第101話 忘れずに買った後で

魚介を堪能して満足した雨妹は、忘れずにお土産を選ぶ。


「お土産、なにがいいか……」


雨妹は浜辺から再び通りの方へ戻り、店先を覗いて回る。

 旅をするのが一苦労であるこの国では、遠方からの観光客という存在はあまり一般的ではない。

 前世のような集団観光など言わずもがなだ。

 なので、土産物が纏まっているような土産物店というものは存在せず。

 故にひたすらにいい品との出会いを祈るしかない。


「なにがいいですかね?」


雨妹は参考に立勇に尋ねてみた。

 なにせ今世初のお土産選びなのだから、選ぶ基準が難しい。


「酒じゃないか?

 なにせ腐ることがないからな」


「なるほど」


確かに、旅行となると長旅が当たり前なので、腐らないというのは選ぶにあたっての必須条件だろう。

 というわけで立勇の助言を聞き入れ、珍しい酒を買うことにした。

 飲んでもいいし、料理にも使えるお得な品だ。

 ここ佳は、外国の品が手に入るし、国内の品だって外国に運ぶために国中の品が集まる場所。

 なので酒の種類も豊富にある。

 雨妹もちょっと試飲をして、酒をそれぞれに違うものを買う。

 美娜(メイナ)や楊(ヤン)には甘めのものを、陳(チェン)には辛口のものを選んだ。

 目的のものを買ったら、もう用事は済んだのだが。


「せっかくなので、海で遊んでいきましょうよ!」


思えばせっかく海の街へ来たのに、海と触れ合っていない。

 海賊騒動で漁船に乗ったのは、海との触れ合いとは言えないだろう。


「また、意味の分からんことを言う奴め……」


立勇は眉をギュッと寄せて渋い顔をする。

 この国では海とは漁をする場所であり、遊ぶなんていう考えはないらしい。

 けれど雨妹が引き下がらなかったので、海での思い出作りということで、浜辺を散策することになった。

 再び浜辺にやって来て漁師小屋から離れれば、とたんに人がいなくなる。

 海で遊ばないということは、「遊びで泳ぐ」という考えもない。

 なので浜辺に観光客がいたりはせず、たまに雨妹のようなもの好きが来る程度。

 故に浜辺は、現在雨妹の貸し切りのようなものだ。


「うひゃあ、つめたいっ!」


雨妹は我慢できずに裸足になって海に足をひたし、波がやって来ては引くのを楽しむ。

 本当なら泳ぎたいところだが、海で泳がないので、水着などというものも存在しない。

 海へ入る漁師たちは、濡れてもいい服を着て泳ぐのだ。

 なので濡れるわけにはいかない雨妹は、こうして波打ち際で足を濡らすのがせいぜいだ。

 しかし、こうしているだけなのも味気ない。


 ――そうだ、貝がらも拾っていこうっと!


 海のお土産といえば貝がらだって定番だろう。

 というわけでしゃがんで貝がらを拾い始めた雨妹を、立勇が無言で後ろから見守っているのだが。


「そういえば、立勇様は泳げるんですか?」


ふと疑問に思って貝がら拾いの手を止めた雨妹の質問に、立勇が呆れた顔をする。


「泳げなければ、利民殿が船に乗せるはずがあるまい」


 ――そりゃそうか。


 立勇の答えに、雨妹も頷く。

 客人が自分の船に乗っていて溺れでもしたら、大問題に発展する。


「河ではあるが、泳ぐ訓練はした。

 だが河と海ではずいぶん違ったな」


「まあそうですね、海の水はどうしてもベタベタしますし」


立勇の感想に雨妹は相槌を打ちながら、ふいに悪戯がしたくなった。


「……ていっ!」


しゃがんでいた雨妹は、立勇に向かって海水をすくって投げる。

 しかし、その海水は立勇にあっさり避けられた。


「なにをするか、お前は!」


叱りつける立勇に、雨妹は「ふーんだ」と口を尖らせる。


「海を前にそーんなかったい顔をしているなんてもったいない。

 もっと羽目を外して海を楽しみましょうよ!」


「……護衛が羽目を外すなど論外だ」


護衛の鏡のような発言をする立勇に、しかし雨妹は立ち上がって波を蹴り、第二波を繰り出す。


「こらやめんか、それにはしたない!」


またも海水を避ける立勇に、雨妹はどうしても海水を浴びせたくなった。

 いや、この際海水でなくて砂でもいいと、砂を蹴り始めると。


「やめろというに!」


立勇もしつこい雨妹に頭にきたのか、砂をかけ返してきた。

 こうなると雨妹とてムキになってきて、それからしばし砂のかけ合いになり、立勇が我に返るまで続き。

 結局最後には二人して砂まみれになっていて、利民の屋敷に戻ると、ちょうど出くわした潘(パン)公主に驚愕されてしまった。

 ――私たち二人して、なにやってんだか。

 部屋で砂まみれの服を着替えて、髪についた砂も払いながら、腹の底から笑いがこみ上げてくる。

 なんの意味もないことをするのは、案外気持ちがスカッとするもので。

 佳を発つ前の、海の楽しい思い出となった。


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