第80話 効率的運動方法

「しかし雨妹よ、潘(パン)公主には今最善のことを行っているであろう?

 これ以上どうしようというのだ」


やる気満々な雨妹に、立勇が水をさすように尋ねる。

 確かに現在、潘公主に施しているのは食事療法と軽い運動療法で、弱り切って体力のない病人の対処としては最善だろう。

 だが、身体がある程度回復したら、当然リハビリも次の段階にはいるわけで。


「今潘公主が身体を動かす指導を、立勇様がしてくださっているのですが。

 それをもっと負荷のかかるものにしようと思います」


この雨妹の言葉に、立勇が表情を険しくする。


「……もしや、兵の訓練をさせるというのではないだろうな?」


「まさか、潘公主に剣をふるわせてどうするのですか」


ギロリと睨んでくる立勇に、しかし雨妹はそれを否定する。

 女剣士というのも、中華モノには良くある存在であり、雨妹にとっておいしいポイントでもあるのだが。

 今はそれは置いておくとして。

 というか、運動イコール兵の訓練というのがこの国の常識なのか。

 どうやら前世で言うエクササイズ的な運動というものはないらしい。


「それに、あまり潘公主に負担をかけるのはいかがなものか」


立勇があくまでいい顔をしないことには、理由がある。

 公主などという高貴な身分の女性は、あくせくとした生活をしていてはいけないものなのだ。

 他人の視線がある時は、常に優雅に寛いでいないといけないそうだ。

 なんというか、雨妹にはそんな生活に耐えられそうにない気がする。

 なので立勇は潘公主への指導を行う際には、人目の有無に非常に気を遣っていた。

 そして当然ながら立勇も潘公主の立場を慮って、あまり辛いことをさせていなかったりする。

 公主という立場の人の日々の行動を良く知っている立勇なので、そこから逆算しての指導なのだろう。

 雨妹にしてみれば、まだ上手く歩けない幼児の方がよほど動いているだろうという程度。

 それでも十分に効果が出ているのだから、潘公主が普段どれだけ運動していないのかわかろうというもの。


 ――でも、公主の常識をこっちが前のめりで考慮してたら駄目なんだよね。


 そんな状況の潘公主にもっと運動してもらおうとなると、この「他人の視線が気になる」という問題を解決する必要がある。

 そして色白の肌が美しいとされるので、長時間の屋外活動は厳禁。

 以前の王美人のような行為は、あくまで状況が切迫していてのことで、例外中の例外だ。

 というわけで、そんなこんなを考慮した雨妹の提案はというと。


「潘公主には屋内運動……部屋の中で身体を動かす方法を提案します」


「は? 屋内?」


立勇が「なにを言っているんだコイツは」という顔になる。


 ――まあ、そうなるよね。


 この国では身体を動かすのは屋外で、というのが常識である。

 というかこの国には体育館のような、運動のための屋内施設というものはない。

 運動のために屋内で自由に動けるようにするならば、それなりの広さがいるわけで。

 運動イコール兵の訓練なら、大勢が剣を振り回すだけの広さがいるということ。

 そんな広い建物を建てるには、莫大なお金がかかる。

 そんなことをしなくても、外でやればいいじゃないかということになるのも、まあわかる。

 けれど雨妹は、そんな広い場所がなくったって運動が出来るということを知っている。

 前世では仕事が忙しくて外で運動なんて暇がなく、たるんだ身体に難儀していた。

 看護師は忙しく走り回っていると思われがちだが、仕事と運動は別物。

 仕事で使う筋肉は偏っているものなのだ。

 それで結果行きつく先は、テレビショッピングでの健康グッズとなり。

 様々なものを買い漁り、家族からは「これを十分百円で貸せば、良い稼ぎになるよね」と皮肉られる程だった。


 ――あのほとんどが、押し入れで肥やしになっていたっけ……。


 そんな前世の事情は置いておくとして。


「狭い空間で人目に付かず、思いっきり身体を動かす方法があるんです。

 それにあたって利民様にお尋ねします」


「おう、なんだ?」


雨妹と立勇のやり取りの行く末を黙って聞いていた利民が、水を向けられて応じる。


「私が欲しいものの形を指示して作ってもらえるような、職人を知りませんか?」


雨妹の言葉に、利民がしばし思案するような顔になる。


「その口ぶりだと既にあるものじゃなくて、一から作って欲しいのか?」


「そういうことです」


頷く雨妹に、利民が「ふーむ」と唸る。


「腕のいい職人はいくらか心当たりがあるが、そういうことならアイツだな」


どうやら利民は、良い職人を知っているらしかった。

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