


短編「モルモットの散歩日記」をアップしているので、良かったらそっちも覗いてください。

モルモット(モフモフの方ね)語りで送る、プチオカルト話です。

https://kakuyomu.jp/works/1177354055073564399

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