第111話 熊と出会う

 それにしても、立勇リーヨンのこの態度からすると、熊男は上司なのだろう。

 先程まで会っていた明とどちらが上なのだろうか?

  そのあたりの事も華流ドラマオタクとしては気になるところだが、今はなによりもまずハラヘリ対策が先だ。

 食堂の使い方は宮女のものと同じらしい。

 雨妹ユイメイはせっかくなのでここでのオススメを食べたくて、厨房にいた料理番に尋ねる。


「今日は肉団子のタンがいいよ」


そう答えたのはまだ若い、雨妹と変わらないくらいの成人したてであろう男だった。

 湯の味付けは宮女の台所と違うのか、ぜひ食べ比べて美娜メイナに教えてやりたい。


「今日は『当たり』のようだ。美味そうな匂いがする」


立勇がそんなことを話すのがいささか気になる。

 食堂に当たり外れというものがあるのだろうか?


「ここの料理番ってどういう人なんですか?」


宮女は集められた宮女から振り分けられるのだが、ここの場合はどういう人材が集まるのだろうか?

 雨妹のそんな疑問に答えた立勇曰く、彼は新人下級兵士らしい。

 一番上の料理番は大ベテランのようだが、その下は頻繁に入れ替わるのだとか。


「その時にいる新入りの腕で美味さが分かれてな。

 ベテランが見張っているから不味くはならないが、美味くもない時がある。

 けれど今日は当たりの日だ」


聞けば納得だが、まるで前世の相撲部屋のちゃんこ番みたいだと思ってしまう。

 あれも当番の腕で味が左右されると聞いたことがある。


「でも、どうしてそんなやり方なんですか?」


「野営対策だ。

 兵に料理を仕込んでおかないと、遠征で干し肉と干し芋ばかりを齧ることになる」


「なるほど、大事な教育ですね」


さすがに新兵全員に経験させることはできないが、見込みがありそうな者を優先して引っぱってくるのだとか。

 そんな話をしながら料理を貰い、二人で卓に着く。

 お勧めの湯に、甘辛く煮込んだ肉が詰まった包子パオズがつけばもうお腹いっぱいになるだろう。

 立勇はこれにさらに肉炒めを追加している。

 さすが男所帯の食堂なだけあり、お勧めが肉々しい。


「やっぱり食堂によって違いがあるんですね」


「まあ、宮女の食堂とここは違いが大きいだろうな」


目をキラキラさせて料理に熱視線を向ける雨妹に、立勇が同意する。

 まず、湯の肉団子があちらに比べて大きい。

 作り手の手の大きさの違いなのだろう、丸ごと一個を口に入れると、それだけで口の中がパンパンになりそうだ。

 立勇の方は一口で食べているのを見ながら、雨妹は箸で半分に割って口に入れる。

 豪快な男料理かと思いきや、肉団子がフワフワで食感が良く、思わず頬を緩める。

 秋になって夜風が冷えてきたので、湯の温かさが身体に優しい。


「おいひいでふね」


「飲み込んでから喋れ、喉に詰まらせるぞ」


一刻も早く感想を伝えたくなった雨妹に、立勇から指導が入る。

 あちらの方が口に含んだ量は多かったはずなのに、もう飲み込んでいるとは、そちらこそきちんと噛んで食べているのだろうか?

 いや、雨妹同様にきっとハラヘリだったのだろう。

 ハラヘリ同士、煩いことは言いっこ無しにしようではないか。

 次に包子を食べた雨妹が、幸せな気分に浸っていると。


「美味そうに食う娘っ子だなぁ」


先程の熊男がそう言いながら、雨妹たちの隣の卓にやってきた。


「太子付きと下っ端宮女たぁ、妙な取り合わせだな。

 どういった流れで行き合ったんだぁ?」


熊男がそう尋ねながら手に持っているとっくりから手酌で杯に酒を注ぎ、グイっと煽る。


「楊殿に頼まれたのです、この娘をミン様に会わせてやって欲しいと」


「あ? 明のところへ行ってきたのか?」


 明を呼び捨てにしたということは、この熊男は明よりも上の立場なのかと思いつつ、雨妹は湯を食べるのを止めない。

 温かい料理は温かいうちに食べるのが礼儀である。

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